第18話


 12月29日。

 

 二人ともバイトのない珍しい日。

 僕と紗耶香さんは、リビングで向かい合って

 遅い朝ごはんを食べていた。

 

 「この時期、外に出ると、

  どこも混んでるしね。」

 

 確かに。

 

 「お正月、どうしようか。

  ななみくん、初詣はいってたの?」

 

 「17日くらいに、一人で。

  空いてる時に、さーっと。」

 

 「あはは、らしいね。」

 

 なんだろう。

 この距離で、紗耶香さんと、

 自分で作った牛蒡スープを飲みながら話していられるなんて、

 考えもしなかった。

 

 身体が内側から温かいのは、

 スープのせいだけじゃ、なくて。

 

 「その、紗耶香さんは?」


 「あ、ん-。

  去年はサークルの連中といったんだけど、

  今年はね。」

 

 ん?

 

 「……

  なんていうか、真奈美の奴とかが、

  変な気の廻し方、してくれちゃってさ。

  

  その」

 

 ぶーっ

 

 ん。

 

 「あ、ごめんね?」

 

 いえいえ。

 ……

 

 って。

 

 「……

 

  ななみ、くん。」

 

 さっきまでほっこりと牛蒡スープを味わっていた

 紗耶香さんが、急に凛々しい顔をしながら、

 僕に、スマートフォンを見せてくる。

 

 「ごめん。

  彼氏、お願い。」

 

 紗耶香さんの磨き抜かれた指先の、

 ふんわりとしたベージュ色の壁紙に包まれた画面の先には、




  『前に言ってたお見合い相手が決まったわ。

   逃げないでね、紗耶香。』


 

 ……え゛。


*


 「……お母様、勝手に決めちゃうタチなのよ。

  子どもの頃から。」

 

 たし、かに。 

 文面からして、だいぶん強引な感じだな。

 

 「承諾した、

  なんて一言も言ってないのにね。


  あぁ、でも、

  この頃って、まだ剛史が手を出してきてた頃だから、

  ちゃんと態度表明してなかったな。

  ちっ、しくったぜ。

  

  え゛。」


 ん?

 

 「な、な、なんでもないっ。」

 

 ど、どうしたんだろ。

 急に顔、えらく赤くなったけど。


 「と、ともかくっ。

  わ、私、このお見合い、全力で断るからっ。」

 

 わ、わかったってば。

 

 って、僕は何をすればいいんだろ。

 彼氏としてお見合いに同行して、母親に答弁すればいいのかな。

 こないだのお父上対応みたく。


 「だめだよ、そんなことしちゃ。

  お母様、御怒りになるだけだから。」

 

 えぇ?

 気性、激しそうな人なんだなぁ。

 お父上よりも強敵そう。

 

 「そうだよ。

  だから、私に、まかせて?」


 う、うん。

 

*


 ……ごめんね、ななみくん。

 ななみくんのことだから、ソツなくしっかりやってくれてるだろうけど、

 お母様、失礼なことばっかり言ってるだろうな。

 

 最悪、駆け落ちすればいいだけだけど。

 お金は腹括ればなんとかなるでしょ。

 ななみくんとなら、なんでもできるよ、きっと。

 

 さって、

 バーターは果たしますか。


 「失礼。

  貴方が、磐見紗耶香さん、ですね。」

 

 ……

 ふぅん。

 

 容姿はよさげね。スタイルも。

 髪型、靴、服装、小物。磨き抜かれてる。

 オンナ、いっぱい泣かせてそう。

 

 「さようでございます。

  そちらは、鷹柳務さんでいらっしゃいますね。」

  

 「これは、ご紹介もせず失礼致しました。」

 

 ほんと、ひとつひとつ、疎漏がない感じだ。

 子どもの頃から、いろいろ、鍛え抜かれてる。

 お父様とお母様が離婚してなければ、紹介されることもあったのかもしれない。

 

 「……

  いや。

  弟から聞いているのとは、だいぶん、違いますね。」

 

 ん?

 

 ……ぇ。

 こ、これ。

 

 「ふふ。

  逢ってみたいな、と思ったのは、

  の姿なんですけれどもね。」

  

 ……

 えっと、この写真、は?

