第12話
一週間。
アルバイトの有給休暇に合わせるように、
紗耶香さんは、大学を休んだ。
<ごめん、ななみくん
日本文学史のノート、取っておいてくれる?>
幸い、第12回講義は、
レポートを提出しなくても良い回だったので、
取ったノートをスキャンしてIscordeにあげておいた。
<ありがと
週明けに見るから>
どうやら、紗耶香さんは、
「たこわさ」の仕込みに詰めているようだった。
そうなると、僕が「ななみ」で巡回してしまうと、
紗耶香さんの気を散らしてしまう。
あぁ。
やっぱり、天と地の差だ。
書けなくて呻吟している僕と、
自分の書きたいものを見定めて爆速していく彼女とは。
(わ、私の、
彼氏、役に、なって、くれない?)
……
ほんとに、いいのだろうか。
あのサークルの人とかは確かに駄目だろうけれど、
紗耶香さんなら、もっと、適切に役をこなせる人が選べるだろうに。
……
だっさい服、か。
うん。
断捨離、しよ。
*
<でき、た
ほぼ、リアタイ>
紗耶香さんは、だいたい、
2~3週間先以上前に作品を仕上げてから出していく。
今回、どうしても書き直したかったらしい。
まぁ、大作だから。
★2977、総合34位だから。
って。
テキスト、ファイル?
<出来立て、だよ>
……
<決めてた
ななみくんに、一番最初に読んでもらうんだって>
……恐れ、多い。
流行作家の初原稿を読む編集者って、
こんな敬虔な気分になるのか。
……
うん。
……
あぁ。
え゛
……
う、あ。
これ、は。
………
ネット小説の文法に、明らかに反している。
でも。
惹き、込まれた。
おぞましくて吐き気がするほど無残で哀しくて希望がある。
こんなスケールの展開を破綻せずに書ききれるなんて、とんでもない構成力だ。
嫉妬すら湧き上がってくる。ほんとに凄い。
<……どう、かな……>
僕は、スマートフォンからRINEを取り出し、
生まれて初めて、受話器ボタンをタップした。
「っ!?
も、もしもしっ。」
あぁ。
そういえば、一週間、声を、聴いてなかった。
「……思い切った、ね。」
「う、うん。」
「……
たとえ、全ての人が★を外しても、僕は、死んでも外さない。
世界中を敵に廻すレビューを書くよ。」
「っ!
……
うん。
うんっ!」
*
『ラクロニア・サーガ』
叛逆回は失敗し、辺境側の内通者の導きを得た大貴族達の手で、
主人公、オフィリア・オクセンシュルナは捕縛され、凌辱された。
その上、帝都メフィオスの住民たちの前で、無残に八つ裂きにされ、
魔女として記録された上、彼女が救おうとした住民たちから唾棄され、
呪詛を吐きかけられながら骨を粉々に砕かれた。
怒号に満ちたコメント欄は閉鎖された。
★は200は剥がれ、週間総合からも外され、
読者は実質、半分に減った。
それから、50年後。
決定打に欠ける大貴族達の終わりのない戦争が継続し、
森林は荒廃し、食料危機は現実のものとなり、
民生品の不足と衛生状態の悪化から疫病が襲い掛かり続ける。
一方、辺境の奥地に隠れ棲んでいたオフィリアの元側近達は、
オフィリアが個人的に研究していたノートを元に農業技術を応用、確立し、
二世代を掛けて農業生産チェーンを構築して食料生産量を倍増させ、
生産が半減以下に落ち込んだ旧帝国領の貴族達を呻吟させた。
満を、持して。
「魔女オフィリアの呪い」
辺境の策謀家達は、
農地の荒廃は、オフィリアの殺害に加担した貴族達への、
「魔女の復讐」だと、帝国領の農民達へ広めていった。
魔女の殺害に加担した貴族達を倒せば、自分達は救われるのだと。
旧帝国領に、燎原の火の如く、叛乱の狼煙があがった。
労働力と燃料を欠き、溶かせない鉄鉱石を多く抱えるだけの貴族軍は、
あれほどの誇りであった装備と練度を喪った。
辺境伯、侯爵、公爵、大公、上王。
帝国の歴史に燦然と輝く高位貴族達が、
農民ですらない流民達の粗野な武器に蹂躙され、次々と殺されていく。
その間。
比較的森林が維持されていた旧帝国領の辺境隣接地域では、
補給が整えられた辺境領軍がじわじわと侵略、領域確保に成功し、
20年かけて、食糧生産可能地域のほぼ全域を制圧した。
水源地である森林をほぼすべて喪った旧帝国領中心部は、
栄耀栄華を極めた永遠の都、帝都メフィオスを含め、
文字通り、人の住まない廃墟と化した。
辺境都市の再建に石材を奪われ続け、
100年後には、荒涼たる砂漠に帰ったという。
かくして魔女オフィリアの呪いは完徹し、
