第17話
「『あんたに小説なんて書けるわけないじゃない』」
?
「って、言われちゃったの、その娘に。」
ぇ。
「……
まぁ、いろいろあったの。
だから、隠れて載せられる小説サイトを見つけた時、
私、これで復讐してやろうって思って。」
……。
それで、「たこわさ」さんの話は復讐劇が多いのか。
「……
そんな動機だったから、
書けるものがなくなっちゃったのかも。」
……。
「だって、いま、復讐したいって、
あんまり思わなくなっちゃったんだもん。
でも、ね。」
……?
なんか、紗耶香さんの眼が、潤んで
「……
ううん、なんでも、ない。
なんでもないの。
ほんと、だよ?
ぁ。」
ん?
「いや、いま、なんていうか、
ななみくんの顔、見てたら、
すぽんっと思いついて。」
?
「溺愛が復讐になる話とか、どうかな?」
……ん?
あ。
たったいま、「たこわさ」さんの
最新作のプロットが決まった瞬間に同席してしまった。
光栄なのか、悔しいと思うべきなのか。
「……
だからね、ななみくん。
協力して欲しいな。」
ん?
「私、ななみくんを、溺愛したい。」
……え。
えっ。
「……
あはは。
じゃね、プロット作るから。」
*
「……
あはは。
じゃね、プロット作るから。」
……。
ばたんっ。
っ
っああああああああああああああっ!!!!
い、言っちゃった。
言っちゃった言っちゃった言っちゃった。
や、やばい。
顔、めっちゃ火照ってる。
うわ、真っ赤
……って、
え?
(私、ななみくんを、溺愛したい。)
そっち、
なん、だ、けどっ。
(だからね、ななみくん。
協力して欲しいな。)
い、
いまの、どう、伝わってる?
役。
役としてだけ、伝わっちゃってない?!
うごぉぉぉぉぉぉぉっ!!
いや、違う、絶対違うんだけど、
顔、真っ赤すぎて、向こう、戻れない。
たった6メートル先にいるのに、誤解が解けないなんで。
う、う、うまくいったと思ったのに、
これ、一ミリも進んでないの???
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!
ぷ。
ぷ、ぷろっと、つくろ……。
げふっ。
*
(私、ななみくんを、溺愛したい。)
……
どういう意味、なんだろ。
(だからね、ななみくん。
協力して欲しいな。)
ふつうに考えれば、「役」として
取材協力して欲しいという話なんだけど。
(……
ううん、なんでも、ない。
なんでもないの。
ほんと、だよ?)
あの、眼は。
あの、瞳の潤みは、いったい。
……
聞けない。
聞いて、違ってたら、
この部屋、追い出される。
立退料、一か月しか貰ってないから、
借金しないと部屋、借りられない。
やっぱり僕も年末年始に週3入れて貰えばよかったかな。
……
いや。
いま、たぶん。
生まれて来てから、一番、楽しい。
紗耶香さんと、読んできた本の話ができることが。
自分が作ったスープを一緒に分かち合って飲みながら、
紗耶香さんの生い立ちを聞けることが。
同じ空間を、瞬間を、紗耶香さんと共有していることが。
紗耶香さんの瞳の中に、僕の姿が映ることが。
一緒に、住んで、たった三日くらいなのに、
「たこわさ」さん以上に、磐見紗耶香さんの存在が、
僕の中に、手触りと熱量を持ちながら急速に膨らんできてしまっている。
役、なのに。
想い人がいるはずなのに。
(ううん、なんでも、ない。
なんでもないの。)
……あの濡れた瞳をたかが知人Bにするなんて、
どこまで魔性の女なんだ。
……
う゛っ。
下着、替え、あったっけ……。
どうやって洗おう……。
*
『グラマネート・サーガ
――転生王子、溺愛スキルで世界に復讐する』
『グラマネート・サーガ』は、
グラマネート大陸の古王国、ベルガ王室を巡る混乱と悲劇の物語から始まる。
領土拡大と王号創設を目指す、
ヴァルダローナ大公国の遣り手宰相、
ギリェモ・ベルギウムが数多く手がけた策謀の一つが、
黄昏のベルガ王室の血に猛毒を仕込むことだった。
建国以前からの血統を誇る名門貴族家ではあるものの、
領国経営破綻で零落した王国辺境のミルナ子爵家を借金づけにし、
魔性の魅惑を持った偽令嬢を養女として送り込み、
没落した名門貴族子女の勤め先である
王宮女官の一人として王室周辺に埋毒させる。
果たして、凡庸なベルガ国王は、
敵方、ヴァルダローナ大公国の間謀に手引きされた
ミルナ子爵令嬢の虜となってしまう。
ミルナ子爵令嬢はギリェモの狙い通りに懐妊し、王の寵姫に立てられる。
