第8話


  <一緒に街、行かない?>

 

 こ。

 これは、

 これはいったい、なん、だ??

 

 リア充金髪パリピの紗耶香さんは、小説の執筆を周囲に隠している。

 小説だけで繋がってる僕とは、講義に隣の席に座るのさえ危険なのに、

 冴えない僕と一緒に街に出るなんて、ありえない。

 

 断るべき、だ。

 紗耶香さんのために。

 僕なんかが傍にいては、絶対にいけないのだから。

 

 分からない。

 断り方が。

 

 ここは暫く無言になって、取り下げて貰うのを待つ?

 それはいくらなんでも卑怯で、

 断るなら、せめてちゃんと


 <ごめんね

  理由はあとで説明するから、一緒に行ってくれない?

  夕飯、おごってあげるから>


 ……なにか、事情があるのか。

 僕なんかを、使いたい理由が。


 <わかった

  明日、事情を聞くから>


 暫く待ってると

 

 <うん>

 

 ……ふぅ。


 めちゃくちゃ、弱った。

 街に出る服なんて、なにもない。


*


 <わかった

  明日、事情を聞くから>

  

 ……

 優しいな、ななみくん。

 あぁ、無理に付き合わせてる。

 

 私が、似合わないキャラを棄てちゃえばいいだけ。

 でも、また、嘲られるのが怖い。


 もう、正解が、分からない。


 あ、

 返信、しないと

 

 あぁ、どうすりゃいいんだよぉ


 

 <うん>

 

 

 ……

 なんだ、これ。

 うわ、もう送っちゃった。

 ガキみたいじゃん。って、ガキだ。

 

 ……

 う、あ。

 どう、しよ。


 ななみくんはきっと清楚系だと思うけど、

 ななみくん用の服なんてない。

 

 ……

 バカかっ!!

 黒のリクルートスーツ手に取ってなにしたいんだ私はっ!

 

 あーもう、

 それはもう出たトコだよ出たトコ。

 

 あ。

 

 っていうか。

 

 ……

 ふふ

 フフフフフ。


*


 ……

 青山一丁目なんてはじめて来たよ。

 なんだこの、惜しげもない並木道の空間は。

 人が少ないところのほうがいいとは言ったけど。

 

 カフェの反対側のベンチ、か。

 いいんだよね、ココで。

 

 うわぁ、なんか向こう側、おしゃれな人がいっぱいいて、

 僕、浮きまくってるんだろうなぁ……。

 

 

  「おまたせ、ななみくん。」

 

 

 ほっとして、眼を、あげたら、

 髪の長い金髪の天使が、笑っていた。

 

 純白のパンツに、白のコートとを合わせ、

 淡めのピンクベージュのバックでまとめている。


 「いっそこうかな貸衣装

  っていう感じなんだけど、どう?」

 

 「似合ってる。

  天使が、地上に、降りてきたみたいで。」


 「……あはは。

  それ、言うんだ、ななみくん。」

 

 思わず、言ってしまっただけで。

 まずい。ときめいちゃってる。

 隣に座られた時から、感じないようにしていたものが、

 ぶわりと溢れてきてしまう。

 

 (理由はあとで説明するから)

 

 ……そう、だ。

 

 「で、用事って?」

 

 「……

  あ、うん。

  

  とりあえず、移動しよ?

  歩きながら話したほうがいいから。」

 

 うわ。

 街のオトナの余裕、凄い。

 ほんと、別世界の人だなぁ。

 日本酒の蘊蓄が煩い酔っ払い中年男性、「たこわさ」の中の人なのに。

 

*


 用事、

 用事なんて。


 「とりあえず、移動しよ?

  歩きながら話したほうがいいから。」 


 この瞬間、だよ。

 ななみくんと、街を歩いてる、

 いま、そのものだよ。


 あはは。

 ちょっと道化じみたコーデだけど、

 なんとか嵌って良かった。っていうか、嵌ってるかな。

 

 (天使が、地上に、降りてきたみたいで)

 

 ……

 眼、潤んでた。


 か、可愛い。

 眼元から食べたい。頭の先から貪りたい。

 

 だめ。

 私みたいな適当でいい加減なの、ななみくんは、きっと嫌い。

 ななみくんに嫌われたら、私、もう。

 

 いや。

 そんなんじゃなくて。

 今日は。

 

 「ななみくん、

  古着でもいい?」

 

 「は?」

 

 「あはは、

  その服、どうやって買ってるの?」

 

 顔、赤くなった。

 なんか、その顔、虐めたくなる。

 

 「だからね。

  今日は、ななみくんの、

  服を買いに行くための服を、買おうと思って。」

 

 「……それが、用事?」

 

 フフ。

 

 「ううん。

  いろいろ、付き合ってもらうよ?」


*


 つ、つかれ、た……

 ず、ずっとたちっぱなんですけど……

 

 「うん、

  まぁ、こんだけあればいいんじゃないかな。」

 

 ミラノリブニット、チャコールチェックカーディガン、

 モノトーンモックネックニット……

 呪文が全然頭に入らない。上位古代語か。

 

 「じゃ、次行くからね?」

 

 つ、次?


