第3章(最終章)

第16話

 ……


 やば、い。

 泣い、ちゃった。

 

 なんていうか、どっちの気持も分かってしまう。

 私はこんなに想い続ける初恋の人なんていないけど、

 もし、ななみくんと別れたら、

 一生、こんな風に残り続ける気がする。

 

 ……

 なんか、剛史とか、こういう感じの夫になりそう。

 違うんだよ、そうじゃないんだよ。

 塗り替えようとすんな。せめてそっとしておいて欲しいんだよ。

 

 あぁ、

 この人、100%♀だ。

 

 ……

 

 でも。

 なんで、ななみくんは、これに「★2」を入れたんだろう。

 文章は確かに上手いけど。

 

 ……

 

 なにか、私に、伝えようとしたの?

 特に、意味は、ないの?

 

 聞きたい。

 けど、聞けない。

 この無神経独善男のように捉えられたくはないから。

 

 ……。

 

 対角線、凡そ6メートル。

 空間とダイニングテーブル一枚隔てたその先に、

 ななみくんが、眠ってる。

 

 壁一枚とかなら、襲っちゃいそうだけど、

 なんていうか、もどかしくて、安心する。


 ……うん。

 がんばろ。

 

 ……って、何をだよ。


 ……

 とりあえず、

 『Nonturne』に★2をいれとこ。

 私的には★3でもいいんだけど、なんていうか、ゲン担ぎで。


*


 ……

 

 あぁ、ベッドからの景色、こんな感じなんだ。

 ずっと布団で寝てたものだから。

 なんていうか、フワフワする。

 

 ……

 

 思ったより、普通に寝られた。

 部屋が、物理的に離れてるからだろうか。

 

 っていうか、ちょっと変わった間取りだよな。

 ルームシェアを前提としているからなんだろうか。


 (ここは私の稼ぎで借りてます)


 ……郊外とはいえ、

 都内の2LDKに一人で住んでたって凄いな。

 駅からも遠くないし、家賃6桁はいってると思うけど。

 

 まぁ、詮索しない。

 そもそも、詮索できる立場じゃない。

 所詮は彼氏なんだから。

 

 ……

 

 (こちらの四條七海さんと、

  結婚を前提としたお付き合いをさせて頂いてます)

 

 ……

 

 いや。

 あれは行きがかりみたいなものだろうし。

 下手に真意を探ったら、『Nonturne』の夫みたくなってしまう。

 

 ……

 

 悩んでもなにも出ない。

 とりあえず、起きよっと。


 がちゃっ

 

 !

 

*


 !

 

 な。

 な、

 ななみくんの生ぱじゃまぁっ!!

 

 うわ、めっちゃテンションあがるっ!

 囲い込み作戦発動してほんとよかったっ

  

 首筋んとこ、ちょっとヘタってなってるとこが

 やばい、色っぽい。めっちゃそそる。ぐへへへ。

 

 「!?

  お、おはようございますっ。」

 

 あ。

 

 う、うん。

 す、す、すっごい。


 なんていうか、

 質感とか、空気とか、重みとかが、一気に

 

 「あ、あの、紗耶香、さん?」

 

 !

 

 「あ、うん。

  おはよっ。」

 

 「!?」

 

 ん?

 なんか、

 ななみくんの顔、一気に赤くなった気が。

 

 ……

 

 !?

 

 ばったんっ!

 

 ……やっ、べ。

 

 ネグリジェ一枚で出ちゃったよ。

 昨日まで誰もいなかったもんだからって。

 うぁぁぁぁあぁぁぁぁ……。


*


 ……

 

 うぁぅ。

 

 さすがにフルタイムは疲れる…。

 年末年始だから、普段よか混んでるし。

 

 ……っていうか、どこまで広まってんのかな。

 さっきの人も、ななみくんのタキシード写真、タブレットで出してきて

 「この人今日いないの?」って聞かれちゃったし。

 

 ……

 はぁ。

 さすがに、連勤疲れかな。

 いつもだと、休憩しながら

 「たこわさ」のコメント欄、見たりするんだけど。

 

 あ。

 

 <おつかれさま>

 

 ななみ、くん。

 

 ……律儀、だなぁ。

 休憩時間に合わせて、ちゃんと送ってきてくれる。

 

 ……を、やって、くれてる。


 を、外したい。

 誰よりも好きだと、伝えたい。

 対角線の壁を越えて、躰を合わせたい。

 

 でも。

 断られ、たら。

 ……このままでも、いいんじゃ、ないか。

 

