第7話


 「え。」

 

 「あ、れ?」

 

 ゼミの教授の研究室前で、

 僕と、紗耶香さんは、文字通り鉢合わせした。


 「……ななみ、くん?」

 

 紗耶香さんは、二人キリの時、

 僕のことを、ななみくん、と呼ぶ。

 人前ではもちろん、四條君だけど。

 

 「どう、して?」

 

 「いや、紗耶香さんこそ。」

 

 「わ、私は、メールで、

  先生に呼ばれて。」

 

 え。

 

 「それは、僕もだけど。」


*


 「……なるほど。」

 

 ゼミの先生は女性で、合理的な指導と確かな実績で学生に人気が高い。

 ただ、厳しい人でもあり、今回の発表でも、的確な指摘を入れられてしまった。


 「よく、わかりました。

  つまり、先行研究の整理は四條さんが、

  実証研究の部分は磐見さんがおやりになったと。」

 

 僕が適当に出したファイルを元にして、

 紗耶香さんは、凄まじい勢いでアンケート項目を作成し、

 ネット上に開示・添付して集計、簡単な分析まで施していた。

 プレゼミであるにも関わらず、その行動力と分析力の高さに身震いした。

 

 「はい。」

 

 金髪とストリート系ファッション姿の磐見紗耶香さん。

 本の山である研究室とのコントラストが激しい。


 「ありがとうございます。

  では、残りのお二人は何を担当されましたか。」

 

 ぐっ。

 このために、チームではなく、個別メールで呼び出したのか。

 

 ……あぁ、紗耶香さんの顔も曇っている。

 担当作業を公平に割り振らなかったことを責められるのだろうか。

 高校の、文化祭の時みたく

 

 「……沙織ちゃんは、

  発表の際の資料整理の一部を手伝ってくれました。」

 

 沙織ちゃん。

 たぶん、一見真面目そうな顔の女子。

 あぁ、ほんと、女子の名前覚えないな、僕。

 

 「……なるほど。

  良い判断でしたね。」

  

 ぇ。

 

 「手続き的には参加の門戸は常に開かれていたわけですから、

  適切な進め方だったと思います。」

 

 ……わかって、くれてる。

 排除したんじゃないことを、ちゃんと。


 「やや分析の甘いところはありますが、

  2年次としては、申し分のない調査でした。」


 最後まで厳しい顔を崩さなかった先生が、

 度の強い眼鏡を外して、

 

 「お二人とも、大変よくやって下さいました。

  興味深い発表を頂き、ありがとうございました。」


 笑顔を、見せた。


*


 11月中旬。

 

 経営学部のゼミ申請者の第一次発表があり、

 僕と紗耶香さんは揃って通過した。


 <今年はゼミ生は半分にするって言ってたよ、先生が。>

 

 おわ。

 そんなことできるのか。

 

 <あの先生、学内で無敵らしいよ。

  あー、いいなぁ。

  生徒会の時は担当の先生がどっちにも弱くて大変だったんだよー。>

 

 紗耶香さんは生徒会役員だったらしいが、

 各祭事案件で悉く一人で作業をする状態だったらしい。


 <皆が好き勝手に目立とうとして

  いろいろ言ったり、勝手に行事立ち上げたりして、

  まとめられる人が誰もいなかったんだよね>

 

 ……その経験は、

 『ラクロニア・サーガ』にしっかり反映されている。

 

 大貴族同士が、お飾りの皇帝を他所に自領の成長と領土拡大に邁進し、

 軍需物質のために、成長限界以上の鉄製品増産を繰り返している。


 燃料を確保するための森林が伐採されすぎ、

 農業生産が落ち込み食料危機が近づいているが、

 上位貴族になればなるほど、そのことに気づかない。


 こんな重たいテーマ、

 絶対に19歳のパリピ系金髪女子が書いてると思うわけがない。

 女子っぽいところといえば、帝都メフィオスの宮廷の繁栄ぶりについて、

 ファッションがやや緻密に書かれているところくらいだろうか。


 <ななみくん、

  なんでハートしか入れてくれないの?

  感想書いてくれてもいいのに>

 

 おわ。

 

 <スコップの人にはしっかり感想書いてるのにさー>

 

 ぐはっ

 あ、あれはだって、たまたまそういう感じになったからで。

 

 <あー、

  でもいいよね、ななみくんが入れてた人

  黄昏の描写が緻密で、幻想的だった>

 

 ある名門令嬢家の緩やかな没落を描いた作品で、

 悪役令嬢もののフォーマットに載せていれば

 ★200は確実、という内容なんだけど、

 タイトルとフォーマット違いで★7に留まっている。


 <あれ、私も入れたからさ、

  さっき見たら★18になってた>


 う、わ。

 またそういう人気モノブーストを掛ける。

 狡いなぁ。

 

 <ちゃんと時間差にしといたよ

  三日くらいうずうずしてた>


 示し合わせていると思われないように工夫してるつもりでも、

 三日離しても★の履歴が並びになっているのであまり意味はない。

 まぁ、こんなの、気づく人いないと思うけど。


 <あ。

  ななみくん、

  明日私、バイト休みなんだよね>

 

 そうなのか。

 確か、百貨店のバイトだったっけ。

 

 <ななみくんさ、

  明日の日本文学史の講義の後、

  一緒に街、行かない?>


 ぇ。


*


 <ななみくん、

  なんでハートしか入れてくれないの?

  感想書いてくれてもいいのに>

 

 うが。

 送られ、ちゃった。

 消そうと思ってたのに、リターンキー、ぽんって圧しちゃった。


 あぁぁ……

 見てる、見えてる。

 

 あーもう、顔、赤いよ私。

 ごまかしごまかし。

 

 <スコップの人にはしっかり感想書いてるのにさー>

 

 ……

 なんかこれ、嫉妬してるみたいじゃん。

 いや、してるんだけど嫉妬。


 めっちゃ上手い文章だった。

 私なんか、全然ゴミだ。

 

 ななみくん、ああいう文章が好きなのかな。

 ああいう稠密で繊細な文章書ける人が好きなのかな。

 ネットの情報を流し読みして肉付けしてるように見せかけてる

 いい加減で底の浅い文章しか書けない私なんかより。

 

 だめ、だ。

 ななみくんのことばっかり考えてる。

 ほんと、どうしちゃったんだ、私。

 

 ……Iscordeのコントローラー。

 この眼の先に、ななみくんが

 

 ぇ。

 

 ……なんだ、RINEか。

 

 <紗耶香、

  明日お前、バイト休みだろ?

  どっかいかね?>

 

 ……なんで私のバイトが休みのこと、知ってるんだ。

 サークル? 女子? 誰?

 

 どう、しよ。

 

 !

 

 <あ。

  ななみくん、

  明日私、バイト休みなんだよね>

 

 一気に、

 

 <ななみくんさ、

  明日の日本文学史の講義の後、

  一緒に街、行かない?>

  

 どんっ!

 からの

 

 <あー、明日かー

  私、前から予定があってさー

  友達と出かけるんだよね

  ごめんねー>


 どうだっ。

 時間差詐欺、事後的事前予定返しっ

 

 <友達ってオンナ?>

 

 <あーうん、

  みたいなもん>

 

 <みたいな?>

 

 突っ込んでくるんじゃねぇよ。

 あー、どうしよ。

 

 っていうか、

 

 

  <一緒に街、行かない?>



 って、

 こ、

 これ、これって

 さ、誘っちゃってるじゃんっ!!!

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