第2章
第13話
……あぁ。
これは、♂には書けないな。
主人公は専業主婦の妻、38歳。
年頃の娘が2人いて、夫を愛して、幸せな家庭を築いているけれど、
心の中には、高校生の頃の初恋の人が棲み続けている。
妻を愛し、独占欲の強い夫は、
うすうす気づいていながら、妻に向けて問いただはしない。
問いただす意味もないことは分かっている。
だけど、妻のことを心から愛しているが故に、
心の中の澱が溜まって揺らいでしまう。
どんなに夫が妻を愛しても、
激しく身体を交わしても、心は、永遠に交わらない。
行為の後の妻のアルカイックスマイルが虚しいだけで。
……
書きなれている。
隙のない繊細で丁寧な心理描写は切なく、巧い。
でもこれ、救いがなさすぎる。
どうみてもネット向きじゃないな。
タイトルも『
うーん。
★2、かなぁ。
ちょうど★10だし。
……
難しいな、人の心って。
まして、異性の心は。
(私の、
彼氏、役に、なって、くれない?)
……紗耶香さんも、密かに、想っている人がいるのかもしれない。
光栄だけど、あくまで、『役』だ。
一線を踏み越えないようにくれぐれも注意しないと。
っていうか、ほんと、どうしよう。
生まれてこの方、彼女なんて、いたことないから。
まぁ『役』なんだけど。
……とりあえず、着替えよ。
*
あー。
やっと経営学概論終わったぁ。
必修の癖に出席までしっかり取るもんだから、
息苦しいんだよねこの講義。
せめてななみくんと同じ講師で取れれば良かったのに。
あぁ、3年次、絶対に講義合わせよ。
ぜんぶ合わせてもいいくらいだけど。
「おい、そこのうすらバカ女。」
ん?
なんだよバカ真奈美。
「紗耶香、お前、
なに普通にうちらと飯食いに行こうとしてんだよ。
彼氏(仮)んとこいけっての。」
え?
だって
「……あの、な。」
あぁもう、分かってる。
分かってるけど、なんていうか、
めっちゃ気恥ずかしくなっちゃってんだよっ。
「……マジで掻っ攫われたいのか?」
ぐはうっ
*
ぴろん
ん?
紗耶香さん、か。
<
観葉植物前ね。よろしくっ>
え、二食?
3限の教場と反対だし、そもそもあっち行ったことないんだけど。
まぁ、そっか。
紗耶香さんだもんな。
あぁ、なるほど。
彼氏役としての初仕事になるわけか。
*
うーん、さすが二食。
値段が中央食堂に比べて5割方高い。
わ。やっぱ女子多いなぁ。
ちゃんと絨毯も入ってるし、ちょっと場違い感がある。
バイトしてなかったらココはちょっと
「あれ。」
?
「四條君だ、珍し。」
えっと、
誰、だっけ……?
名前、出てこないけど、
髪型も違うし、眼鏡もしてないけど、
確か、たぶん、プレゼミで一緒だった
「うん、仁科沙織。
四條
あぁ。
ちゃんと覚えられてた。意外。
「……。」
な、なに?
「あ、ううん。
そういうコーデ、できたんだなって。」
あ、あぁ。
「うん。
似合ってる。髪型に合ってていい感じ。」
あ、ありがとう。自分でやったんじゃ微塵もないんだけど。
っていうか、それ。
「あぁ、うん。
コンタクト、入れられるようになって。」
そうなんだ。
それだけでも大分印象が違うなぁ。
「あはは、ありがと。
四條君、これからお昼でしょ?
良かっ
「ななみくん。」
ぇ?
わ。
*
!?
あ、あのアマっ!
コンタクトなんかにして、めっちゃ狙ってる眼してやがる。
前のななみくんには見向きもしなかったのに。
「四條君、これからお昼でしょ?