 バカ。

 ここまで来て、なに弱気になってるんだ、私。

 このままなら、「」が終わったら、どっちみち終わりだ。

 

 ……

 私、こんなに弱かったっけ。

 

 『あんたに小説なんて書けるわけないじゃない』

 

 ……


 なんか、書こう。

 意地でも。

 

 <ななみくん、

  私、次、なに書いたらいいかな>

 

 ……

 あ。

 

 ぽろっと、出ちゃった。

 私の、一番、奥底にある不安が、剥きだしのままで。

 

 <恋愛ものじゃないんだ>

 

 え。

 あ、あぁ。

 そんなこと、言ってたっけ。

 

 ふ、ふ。

 ことばが、ちゃんと積みあがってる。


 なんか、

 なんか、すごい。

 これだけで、心、ぽっかぽかにあったかくなっちゃってる。

 おかしいな、私。

 

 うん。

 ほんと、おかしいな、私。

 なんでこんなことで、涙が出そうになってるんだろ。


*


 「ななみくん、私のお父様に会ったでしょ。」

 

 「う、うん。」

 

 「ああいう人だから。ほんと、仕事人間で。

  で、お母様も働いちゃったから、

  家の中、誰もいなくて。」

 

 ……。

 

 「気が付いたら、私、死にかけてたらしくて。」

 

 は……?

 

 「お父様もお母様も反省して、

  私をおばさまに預けたの。」


 ……反省して子育てするってわけじゃないんだな。


 「おばさまも暇なわけじゃないけど、

  簡単な料理くらいは作ってくれて。

  あとは、私のために、書斎部屋を使わせてくれたの。」


 ……。

 

 「子ども向けの本なんかなくて、

  最初から、大人が読むような本を読んでた。

  本を読んで、話をすると、おばさまが喜んで、

  その時だけ相手をしてくれるの。

  

  だから、いっぱい本を読んだんだ。

  おばさまに、振り向いてもらうために。」

 

 ……。

 

 「だって、そうしないと、

  私のご飯作るの忘れちゃう人だから。

  私、ここにいるんだぞ、って、アピールしないといけなかったんだ。」


 ……過酷な。

 

 「それがいま、『たこわさ』に役立ってる感じかな?

  おばさまの書斎の本棚がベースだから。」

 

 「アシモフとかも入ってわけだね。」

 

 「あはは、そうそう。

  なんでもバレちゃうね、ななみくんには。

  

  ななみくんは?」

 

 ん?

 

 「ななみくんは、いつから本を読んだの?

  なんで古エッダを知ってたの?」

 

 ……。

 恥ずかしいな。

 

 「中学の時に、怪我をして、

  部活を辞めちゃって。」

 

 「うん。」

 

 「家に帰りづらくて、学校の図書館に籠って、

  眼に入ったもの、片っ端から見てった。」

 

 「……そう。

  ちょっと似てるね。」

 

 紗耶香さんのほうがずっと過酷な話だけど。

 生存がかかってたわけだから。

 

 「ななみくんさ、

  文章、書いてたことあるの?」

  

 え。

 

 「あはは。

  だって、ななみくんのレビュー、

  構成、ちゃんとまとまってるし、フックもギミックもあるし、

  人に見せる文章を書いてたんじゃないかって。」

 

 ……

 まいった、な。

 レビューなのに、自意識が出ちゃってたわけだ。

 恥ずかしい。

 

 「……ちょっとだけね。

  あんまり、うまくいかなかった。」

 

 嘘、だ。

 書きたいのに、書けないだけで。

 書くという行為を恥ずかしく感じてしまってるだけで。

 

 「あはは、顔、赤くなってる。

  可愛いっ。」

 

 「……同い年でしょ。」

 

 「違うよ。」

 

 え。

 

 「だって私、浪人してるもん。」

 

 は。

  

 「うん。

  学年では、1コ上だよ。

  2月になったら、はたち、おわっちゃう。」

 

 ……

 なん、だって。

 ずっと、同い年だと思ってた。

 

 「うんうん。

  だから私のほうがおねーさんなんだよ。

  ははは、敬いたまえっ。」

  

 ぐっ。

 

 「……あはは。

  この話したの、ななみくんで、二人目かな。」

 

 一年上、じゃないな。

 生い立ちの話、か。

 

 「……友達だと、思ってた。

  なんでも話せると、なんでも話していいと。

  

  ……でも、向こうにとって、

  私は、うざったいだけの女だった。」

 

 ……。



 「『あんたに小説なんて書けるわけないじゃない』」


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