第5話


 3限、日本文学史。

 教養科目なので、経営学部でこれ取ってる人、見たことない。

 そこそこ課題もあるのでラク単じゃないし。


 教授は定年間近のおじいちゃん先生だけど、

 大学受験時にタイトルだけ覚えさせられた古典文学の先を丁寧に教えてくれる。

 声もまだ張りがあるし、話として聞いても面白い。


 なにより、文学が、作家が好きなんだなぁっていうのが

 伝わってくるのがいい。

 コスパ悪い講義だけど、大学っぽくて、嫌いじゃない。


 ……文章にまだ、未練があるのか。

 書けなくなったのに、こんなネタを仕入れようとしている。


 いや。

 そんな気持ち悪い自意識で取ってるんじゃなくて、

 単純に、関心があるから。

 

 ……いちいち自分を納得させないといけないなんて、

 どんだけ気持ち悪いんだろう。

 いろいろ嫌になる。

 

 そろそろ講義、始まる頃なんだけ

 

 ぁ゛


*


 え゛

 

 ななみ、これ、取ってたの?!

 

 ぜんぜん、気づかなかった。

 そりゃま、ななみちゃん、目立たない男の子だし。


 っていうか、服のセンス、悪っ。

 ダークグレーとブラッドのチェック柄なんて尖りすぎ。

 

 うわ、

 行きたい。近くにいってみたい。

 

 ……どうやって?

 キャラ違くてなんの関係もな……

 

 あ゛

 

 あった。

 あった。あったあった。

 

*


「や。」


 !?

 

や、って。


「き、きみ、

 プレゼミのチームの子、だよね?」


「う、うん。」


「そ、そうだよね。

 ごめんね? 連れが席、荒しちゃって。」


あ。あぁ。

荒らしてた自覚はあるのか。

思ったほど悪い人じゃないな。


「こ、

 ここ、いい?」


「う、うん。」


 うわ。

 うわわ。

 

 なんていうか、体温の質感が。

 昨日の酒がまだ抜けてない感じとかも相まって、

 熱量を持った生物ナマモノが隣にいる感覚が凄い。

 

 ち、近い。

 こんなの、文化祭以来じゃないか?

 って、どんだけ陰な学生やってんだ、僕は。


 あ。

 助かった。

 髭まで真っ白のボウタイおじいちゃん来た。


「やぁみなさん、ごきげんよう。

 よくいらっしゃいましたね。


 では、今日は、第9回目になりますか。

 源氏物語について、ですね。」


 源氏物語ね。

 この主人公光源氏、いまだったらエロエロドスケベオヤジでしかないわなぁ。

 ハーレムものラノベ、っていうかエロゲの原型であり極点なんだけど、

 その因果が次世代の悲劇に向かうっていうスケール感は今ではないわ。


 ん……。

 

 紗耶香さん、めっちゃ、真剣に聞いてる。

 金髪なのに。ちょっと酒臭い香水の匂いさせてるのに。

 

 根が、真面目なんだ、この娘。

 少し厚めの化粧だけど、

 横顔も、瞳も、凛としてて、綺麗だ。

 

 さらさらと筆写していくノートの字が凄く整ってるし、

 要点がよくまとまってる。

 

 ……なんか。

 いいな、この娘。

 思ってたより、ずっと。 


 テニスって、こういう娘と近づけるっていう意味では、

 いいパスポートなんだろうだな。

 選ぶ部活、間違ってたわぁ……。


 いかんいかん。なに考えてるんだ。

 僕も聞こう、真面目に。


*


 「したがって、六条御息所は……」

 

 いいよねぇ、ろくじょうみやすどころ。

 言葉の響きがいい。

 

 好きな人を想いすぎて生霊になっちゃって

 自分がコントロールできなすぎるっていうのがめっちゃエモい。

 

 なんせ紫式部、バリバリ陰キャだから。

 清少納言の悪口を貴重な和紙にコッソリ書いた後で、

 それを書いちゃう自分が嫌いみたいなのを書き連ねちゃう感じだから。

 

 ……ん……。

 

