第1章

第6話


 はぁ。

 

 繋がっちゃった。

 ななみちゃんに。

 

 ななみじゃ、なかったけど。

 

 (よかったよ、

  experimentの最後のトコ。

  ビニールがばさって宙に舞うあたり。)

 

 ……

 痺れた。

 濡れそう、だった。

 

 隠れてめっちゃ虐めっ子っぽいから、

 絶対、言えないけど。

 

 っていうか、

 私が小説書いてるって言わないで欲しいって言わないと。

 

 うっ。

 

 やりとりがないRINE、緊張する。

 いや、しなくていいんだけど、なんていうか、

 どういうテンションで書きこんでいいか分からない。

 

 あぁ。

 そう、そうだ。

 こっちだ、こっち。


*


 ぴろん

 

 <つくったよー!>

 

 さすが紗耶香さん、早いな。


 これがグループRINEか。

 はじめて見るなぁ。

 

 おっと、すぐ連絡を返さないと。

 

 <ありがとうございます。

  よろしくお願いします。>

 

 <あはは。

  ななみくん、まっじめー>


 げ。

 ななみ、って言われたくないんだけどな。

 一応IDだから。


 でも、どう言ったもんなんだろう。

 うーん。

 

 っていうか、他の人のリアクションがない。

 見てないのかな?


*


 ……やっぱり、か。

 あの女は既読スルー。

 あの体育会の男子にいたっては見てもいない。

 

 実質2人と考えたほうが良いか。


 とりあえず、業務フローと予定だけ流しておこう。

 あとで言い逃れできないように。

 

 にしても。

 ななみくん、ほんと使ったことないんだな。


 っていうか

 本名、止めたのはいいんだけど、

 

 <ななみ>

 

 ……ねぇ。わかってる? 

 たった三文字だけで、

 私、動悸が激しくなっちゃってるんだよ?


*


 既読にしてた真面目そうな女子が一度だけリアクションをした後は、

 グループチャットはほぼ無言になった。


 かわりに


 <Iscordeって、こういう感じなんだね>

 

 PCゲーマー御用達のチャットに、

 いつの間にか「たこわさ」さんが入ってくる。


 <あはは、これ、いい。

  書きながら、ななみくんと喋れる>


 「たこわさ」なのに、喋り方が女子。

 混乱する。


 <書きながら>

 ……つまり、執筆中か。


 『ラクロニア・サーガ

  ――追放奴隷、辺境で叛逆す』


 ネット小説らしくない古典的なファンタジー世界と、

 ネット小説らしい追放劇からの成り上がり物を

 確かな筆力と構成力で纏め上げた「たこわさ」さんの最新作は、

 ★2218に達し、競争の激しい「異世界ファンタジー」ジャンルで、

 週間100位以内をほぼ常に維持している。


 この重厚なテーマの執筆者が、

 19歳の金髪女子大生などと、気づく人がいるわけがない。

 日本酒の造詣が深い蘊蓄を喋りたがるおっさんキャラが確立しており、

 読者の大半は、40代~50代の♂だと思っている。


 <送ってくれた動画、めっちゃいい。

  設定厨に対抗できるよっ。>


 ラクロニア・サーガの舞台は中世後期のヨーロッパ世界。

 この時代を扱う難しさの代表格が、

 産業革命以降の近代技術がないと存在し得ないような

 インフラや設備を書き込んでしまいがちなこと。


 「高校生が書いた〇ーロッパを嘲笑したがる輩」がネットには溢れている。 

 まぁ、気持ちは分からんでもないけど、半分お気持ち警察みたいになって、

 シナリオ本筋と全然関係ないところで現れては長文の揚げ足を取っていく。

 

 それへの対抗策として、

 

 <ななみくん、英語、得意なんだね。

  私、台詞とかわからない。絵しか見てない。>

  

 マニアックな歴史考証がガリガリに入った、

 中世世界を忠実に再現したFPS洋ゲーの動画。

 実のところ、台詞の細かいところは僕も良く分かっていない。

 それこそ中世文学的な表現が多用されているから。


 <うん。

  今日のぶん、投稿した。

  あー、おわりおわり。今日も無駄な時間使ったなぁ。>

  

 投稿したのではなく、予約を入れただけ。

 「たこわさ」さんは、だいたい2~3週間先まで予約投稿しておくらしい。


 <投稿時間が出るの、なんか気持ち悪いんだもん。

  高校の頃、それでストーカーとかも出たことあるから。>


 ストーカー?


 <あー、うん。

  ま、いいか。


  私、高1の頃、

  もっとわかりやすく女子高生って感じで投稿してたから。

  そしたらおっさんがウジャウジャ沸いて>

 

 ……なる、ほどね。

 虫唾の走る話だけど、「たこわさ」さんに沸くかなぁ。

 あぁでも、「たこわさ」さんの中の人は19歳金髪女子だった。

 ややこしいことこの上ない。

 

 <あー、ななみくんさ、

  いちおう、言っておくけど、

  私が小説書いてることは、内緒にしてね>

 

 <あたりまえだよ>

 

 「たこわさ」の中身出したら大変なことになる。

 なんだこの表現。

 

 <……ありがと>

 

 暫く止まった。

 かと思ったら。

 

 <あー、プレゼミの話、

  いまのうちにしとこ?>


 あぁ。

 そういえばそんなものもあったな。



*


 <あたりまえだよ>

 

 ……どきっとした。

 どうして出さないの? とか、

 聞かれちゃうんじゃないかと思ってた。


 ただ頷いてくれるだけじゃなくて、

 私のこと、分かってくれてるみたいで。

 

 そんなわけない。

 過剰反応しすぎ。


 (血に濡れたビニールがばさって宙に舞うあたり)


 ……

 だめ。

 ごまかさ、ないと。

 

 <あー、プレゼミの話、

  いまのうちにしとこ?>


 <あ、うん

  だいたい、こないだ出してくれたリストに沿って

  ひととおり調べておいたから>

 

 ぇ。

 

 こ、これ、エクセルファイル?

 

 よっと。

 

 

  ぇ゛


 

 <こ、このリスト、

  ぜんぶ、集めたの?>

  

 <あ、うん

  Inputboxに入れてある

  ファイルちっちゃくしてあるから、

  今回の作業分くらいは無料ストレージで共有できてる>

 

 ……

 なんだよ、この人。

 嘘、でしょ。

 

 私が小説書いて遊んでる時に、

 作業、ぜんぶやってくれてるなんて。

 

 <バイトしてないから、時間があるだけ

  見た目ほど大したことなかったから>

 

 ……大したことしかないよ。

 私、生徒会の時みたく時間取られるの、覚悟、してたのに。

 

 <ワードに要点まとめてあるから、

  中間発表はこっち使ってくれれば。>

 

 ……

 ここまで、されて。

 これを、このまま受け取ってしまったら、

 私、絶対に自分を赦せない。

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