第10話 花占い
その後もアリサに連れられた私は長い時間花畑で過ごした。追いかけっこをしたり、誰が一番綺麗な花を探し出せるか競ってみたり、本当に今まで知らなかったことを沢山した。そしてその中でもアリサが私に熱心に教えてくれたのは「花占い」というものだった。
「こうやって一枚一枚めくりながらね、お花にきくの! フィルはいじわるなくそがきですか? はい、いいえ、はい、いいえ、はい、いいえ……ほら! はいじゃん!」
「はあ? それはお前のやり方がちがうからだろ! 一気に二枚も引きちぎるな! ってか、またどこでそんな言葉覚えてきたんだよ……」
「アリサ、そんなことしてませーん。フィルの見まちがえですーだ! それにくそがきはこの前フィルがアメリアおばさんにおこられてたときに言われてたじゃん!」
「な、なんで! お前も聞いてたのか!?」
「だってその日アリサ、ママのおつかいだったもん」
「き、聞いてのならしかたがない! いいか! あれはオレのせいじゃないんだ! オレがたおしたわけじゃなくてな……その……そうだ! 大きなねこだ! そう! こんな大っきなねこが急に窓から入ってきて、あいつが花びんをたおしたんだ!」
「……ど、どのくらい大きなねこちゃんだったの?」
「こ、こんなだ!」
「こんな?」
フィルが大きく広げた両手を真似するかのようにアリサも精一杯両手を伸ばす。
「そうだ!……だから、オレはわるくない!」
「ふーん。そーなんだー」
「し、信じてくれたのか?」
「うんしんじたしんじた」
アリサは薄っぺらい声でそう告げたあと、ほっとしたフィルを前に私にこっそり教えてくれた。
「じつはアリサしってるんだよね……フィルがあたらしいリュックせおったまま、走りまわってたら、かびんこわしたこと……うそでとりつくろう男はくずおなんだって。フィルはくそがきなだけじゃなくて、くずおのさいのうもあるだなんてすごいね」
「お、おい! なんの話してるんだよ!」
「なんでもありませーん。くずおはほっといてあっち行こ! ヘレン!」
後ろで叫ぶフィルをおいて、アリサは私の手を引いた。
「はい! じゃあヘレンも花うらないしよ! うーん、どれがいいかな? ヘレンなに色がすき?」
「い、色か? ……白とか?」
自分のことなのに何故か疑問に思うような答え方をしてしまった。どの色も正直言って好きとか嫌いとかとも言えなかった。ふと目に入ったアリサの頭に乗っている花冠が綺麗に思えたから、とりあえず白と答えた。
「そっか……じゃあこのお花もって!」
アリサから白い花を持たされた。小さな花びらは数えたら全部で二十一枚あった。最初に願った答えが最後の答え。そう気づいてしまったが、私は知らないふりをする。
「うーん、なにうらなおうかなー? あ! じゃあヘレンがアリサのこと好きかどうか! じゃあいくよ! ヘレンはアリサのことすき、きらい、すき、きらい……あ! すきだ! ヘレンはアリサのことだいすき!」
アリサは本当に嬉しそうだった。次は私の番だとでも言うようにこちらを見る。
「ヘレンはなにうらなうの?」
「私は……」
特に占いたいことなどなかった。答えが決まっている花には何を聞いてもきっと意味がない。それでも私はやっぱり肯定して欲しかった。
「花占いはなんでもいいのか?」
「そうだよ! お花はね! なんでもしってるんだよ!」
「そうか……なら……」
カノンたちは生きている……
「はい、……いいえ、はい、いいえ……はい……」
一枚ずつ花びらを散らしていく。落ちていく白い花びらの行方はわからないが、確実に一枚ずつ答えに近づいていく。「はい」は幻想。「いいえ」は幻滅。最後に私が願うのは幻想でしかないのは分かりきったこと。それでも一枚一枚の花びらを宙に解き放つことしかできない。少しでも私の幻想が叶うように願うことしかできない。
「……はい」
「どう? ヘレンのしりたいことおしえてくれた?」
「……うん」
「よかったね!」