オクセンシュルナ連邦国の建設者、
聖女オフィリア・ラクロニア・オクセンシュルナの復讐劇は、
世代を超え、完璧に成し遂げられた。
「……やっぱり、★、戻りきらなかったね。」
★3075。
全盛期の上昇ペースを考えると、作品評価的には失敗なのだろう。
個人英雄譚としてオフィリアが苦難の末に最後に勝利を掴む形態にすれば、
少なく見積もっても、★3500は確実だったと思う。
感想欄を開きなおした後も、
やりすぎだ、説明紙芝居だ、辺境を壊滅させないのは都合が良すぎる、
叛乱を使嗾した癖に旧帝国領の住民たちの末路が悲惨すぎるなどのアンチが、
ボコボコと湧き上がっている。
「あーあ。
長年、読者の期待に寄り添い続けた書き手だったのに。」
4年間。
16歳から20歳までの間、ネット小説は、紗耶香さんと共にあった。
それがどんなにいびつな形であったとしても。
「……でも、さ。
ななみくん、あのレビュー、
ちょっと、酷くない?」
『ネット小説の皮を被った、大人向け本格SFファンタジー』
50代♂が書いていることを強調するような内容になってしまった。
まぁ、どう考えても19歳女子大生が書いたとは思われないんだけど。
第二部実質主人公の脳筋♂エルフが空を見上げながら最後に言った
「オフィリア、これで良いのだろう」の元ネタはアレだろうし。
っていうか、
長文レビューなんて、はじめて書いたな。
わりとあっさり書けてしまった。
……そうか。
書けて、しまうのか。
「……でも、嬉しかった。
伝えたいこと、ちゃんと、分かってくれてたから。」
一度、完全に壊されたとしてすら、再開の種はいずこかに芽吹いている。
目の前にどんな地獄が転がっていても、
誰に何度股を潜らされたとしても、再起を図る機会はあるのだと。
「『世界が終わる時ですら、止まらない涙はない』、でしょ。」
……あぁ。
(……
ありがとね、ななみくん。)
あの時。
てっきり、一人で泣いてると思ったから。
ただの思い過ごしだったんだけど。
「……
ななみくんが、ちゃんとしててくれたから、だよ。」
?
「……
ううん。
なんでもない。
あーあ。書ききっちゃった。
しばらくファンタジーは出がらしだよ。
次は恋愛ものでも書いてみようかな?
ふふふ。」
「たこわさ」さんの恋愛ものか。
読んでみたいなぁ。
「……それで、ね?」
ん?
「その、えっと、
あの、二週間くらい前に、
お願いしてた件なんだけど。」
あぁ。
(わ、私の、
彼氏、役に、なって、くれない?)
「あのね、その
「喜んでお受けするよ。僕なんかでよければ。
『役』不足で申し訳ないけれども。」
「……
……
ありが、と。」
なんか、ちょっと落ち込んでるな。
やっぱり僕じゃ役不足なのかなぁ。
「……
……
うん。」
?
「ううん、なんでもない。
さ、まずはクリスマスからかな?
取材にもなるしね。」
取材、か。
恋愛もの、本気で書くつもりなのかな。
*
「……お前、さぁ。」
あ゛ーーーーーーーっ!!
「……なんでそこで一押しできんのかね。
チャラ男の誘い、ブロスの皆の前でバシっと跳ねのけたのに。」
「そうそう。
目力ビームぶわー、みたいな感じで。
男子、めっちゃ恐れおののいてた。」
なんだよそれは。
「まぁ、そんだけ本命彼氏が大事なんでしょ。
『仮』を外せなかったみたいだけど。」
なんだよぅ。
「でもな、紗耶香。」
あん?
「あの『仮』彼氏、結構ポイント高いぞ。」
ん?
……
は。
「いや、あのね、
一年の頃から、四條君、知ってる人からの評判は良かったんよ。
地味なだけで。
ちょっといいな、って思ってる娘、いたりしたらしいけど、
隠れキャラみたいな感じだったから。」
「そうそう。
そしたら、急に垢抜けて。
顔、綺麗になって。」
ぐっ。
か、髪型を整えただけで。
「しかもさ。
先週、あんた有給休暇だったじゃん。」
ゆうきゅうきゅうか。
「大学ごと有給休暇する奴、珍しいと思うけどな。
そうするとあんた、彼氏(仮)の近くにおらんかったやん?」
………
「そ。
わりと、狙われてる。」
ぶっ!!
「ちゃんと『仮』、外せないと、
油揚げ、掻っ攫われるよ?」
ぅあぁぁぁぁぁぁっ!!
「……
あんたら、揶揄いすぎ。
紗耶香、魂、抜けてるから。」
読み専で感想を入れた先が、派手めの金髪女子大生だった
第1章
了
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