*


 わんかーるぱーますまーとまっしゅすたいるびじかじふう。

 

 わかるかっ!

 どこで区切ればいいかも分からない。

 

 「ほらほら、見てみて?」

 

 っ。


*


 や……

 やった。やってしまった。

 

 うわ、

 イケる、モテる。すごいぞ私。

 自分の趣味しか入ってない。

 

 ぴしっと綺麗めなんだけどまとまりすぎない感じ。

 バイカラーのロングTシャツ袖長最高!

 やばい、素材がいい。すげぇなこれ。

 

 って

 

 「……。」

 

 よかったのかな、コレ。

 黙っちゃってるけど。

 もしかして嫌いだったかもしれない。

 意外に〇南の〇みたいなやんちゃファッションのほうがいいなら

 

 「……

  これ、幾らしたの。」

 

 そっち、か。

 

 「も、申し訳ないけど、

  僕、いま、持ち合わせてないんだけど。」

 

 わ、

 顔、真っ赤だ。

 やばい、かわいい。ありえない。

 

 「あー、これ、付き合ってもらったお礼。

  プレゼミの作業してくれたし。」

 

 「それは紗耶香さんもでしょ。」

 

 「いやー、これ、ほんと御礼なんだって。

  私、正直言うとさ、ななみくんがちゃんとやってくれなかったら、

  流してやっちゃったと思うから。

  そしたら先生、気に入ってくれなかったと思うし。」

 

 「そんなの。

  僕も適当にやったんだけど。」


 あれが適当だったら世の中の適当はどうなるんだよ。

 もう、ほんとなんなのこの人。天然記念物みたい。

 

 欲しい。

 もの凄く、欲しい。

 

 けど。

 自信が、ない。

 

 「あはは。

  じゃ、ななみくん、バイトしようよ。」

 

 「バイト?」

 

 「あー、うん。

  バイト、してないんでしょ?

  週1でいいから。」

 

 頼まれてたんだよね、カサブランカの店長に。

 バイトいまどこも足りてないっていうから。


 「……じゃ、用事って、これ?」

 

 「それも、だよ。」

 

 言え、ない。

 嫌われたく、ない。

 とかは、


 でも。

 

 「……

  わかった。

  お金、ちゃんと返すから。」

  

 いいのに。

 私に、縛られて欲しいのに。


*


 「紗耶香さぁ。」

 

 ん。

 

 「こないだ、外苑前で、

  オトコと手つないで歩いてたじゃん。」

 

 ぇ。

 なんで。

 バレたくないから、大学から、離したのに。

 っていうか、手なんて繋いでないけど。

 

 「結構イケてたけど、

  あれ、本命?」

 

 物凄く計算を廻し、廻しまくって。

 

 「んー。」

 

 「なんだ、本命か。」

 

 めっちゃぼかしたんだけどっ!

 

 「あー。

  ココブロス、荒れるんじゃね?」

 

 「そーそー。

  剛史君、紗耶香のこと、絶対諦めてないよ?」

 

 わかる、か。

 っていうか、断ってる。

 そもそも、交際関係になったことなんてない。


 やっぱり

 

 「紗耶香が勝手に辞めるほうがめんどくさそう。」


 「そーだよ。

  ストーカーになるかもだし。

  っていうか、本命彼氏に守って貰えばいいじゃん。」

 

 ……あの、なぁ。

 

 「……だめ、だよ。

  これ以上、迷惑、掛けられない。」

 

 「……意中の人、じゃん。」


 意中の人、って。

 なんだその古めかしい表現。

 似合わねぇなぁ。

 

 「ってか、オマエ、マジで憎たらし。

  なにその可愛さ、詐欺じゃね。」


 「あーあー、もうわかったわかった。

  うちらでなんとかすっから。」


 ……同性には恵まれたな、ブロス。

 敵役貴族子女の造形に使ってゴメンよ。

 

 ……

 辞めたく、ないんだけどなぁ。

 はぁ。

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