アリサは相変わらず眩しく笑う。彼女が笑いかけている相手がどんな罪深い者かも知れず、この世で一番純粋な笑みで私を祝福する。強欲な私はきっと一生彼女にあの冷たい海のことを教えないだろう。私を受け入れたこの優しい人たちに見放されたくはないと思ったから。過去を捨てることはできなくても一生私はそれを一人で背負い、隠し続ける。こんな私に少しでも長く笑いかけてくれるように、私は今日から嘘つきになることにした。
「おーい! お前ら!」
またしても一人に残されていたフィルが花畑の向こうから声を上げる。
「そろそろ帰らないと怒られるぞ」
「おこられるのはフィルでしょー! アリサたちはなにも言われてないもん!」
「でも、もうすぐ日がくれてしまうぞ?」
「まだだもん! アリサまだあそびたりない!」
「オレだけ帰ってもお前の母さんにチクるぞ!」
「わー! もー! フィルうるさい! かえればいいんでしょ、かえれば! いこ! ヘレン!」
フィルに負けたアリサは大人しく帰り道に向かう。口ではぶつぶつ言いながらも、私の手を繋いでご機嫌そうに歩く。
「そういえば、フィルさっきなにしてたの?」
「え!? い、いや? 別に……何も……」
「ほんと? あやしいな……」
「ほんとうに……何も……」
「ふーん。あ! ちょうちょさんだ!」
すぐにフィルから興味が削がれたアリサは私の手を解き、少し前で舞っている蝶を追いかけにいった。フィルはまだ何か言いたそうにしながらも追いかけず、足元にあった石を蹴っては口を尖らせていた。
「……なあ、アリサのやつあの後、何占ったんだ?」
「……」
私に積極的に話しかけるなんて思わなかった。顔はこちらに向けずに、呟いたように話しかけてきたその態度は、いかにも答えを気にしているという気持ちを隠そうと必死だった。
「……私がアリサのこと好きかどうかだ」
「……! じゃ、じゃあ、お前はアリサのことが好きなのか?」
泣きそうな顔をこちらに向け、フィルは慌てて問う。好きか嫌いかと問われれば、好きと答えるに決まっていた。数日前に出会った私にここまで親切にしてくれる家族たちだ。嫌いなはずがなかった。
「好きだ」
「っ! ……アリサは他にも何か占ってなかったか? た、たとえば……オレのこととか……」
だんだん自信を無くしていく声は耳を立てていなければ、聞こえないほどだった。
「……なかった」
「……」
今度のフィルは完全に泣いてしまった。声も上げずに彼は私の隣で下を向いたまま、ひっそりと泣いていた。子どもというのはこうも泣きやすい生き物なのかと思った。彼はどうやら私の言葉で泣いてしまったようなので、実質私が泣かせたということだろうか。だが、やっぱり慰め方がわからない。
「ねえ! ヘレン! 見て! ちょうちょさん!」
随分と遠くまで追いかけていったアリサは右手をぶんぶん振りながらこちらに向かって叫ぶ。フィルがぐちゃぐちゃになった顔を上げてアリサの方を見たかと思うと、急に私の方に振り向いた。キッと睨みつけてから私に指を差しながら大きく宣言する。
「オ、オレ負けねえからな! オレの方がアリサのこと好きだってしょーめいしてやる!」
「フィルー! またヘレンにいじわる言ってるの!? なんて言った?」
「う、うるせー!」
フィルの声はアリサのところまで届いていなかったようで、アリサは再びこちらを向いてフィルを問いただす。だがもう少しちゃんとこの状況を見れば、誰にだって私がフィルを虐めているかのように見えるだろう。大きく捨て台詞を吐いたフィルは目を擦りながら、アリサのことも追い抜いて走り去っていった。すれ違ったアリサは不思議な顔をして私の方に走ってきた。
「フィルどうしたの? おなかいたいのかな? まあいいや。ヘレン! 手つなご!」
差し出されたアリサに手は相変わらず温かかった。軽快な足取りで鼻歌まで歌い出した彼女に連れられ、私は家に向かう。
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