第10話
「お前、誰だよ。
紗耶香の、なんなんだよっ。」
なんてこと言うんだよ、剛史っ!
って。
っていうか、
ななみくんと、私には、関係なんて、ない。
私が、一方的に、ななみくんを連れまわして、
いまも、こんなに迷惑をかけて、
「……
紗耶香さんは、僕の、憧れです。」
っ
……
なに、それ
「……
なんだよ、それ。
そんなだっせぇ服着てるだけあって、
言うこともゴミくせぇっ。」
……
否定、したい。
否定、しなきゃ
「ありがとうございます。
この服、処分する決意が固まりました。」
あ。
……あは、あはは。
なんだろ、こんな時なのに、
こんなピリピリしちゃってるのに、どうしてこんな和むの。
「貴方は、
紗耶香さんの所属するサークルの方ですか。」
「……だったらなんだよ。」
「サークル活動を共にしていた貴方から見て、
紗耶香さんは性格の芳しくない女性なのですか。」
……性格、めっちゃ悪いよ、私。
いま、剛史が困ってる顔見て、愉しんじゃってるんだもん。
「んなこと、ねぇよっ。
っていうか、な
「それならば、紗耶香さんがブロックする原因が、
貴方の日頃の行いに起因するとはお考えにならなかったのですか。」
「!
てめぇっ!」
「それです。」
「っ。」
「男性が声を張り上げれば、女性は怖く思います。
威嚇すれば、好意は下がると考えますが。
それとも、
あっ!
……ぇ。
「てめっっ!?」
よ、避けた?
二回も、しっかりと。
ななみくん、実は、運動神経、いいの??
「そこ、何やってるっ!」
「っ!?」
……遅いよ、警備の人。
*
………
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……
た、助かったぁ……。
あと一撃貰ったら、喰らったかもしれない。
素人で良かった。心得のない人で良かった。
逆上しててくれてほんとよかった。
……なんて情けない。
まぁ、僕なんてそんなもんだ。
紗耶香さんに怪我がなくてなによりだけど、警備員を待っていたのだから、
もっと温和に、時間を稼ぐ話し方をしたほうが良かった。
失敗、したなぁ。
*
電車内は、運よく比較的空いていて、僕は、紗耶香さんの隣に座れた。
紗耶香さんの香水に少し慣れたのか、海綿体への過度な反応は抑えられている。
そうはいっても、わりとギリギリだったりするけど。
「……
ごめんね、いろいろ。」
最寄り駅まで送っていく、と言ったのは僕のほうだ。
それに、帰っても新規完結作の巡回くらいしかやることがない。
先々を考えるなら語学資格の勉強くらいすべきなんだろうけど。
「……
あーあ、不義理、しちゃいそうだよ。
カサブランカ、紹介してくれたの、
……あぁ。
それで、辞めるとか言い出さなかったのか。
「いいバイト先だし、
後輩に繋がないとって考えてたのに。」
……
「……
一年の時、剛史君に、
お酒の勢いで、一回だけ、抱かれちゃったことあるんだ。」
ぇ゛
い、いや、小さな声だけど、
電車内、人、いないわけじゃないのに。
「……
先輩達、みんな、睦まじくそういうことしてたから、
軽い気持ちでやるもんだと思わされてたから。
……でも、そういうふうに、私、できなくて。」
……
「……
二年になっても、何度か、そういうことを求められて。
だから、剛史君とは、他の人がいるところでしか
逢わないようにしてたんだ。」
……
「……
断ったら、
また、無理やり抱かれちゃいそうで。」
……
「……
それに、ね。」
それに?
「……
ううん、なんでもない。
あーあ。美味しいバイトだったんだけどなぁ。
お客さん、少ないでしょ。」
まぁ。
でも。
「先週はちょっと、多かったような。」
「え、
木曜日の昼時で?」
「うん。」
「……
そ、っか。
なるほど、ね。」
電車は、カサブランカの入っている百貨店がある
ターミナル駅のプラットフォームへと滑り込んでいく。
僕は、手を振りかけた紗耶香さんの手を取り、
指を薄く握ったまま、ホームに降り立った。
「……ななみ、くん?」
「通用口まで、送るから。」
「……えぇ?
改札口超えても、交通費、出ないよ?」
なんてことなさすぎて、少し、笑ってしまう。
東京有数のターミナル駅は人込みが激しい。
僕らのいる大学とは雲泥の違いだ。
ダンジョンのような地下街を抜けていくと、
華やかな百貨店本店とは真逆の、鈍色の冷たい通用口に辿り着く。
「それ、じゃぁ。」
「うん。
気をつけて。」
通用口に消えていく紗耶香さんは、
一度だけ振り返ると。
「……
ありがとね、ななみくん。」
ぽつりと一言、投げかけるように告げると、
足音を消しながら、昏い通用口へ吸い込まれていった。
*
……
言えな、かった。
さよなら、って、言えなかった。
……
もう、日本文学史の単位も落とそう。
もう、ななみくんも、ブロック、しよう。
怒られても、恨まれてもいい。
これ以上、迷惑を掛けられない。
私の、一番好きな人に。
……
好きな人、か。
……はは、なんだよ。
認めちゃってるじゃん、私。
……
分かって、る。
私、太宰なんかより、よっぽど中途半端な人間だって。
身体を犯されても、
もっと早く、もっとしたたかに、
ちゃんと、断っていれば、こんなことにはならなかった。
……
カサブランカ、居心地が良すぎた。
客層もいいし、時給は高いし、皆、優しい。
前に勤めた定食屋は軽い地獄で、それが普通だと思ったから。
百貨店従業員割引でいいコスメが安く買えるから。
……
危険を察知していながら、
ぬるま湯から、出たくなかっただけ。
それで、グズグズしているうちに、
一番大事な人を、巻き込んでしまった。
(お前、誰だよ。
紗耶香の、なんなんだよっ。)
(てめぇっ!)
最低だ、私。
(通用口まで、送るから。)
……
指先が、
まだ、熱くて。
だめ、だよ、
だめだよ、あんなの。
……
恥ずかしくて、一緒になんて、とても居られない。
ななみくんみたいな尊い人には、
私みたいな中途半端に流されて生きてきたいい加減で下らないオンナより、
もっと、ずっと、相応しい人がいる。
(血に濡れたビニールがばさって宙に舞うあたり)
……
いや、だ。
やだ、よぉ……っ。
「紗耶香さん。」
!
そう、だ。
最後のお勤めだ。
ちゃんと、やらないと。
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