第20話(最終話)
2月14日。
大手百貨店内の一角にひっそりと佇む、
老舗地中海料理店の直営喫茶店、カサブランカ店内。
「四條君。
もうあがっていただいて結構ですよ。」
「ありがとうございます。」
「済みませんね。
大切な日なのに、一日中拘束してしまって。」
「いえいえ。」
時給150円プラスは地味に大きい。
それに、ちょっと、恥ずかしいから。
「紗耶香さんに、
少々、恨まれましたよ。」
あはは。
それは申し訳ない。
あれで、機嫌、直ってくれるといいけど。
*
売れ残ったチョコレートを抱えた販売員を同情交じりの笑顔で躱しながら、
飾り気のない通用口を経て、鉄の匂いがするロッカーで軽く着替える。
紗耶香さんに会わなければ、こんな服を着ることもなかったろうし、
そもそも、こんなところに勤められるはずもなかった。
僕の人生は、確かに、変わった。
ロッカーの先、少し湿気交じりのコンクリートを経て、
冷えたコンコースに向かう鈍色の扉を開ける。
「……え。」
ターミナル街の華やかな音色を背景にして。
僕だけの、天使が。
薄明りの中で、瞳を、濡らして。
「……どう、したの。」
「……
読んだ、よ。」
あ。
……
あぁ。
(『読み専で感想を入れた先が、
派手めの金髪女子大生だった』)
そう、か。
紗耶香さんなら、こう、するか。
「すぐ、答えたかった。
でも、Iscordeで送るのは、絶対に違う気がして。」
(強気なところも、勝気なところも、
おっちょこちょいなところも、
表情が猫の眼のように変わっていくところも。)
「待ったんだよ、私にしては。」
(抱えきれない闇に埋もれて歯を食いしばっている姿も、
真っすぐに悩んで、泣いて蹲っている姿も。
真摯な瞳を燃やしながら、自分の定めた路を駆けて行く背中も。)
「カサブランカに乗り込んでったら、
みんなに、迷惑かかるかなって。」
……あは、は。
それは、確かに。
(僕は、
貴方が、生きている姿の、
すべてを、愛しています。)
「……
ほんとに、いい、の?
私、すっごく、性格悪くて、
めちゃくちゃ、めんどくさい女だよ。」
「かも、ね。」
「うぐっ。」
ふふ。
「それを言ったら、
鷹柳さんと結婚したほうが、将来安泰でしょ。
お母様もお慶びになるんじゃ?」
「あはは。
そうかも、ね。」
うは。
まぁ、それはほんとに
「……そんなわけ、ないよ。
……
きっと。
きっとね、生まれ落ちたその
私は、ずっと、こう、したかったんだよ。」
そう言うと、
磐見紗耶香さんは、僕の首に、ゆっくりと腕を廻してくる。
僕は、紗耶香さんの瞳に僕を映しながら、縊れを引き寄せた。
僕らは、薄明りのコンコースの端で、
路上でするには、あまりにも甘く、濃厚な接吻を、
飽くことなく交わし続けた。
*
★46、か。
まぁ、こんなもんじゃないかな。
「むぅ。
この私が★3を入れたのに、
これしか伸びないなんてありえない。」
さりげなく
紗耶香さんが顔を膨らませている。
「たこわさ」さんのトコは復讐談好きだから、
ただの日記みたいな幸せな話はいらないんじゃない?
「長文レビュー、書こうかな。」
いや、それはちょっと騒がしいし恥ずかしい。
って、いうか。
「……
こう、しちゃったんだね。」
「うん。
だって、商用、考えてないから。」
『グラマネート・サーガ』
主人公を陥れようとする敵役の大公国宰相、ギリェモ・ベルギウムが
絶世の美形かつ有能で、生育歴に陰のある設定になったこともあり、
女性ファンが大挙して付いてしまった。
主人公レオと敵国宰相ギリェモの、ストーリー上はありえないカップリングが
大手お絵描きサイトでポコポコ描きこまれる時に、
その、大手お絵描きサイトで。
「お前らのためにお布施してやったから、
無料漫画版をとくと拝みやがれ。」
完全無料での作者認定コミック公開。
勿論1巻分に過ぎないが、緻密かつ秀麗な筆致を駆使しながら、
原作の文脈を丁寧に起こしつつ、作者独自の間や空間解釈を織り込み、
原作世界を鮮やかに写し取った作品は話題を攫った。
公開から数日で、『グラマネート・サーガ(1)』は、
大手お絵描きサイトのウィークリーランキング上位に食い込むに至った。
そこからも流れ込んで来た人達までアクセスし、
今や、原作版『グラマネート・サーガ』は、
日間総合20位以内にまで浮上している。
「お布施なんて、してないけどね。
もともと知ってる人で、
『ラクロニア』の
FanCaseで取っていいからって。」
うは。
そうやって一部の好事家からお金召し上げるってことは、
BL系、バリバリ意識してんじゃん。
いつか性別バレしそうなんだけど。排泄物バリアがいつまで持つか。
「……私、今回、
そういう意味では、ほんと狙ってない。
書きたいなと浮かんだものを、好きなように書いただけ。」
う、わ。
上位作者が一番言いたいであろう言葉を、さらっと。
「なんていうかさ、
それまで、いろいろしがみついてたいろんなものとかが、
『ラクロニア』を書きなおした時、みんな無くなっちゃって。
あぁ、私の書きたいように書くと、
やっぱ剥がれるんだなーって思ってから、
びっくりするくらい、評価、気にならなくなっちゃった。」
あの頃の紗耶香さん、鬼気迫る感じだったもんな。
ほんとに、ぜんぶ、叩きつけるように吐き出す感じだった。
「『たこわさ』があんまり重くなるようなら、
新しいサイトで、新しいキャラつくって、
PV100からやっていくのもいいかなぁって。」
う、は。
とんでもないこと言うなぁ。
打診してくる商用の編集者が涙目になりそう。
「だって、
新しいIDでも、1話書いたら、
必ずPV、1は、つくじゃない。」
あ。
うん。まぁ、それはね。
当然ですとも。
「その1は、ね。」
黒髪に染め直した紗耶香さんは、
僕の顔に近づいて、唇を甘く軽く奪うと、
眼を潤ませ、吐息を含みながら、鼻を擦り付け、はにかむように告げた。
「私には、∞だよ。」
読み専で感想を入れた先が、派手めの金髪女子大生だった
完
読み専で感想を入れた先が、派手めの金髪女子大生だった @Arabeske
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