可哀想

 結局、匠馬とブドウは体調が悪くなったと言って棄権した。


 事情を聞いた小百合さんは、頭をかかえたブドウにブランケットを被せ、そして深く匠馬に頭を下げた。

「ごめん。匠馬くんの大事な大会なのに。こんな事になっちゃって」

「いや、いいんですよ!仕方ないです、事故です。ブドウがロボットじゃなくても硬球頭に当たってたら病院行きの棄権ですよ。むしろロボットでよかった」

 匠馬は慌てて言った。しかし小百合さんは険しい顔のままだ。

「ううん。こうなる事を想定できたはずなのに。それなのに。ブドウと一緒に出るの、本当は止めなきゃダメだったのかもしれ……」


「小百合さん、俺の事可哀想って思っていますか」

 匠馬は静かにたずねた。


 小百合さんはハッとした顔になった。あの時、小百合さんはブドウを可哀想と言われて怒っていた。だから、匠馬の言いたいことはすぐに分かったようだ。

「俺、可哀想なんかじゃないですよ。だって、俺がブドウと出るって決めたんです」

 匠馬はそう言って、胸を張った。

「全然後悔とかしてませんよ。全然可哀想なんかじゃない」

「そうか。そうだね」

 小百合さんは微笑んだ。


 遠くのほうで歓声が上がった。

 優勝者が決まったようだ。


 悔しくないといえば嘘になる。

 悔しい。凄く悔しい。それでも涙は耐えなくてはいけなかった。


「匠馬」

 ブドウは泣きそうな顔の匠馬に声をかけた。

「ありがとう誘ってくれて。楽しかったよ。匠馬と一緒にできて良かった」


 ブドウのその言葉を聞いた瞬間、匠馬の涙腺は崩壊してしまった。

「ああ、どうしよう。匠馬を泣かせちゃった。今、匠馬のお父さんとお母さん呼んでくる……」

「それはやめてくれ」

 匠馬は苦笑いをしてブドウを止めた。



「ありがとうブドウ。一緒に出場してくれて。俺も楽しかったよ。またやろうな」

 泣き顔のまま匠馬はブドウに笑いかけた。

「小学生の大会は最後だったけど、でもクイズは最後なんかじゃないんだよ。中学生になっても、大人になっても。またやろうな」

「うん」


 表彰式が行われるというアナウンスが流れた。


 匠馬はそのアナウンスの方向に向かって、拍手をずっとしていた。


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