 

 「おっと。これは失礼。

  弟が、大学のプレゼミのチームでご一緒したそうなんですが。

  弟は落ちて、優秀な貴方は合格されたと。」

 

 ……

 あぁ。

 え゛


 で、でも、名字。

 

 「ふふ。

  まぁ、名字は違いますが、

  れっきとした血の繋がった不肖の弟ですよ。」

 

 ……

 いや、どこで血、繋がってるの、っていうくらい違うんだけど。

 と、睨み合ってるのも芸がない。

 

 「折角ですから、お庭を散策させて頂きましょうか。」

 

 「おや、貴方からお誘い頂けるとは大変光栄ですね。」

 

 ……手慣れてるなぁ。

 ギリェモ敵国宰相の若い頃とかに使おうかな。


 あぁ、

 いろいろ、堪えないと。

 ななみくん、今頃、苦しんでるだろうから。


*


 あぁ。

 あの人、か。

 なんていうか、目立つなぁ。

 

 「……貴方ね。

  娘を誑かしている、いけ好かない間男ってのは。」

 

 うわぁ。

 直球だな。

 

 まぁ、親から見れば、確かにそうなんだよな。

 年頃の娘の家に同棲してるわけだから。

 

 「……

  ふん。

  

  ま、いいわ。

  座んなさいな。」

 

 では、失礼して……と。

 おー、いい椅子だなぁ。ふかっと体圧分散する。

 さすが高級ホテルの有料ラウンジ。タダで入れる待合側と偉い違いだ。

 

 「……。」

 

 うーん、上下ワインレッドのスーツって、強気だなぁ。

 オフホワイトのポーチでアクセントしてるけど。

 紗耶香さんのセンスとはだいぶん違うな。

 

 つっても、紗耶香さんのストリートファッションも、

 やっぱりどこか、上品なところもあったりするから、

 

 「……

  紗耶香には、苦労をさせたわ。」

 

 ……。

 

 「……

  私達は、結婚なんて、すべきではなかった。

  私達は、お互い、自分しか関心はなかったのよ。

  互いのことが好きでいるように感じていた、自分にしかね。」

 

 ……。

 

 「だから、紗耶香には苦労をさせたくないのよ。

  特に、貧乏人の苦労はね。」

  

 ……。

 

 「鷹柳の家と繋がれれば、

  相互の人事交流や資産持ち合い、企業間信用取引も容易よ。

  給料を引き上げられて、従業員が何百人か助かるかもしれないわ。」

 

 ……。

 

 「調べたけど、貴方の家、

  ただの勤め人じゃないの。」

 

 ……そうなんだよ、なぁ……。

 

 「貴方、私が、

  紗耶香の家賃、半分持ってるの、ご存知?」

 

 あぁ、そういうカラクリなのか。

 紗耶香さんはお父上に報告してないのかな。


 「貴方と交際するなら、

  私、紗耶香への家賃支払いを止めるわ。」

  

 わ。

 ほんと、直球を言って来るなぁ。

 なるほど、この方と、あのお父上は合わないわ。

 

 「……

  はぁ。

  

  貴方、誰かに似て可愛げがないわねぇ。

  そこで顔を赤くして怒ったり、

  困ってくれるようなら、紗耶香に言ってやれたのに。」

 

 ……ん?

 

 「ふふ。

  なんでもないわ。

  で、私がほんとに止めたらどうするつもり?」

 

 そうだなぁ。

 

 「とりあえず、アルバイトを週3入れるくらいでしょうか。

  それと、紗耶香さんからお金をお借りしますね。」

 

 「……貴方、紗耶香にたかるつもり?」

 

 「いえ。

  アルバイトをそれ以上入れると、就職活動に差し支えます。

  なるべく収入が高い就職先に勤めて、ボーナスで返します。

  アルバイトをだらだら続けるよりは効率が良いかと。

  

  紗耶香さんにお借りするのは、

  利子率が低く済む実利的な理由も勿論ですが、

  そのほうが、紗耶香さんが安心されるかと。」

 

 「……

  貴方、

  見た目によらず、女扱い、慣れてない?」

  

 これっぽっちも。

 これは、「役」だから。

 なら、こう、答えそうだから。

 

 「……

  ふふ、

  思ったより面白い子ね、四條七海なみ君。」

 

 ぇ。

 そういえば、調べてるって

 

 「あはは。

  貴方、私達が紗耶香を一人暮らしさせて

  思うがままに放置してると、本気で思ってる?

  だとしたら、かなりおめでたいわよ。」

  

 う、わ。

 底が、知れないな。

 さすが、紗耶香さんの母親。

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