王太子レオは妹である王女アマンダと結託して
自らの異母妹となるミルナ子爵令嬢の娘フリアを暗殺しようとするが、
既に国王側近にまで浸透していたヴァルダローナ大公国の間謀に防がれ、
逆に寵姫を通じて国王に反逆罪を適用され幽閉されてしまう。
絶望のあまり王太子が自殺した僅か3年後、
凡庸な王は緩やかに衰弱へと追い込まれ、成すすべもなく崩御する。
その直後、かつての寵姫は、ヴァルダローナの息が掛かった側近達と謀り、
自らの娘を王位継承者とした上で、ヴァルダローナ大公の第二公子に嫁がせ、
ベルガ王国を事実上、ヴァルダローナの属国にする。
しかし、智謀豊かな宰相ギリェモと結託した大公の第二公子は、
7年後、僅か13歳のフリアに自身の第一子を半ば無理やり孕ませ、
出産させた直後に、妻である寵姫の娘とその母を親子とも毒殺し、
ベルガ王国領をヴァルダローナ王に献上する。
自身はベルガ王国より遥かに豊かな大陸南端の公爵領を賜わり、
愛人を囲って親子ともども悠々と生涯を終えた。
かくして、内紛のうちに衰退したベルガ伯爵領の領民は、
新王国において、ヴァルダローナ語が話せない二級民に零落してしまう。
と、いうところで、殺された寵姫の娘フリア・ミルナだった主人公が、
なぜか、ベルガ王太子レオに逆行転生してしまう。
ここから、寵姫の娘フリア改め王太子レオによる、
ヴァルダローナ大公家及び宰相ギリェモ・ベルギウムへの復讐劇が幕開けする。
「誰からも愛されなかったフリア」を、
所かまわず、めちゃくちゃに溺愛しまくることによって。
*
「異世界ファンタジー」ジャンルでありながら、
恋愛要素の強い『グラマネート・サーガ』は、
比較的シリアスなスタートであったにも関わらず、
連載三日間で★362を獲得し、想定よりも大幅に早い滑り出しとなった。
アンチ含めた固定ファン層が素早く反応したことに加えて、
想定していなかった援軍が現れていた。
「……★3478まで来てた。」
ネット小説を紹介するmetuberが、
前作、『ラクロニア・サーガ』を
「今年下半期の完結済オススメ小説7選」に入れていたらしい。
動画自体のアクセス数は2万再生とそれほど多くないが、
これを機に知った、再評価した、という人達が流れ込み、
連載後にも関わらず、週間総合100位前後を取り返している。
「……ななみくんのレビュー、
まんま抜かれてたね。」
『ネット小説の皮を被った、大人向け本格SFファンタジー』
……めっちゃ恥ずかしい。
「ななみ」って書いてある部分を消してくれてたけど、
ほんの少し調べたらすぐ分かられてしまう。
2万回再生の動画くらいでも、想定外の形で広まるの
ぇ。
ぁっ。
「あ、え、あの。」
「溺愛、だよ。
確かめさせて。」
い、いや、
なんの脈絡もなく、
その身体と張りのある胸で、
やわらかく抱かれると、なんていうか、そのっ
「……よしっ。」
言うなり、紗耶香さんは、
僕の四肢をすぱっと話して、
自分の部屋に戻っていってしまった。
……ああ、これ、
取材、だったのか。
あやうく勘違いするところだったじゃないか。
……う、が。
……さっき下着替えたばっかりなのにっ。
*
………
やっ、ばい。
ななみくん、意外に筋肉質。
え、なに、あれ。
躰にびりびりって電流が流れたんだけど。
………
欲しい。
犯したい。
塗り替えて欲しい。
………
嫌がってるかも。
役で、付き合ってくれてるだけかも。
………
このままでも、いい。
この距離感で、こんな感じでも、いいんじゃないか。
………
あぁ、
ほんっと、どうしようもないヘタレだ、私。
真奈美の言う通りかもしんない……。
でも。
ここまで、来てるのに。
こわ、い。
怖くて、たまらない。
(あんたに小説なんて書けるわけないじゃない)
なにもかも疑わなかった相手から裏切られる恐怖が、
私の心の奥底に、こびり付いて離れない。
剛史みたいに、躰が痛いだけで済むんじゃない。
また心の土台が崩れていく音を聞いてしまったら、
私は、もう。
………
っていう造形で、
フリアの躊躇いやイヤイヤは余るほど湧き上がってくるんだよな。
デレるまでせいぜいヘイトを溜めてくれよ、私の分身。
……あぁ、私って、
マジで可愛くなれないんだなぁ……。
………
うぁ。
これ、どうしよ。
まだ、溢れてくるんだけど。
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