良かっ
「ななみくん。」
うあ。
ちょっと低い声になっちまった。
って。
あぁ。
やっばい、ばっちり嵌るぅ。
グリーンコートとクリーム色のフーディできれいめ可愛い感じ。
うわもうなんだよ、凄いよスタイリスト私っ。
じゃ、なくて。
ここは見せつけてやるっ。
「待った?」
「ううん、いま来たところ。」
っ!
なんだろ、こんなベタなやつにじぃんと痺れちゃった。
私、めっちゃ安いお手軽オンナ。
「え、あれ。
付き合ってるの? 君ら。」
まぁそう来るよな。
そのため
「うん。
まぁ、そうだね。」
っ!?
ちゃんと言ってくれるんだ、ななみくん。
自然に、ナチュラルに、さりげなく。
やっべぇ、ツーコンボだけでばっちし濡れた。
私、マジでちょろすぎ。でも許す。
「……そう、なんだ。
どうりで共同作業が手慣れてたワケだね。」
ふふふん。
嫌味を言ってるんだろうけど、全然耳に入らんな。
はっはっは。ほざけ負け犬が。
うわ私、性格悪すぎる。クソ女認定三段取れそう。
「じゃね、お二人とも。」
「あ、うん。」
……割とあっさり引き下が
『調子乗んな』
っ!?
あ、え。
あ、あ、
あんのアマぁっ!!!
「……どうしたの、紗耶香さん。」
っ。
「ううん、なんでもない。」
(油揚げ、掻っ攫われるよ?)
……
ほんと、だ。
ありがとう、真奈美大明神。
私、あやうく今日、首括るロープを買うところだったよ。
うん。
決め、た。
決めたぞ、私はっ。
*
……ふぅ。
ちゃんと、できてたかな。
紗耶香さんに確認するわけにもいかないし。
「ななみくん、さ。」
ん?
「ななみくんって、
一人暮らし、だよね?」
「うん。
上京して、出てきたから。」
「だよね。
で、私もそう。」
うん。
確か、そうだったはず。
「でさ。」
うん。
「大学生の彼氏彼女って、
ふつう、一緒に住むんだよ。」
うん。
ん?
*
「大学生の彼氏彼女って、
ふつう、一緒に住むんだよ。」
普通に頷いて、普通に戸惑ってる。
知ってる。手順をめちゃくちゃ省いてることくらい。
(油揚げ、掻っ攫われるよ?)
させるか。
絶対、させんわっ。
一気に囲い込むぞっ。
「うち、ルームシェアを想定して借りたトコでさ、
ちょっと広いんだ。家賃も少し高いの。
だから、ななみくんが入ってくれると助かるんだよね。」
どうだっ。
ななみくんの優しさと面倒見の良さに付け込むアプローチ。
さすが磐見紗耶香、こすいせこい狡賢いっ。
ちょっと早口になっちゃったけど。
って。
え。
ど、
「……
それは、その、
いわゆる、同棲、ってこと?」
うばんぐっ!!!
そ、そう、そうなるよね、うん。
あぁ私いまななみくんの声が耳に入っちゃったら実感しかなくなった。
おいこれホントに最適解なのか私のAI無脳っ!
「そ、そうなるねぇ。」
うわ、ちょっと声が上擦ってる。
やばい、勢いがなくなってる。
「……いいの?
だって、僕、ほんと
!
「だめ、だよ。
それはだめだよ、ななみくん。
ね?」
井草八幡宮謹製速攻即封三点セットっ
「あ、うん。
ごめん、なさい。」
!
かっ
か、可愛いぃっ!!!
「まぁだからルームシェアみたいなものだよ。
家賃相当分下がるから、貯金もできるし、
週1のバイトだと、服とかも自由に買えないでしょ。
あぁ、その服のお金はホントにいいから。
敷金分だと思って? ね?」
そう、そうよ賢いわ紗耶香っ。
ななみくんのパジャマ姿を見るんだからっ。
逃げ場を封じて一気に畳み込ん……
ん?
……げ。
「……
だいぶん、見られてるね、僕ら。」
……
や
やっばぁっ。
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