 ななみちゃん、か。

 いや、ななみじゃないんだけど。

 

 うん。

 ほんと、真面目そう。

 しっかり講義、聞いてる。

 

 あぁ。

 手、ちょっと綺麗だな。

 なんていうか、背筋がピンって伸びてて。


 うわ、え。

 この子、横顔、ちょっと彫り深い。

 

 なんていうか、女装させたい。

 いや、違うな。違う、そういうんじゃない。

 

 なんかこう、心は繊細そうなんだけど、

 なよなよしてない感じがする。


 隣って、凄い。

 なんか、いろいろ、伝わってくる。

 

 ……きっと。

 ななみは、きみなんだね。

 

 聞けない、けど。

 言えない、けど。


 違ったら死にそうだし。


 ……なんでだろ。

 なんか、こう、涙腺が緩みそうになる。


*


 「では今日の講義はこれでおわりです。

  ごきげんよう。さようなら。」

 

 さようなら、っていう先生、

 この人以外見たことないわ。

 

 ……ふぅ。

 おわったおわった。

 今日の義務を果たしたから、家に帰ってじっくり巡回でもし

 

 あ。

 

 「あ、

  うん。おつかれさまっ。」

 

 うわ。

 陽キャスマイルって感じ。

 できあがってるなぁ。

 

 「あの、さ。」

 

 ん?

 

 「その、連絡先、交換しとかない?」

 

 え。

 

 「あ、あ、うん。

  チーム、作りたいから。」

 

 あ。

 

 「連絡先、きみ以外、持ってるからさ。

  他のグループに比べて、ちょっと、出遅れてるし。」

 

 う、あ。

 ハブられてたの、僕のほうかよ。

 

 なんだよもう。

 いろいろ気、廻したのに。

 

 「……正直言うとさ、

  ちゃんと動いてくれるの、

  きみくらいしかいなそうだから。」

  

 え。

 えっ。

 

 分かって、る。

 この娘、金髪なのに。

 こんな派手な見た目なのに。


 「だから、ね?」

 

 そりゃ、もちろん。

 ……役得、か。


 あ。

 やば。


*


 あは。ははは。

 知らねぇよあんな奴ら。

 

 っていうほど悪くなくやれはするけど、

 生徒会の頃の野生の勘っていうか、やばそうな雰囲気は察するんだよ。

 

 違う。偽るな私。

 ななみのIDが欲しかっただけだ。

 ななみちゃん、♂だけ

 

 ……

 

 「え゛」

 

 

  四條七海

 

 

 「な、な、

  な。」

 

 な、なに、これ。

 

 「え、っと、

  ここ、RINE、出てるのって、

  これ。」


*


 「あ、あぁ。

  うん。

  本名のままなんだよね、RINE。」


 高校の文化祭以来、使ってない。

 RINEを交換したのは親を除けばたった一人だし、

 そもそも交換するつもり、なかったから、

 デフォルトのままにしてあって。


 そっか。

 他の人と交換するなら、

 変えておかないといけないわ。

 

 「な、

  ななみ。」

 

 「あ、うん。

  しじょう


  男っぽくないでしょ?」


 「な、なみ、なんだ。」

 

 「うん。

  もともとは波浪注意報の「浪」一文字だけだったんだけど、

  画数が悪かったのかな? それで。」


 「そ、そう、なんだ。」

 

 ……やっぱり。

 この焦りぶりは、もう。


 「笹屋茂左衛門高級日本酒ブランド。」

 

 「ひっ!?」

 

 「長谷川栄雅。」

 

 「ぅびっ!?」

 

 ……あはは。

 金髪が揺れるたびにTシャツの胸が上下するの、なんか面白い。

 

 「よかったよ、

  experimentの最後のトコ。

  血に濡れたビニールがばさって宙に舞うあたり。」

 


 「……

 

  


  きみ、実は、

  めっちゃ虐めっこ、だね。」


 ……はは。

 瞳、ちょっと潤んでる。

 

 なん、だろ。

 なんか、これから、楽しくなりそう。



読み専で感想を入れた先が、派手めの金髪女子大生だった

序章


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