第11話
……ふぅ……
さっすがに寒くなったな。
外の展示場には、もう、居られないな。
まぁ、新作完結巡回は捗ったけど。
新作完結巡回が捗るってなんなんだろう。
……
押したもの、ちゃんと見てくれてるといいな。
それなりによく書けてるし。
(お前、誰だよ。
紗耶香の、なんなんだよっ。)
……
爽やかな人、だったなぁ。
あの人でも紗耶香さんは駄目なのだから。
理想が高い、というのではなく、
単純に、自分と対等の人を選んでいるのだろう。
……
それなら、なにしてるんだろ、僕は。
いや。
ただ、ちょっと、心配なだけで。
「たこわさ」さんが。
うん。
バイト先が違っても、僕らには、小説がある。
「たこわさ」さんが書き続けてくれる限り、
僕は一読者として、「たこわさ」さんを応援できる。
それで、じゅうぶんだし、
それ以上、何を望むのか。
……
真ん中の待合あたりにいようかな。
こんどは警備員に見つかると困るなぁ。
*
「紗耶香さん、
もう、あがって頂いて結構です。」
よかった。
最終日、普通に終われた。
中途半端な私が、ちゃんと、やりきれた。
「ありがとうございます、マネージャー。
長い間、お世話になりました。」
「はは。
再来週のシフト、メールでお願いしますね。」
「はい。
……え゛」
「有給休暇の申請、確かに承りました。」
え。
なに、言ってるの。
アルバイトに有給休暇なんて
「紗耶香さん。
貴方は、もう少し、我儘になっても良いのですよ。」
……。
「貴方の所属しているサークルの方から、
貴方の紹介なく、アルバイトのお申出がありましてね。」
げ。
「貴方に内密で面接をさせて頂きましたが、
残念ながら、私どものことを、
よく理解されているとは言えない方々でした。」
……少なくとも、二人はいたのかよ。
誰だよ。っていうか、なんだよ。
私がこんなに苦労してたのに。
「それに引き換え、というわけではありませんが、
貴方にご紹介頂いた四條さんは、
私どものことを、よく調べておられましたよ。」
……
なん、だろ。
関係ないはずなのに、胸の奥が、熱くなってる。
「リファラルは、貴方個人に対して掛かっているのであって、
貴方の所属されているサークルに対するものではありません。」
……
そう、だけど。
「貴方の所属サークルには、今年度は適任者はいなかった。
それだけのことです。」
……それ、は。
でも、後輩とかには。
「貴方が就職活動に入られる時期に、また、相談させて頂きますよ。
ご安心を。私が異動の際も引き継ぎますから。」
……
「ふふ。
ではまた、再来週に。
シフトのほう、お願いしますね。」
……っ。
なんだ、よぉ……っ。
*
華やかさの欠片もない、不愛想で寂しい灰色の通用口の側から、
制服を脱いだ百貨店の従業員達が、次々と家路を急いでいく。
闇と接して溶けたような寒々しい鈍色の背景なのに、
「!」
天使は、眩いばかりに輝いていて。
「……どう、して。」
心配だったから。
消えてしまいそうだったから。
一目、逢いたかったから。
……なんだ。
「……いいこと、あったんだね。」
だったら、僕、要らなかったなぁ。
「……うん。
たった、いま。」
そう言うと、
くすんだブロンドの天使は、僕の肩に、冷たくなった手を廻して。
「……
ただいま。
ただいま、ななみくん。」
冬を焚きこめたベージュのコート。
落ちた香水と、僅かな躰の匂い。
紗耶香さんの甘やかな体重が、僕の全身に乗せられる。
「……
ななみくん、さ。」
夜のロッカーの冷気を連れた紗耶香さんが、
口ごもりながら言ったことは。
「……
よ、よかったら。
よかったら、なんだけど。
わ、私の、
彼氏、役に、なって、くれない?」
*
(わ、私の、
彼氏、役に、なって、くれない?)
……
ばかぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
なんだよ、どうしてだよ、
私、愚かすぎるだろっ!!
なんで二文字、加えちゃったんだよっ!!
どうしてそこで素直になれなかったんだよぉっ!!
取り消せばいいだけだけど、
取り消せない。
……
わかって、る。
怖かった。怖かった。凄い怖かった。
いけると思っても、怖かった。
あんな寒い中、長い時間かけて待っててくれるんだから、
私を、私なんかを好きでいてくれるって、
確信しても良かったのに。
物凄い、怖かった。
(紗耶香さんは、僕の、憧れです。)
私みたいなのが、敬して遠ざけられてしまうことが。
……多少信じてたものに裏切られたくらいで、
なんだよぉ……。
……あぁもう、私、
ほんと、ありえないくらいヘタレ。
自分が信じられない。
真奈美とかにバレたらクソみそに言われそう。
……っていうのまで、
創作のタネにできないかなと思うな、この脳。
ふざけんな。妄想の話作ってる暇があったら、
あの時の最善手を瞬時に思いつけってんだよっ!!
……あぁぁぁぁあぁぁぁぁ……
……誤解、してないよね。
キープしてるとか、思われてないよね?
生まれてから一番好きな人なのに。
するわ。
役だもん。
役。
役、どうやって外そう。
……考えないと。
今度こそ、リアルをゴールインさせないと。
……
ふぅ。
そうだ。
「たこわさ」やろう。
ああそうだよ、
完璧な逃避行動だよ。
……
って。
「ななみ」くん、
また誰かに★3入れてる。
私だけ、見てくれればいいのに。
やばい。
私、めっちゃ束縛しがちな激重オンナだ。
……
じゃなくて。
こ、れ。
……
そもそも、ななみくんが、
★67入ってる作品に入れること自体が珍しい。
ポリシーを枉げてまで、
私に、見せてくれたかったんだ。
……
あは、は。
世界が終わる時ですら
か……。
……
ななみくん。
ななみ、くん。
……
うん。
いまのやつ、書きなおそう。
たぶんリスキーだし、
評価もべりべりって音を立てて剥がれる。
でも。
商用なんて、最初っから狙ってない。
私が、
いま、書きたいのは、こっちだ。
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