ごめんなさい
結局、匠馬も警察で少し話を聞かれたりしたけど、そこまで大事にはならなかった。
どうも、小百合さんや江本のいた研究室というのが、国家機密レベルのロボットプロジェクトだったらしく、その研究者が起こした事件ということで公にはあまりできないらしかった。
そんな事より、匠馬はあの時のブドウの顔が頭から離れなかった。
誰?
そう言ったブドウは、完全に他人の顔をしていた。
悲しいとかいうよりも、なんだか虚しかった。
「ちゃんと謝りたかったな」
匠馬は、そう呟いた。
ブドウはあの日からずっと学校を休んでいる。
記憶が無くなってしまったのだから仕方がない。
同級生達はみな、ブドウがちゃんと戻ってきたとだけ聞いているので、「よかったね」という雰囲気だ。
「あー、明日大会だろ?俺、全然練習とか対策とかしてないけど、それでもいいなら一応出ようか?」
帰り道、ふと岳が匠馬に言った。
「ブドウさん、まだ体調良くなくて出られないだろ?ほら、このままだと棄権になるし。一応頭数合わせ的な」
「あー……そうだな」
正直、大会のことはすっかり忘れていた。クイズ馬鹿とか言われた匠馬にしては珍しいことである。
最後の小学生クイズ大会。確かに棄権になるよりは、岳に出てもらったほうが助かる。
お願いしようかな、そう思った時だった。
「あの、野沢匠馬、くん?」
声をかけられて振り向き、匠馬は目を丸くした。
「ブドウ?」
そこには、ブドウが小百合さんに連れられて立っていた。
「ブドウ、もう大丈夫なの?え、っていうか俺の名前わかるの……」
メモリーが大丈夫だったのか、と匠馬は一瞬喜んだ。しかし、ブドウは首を振った。
「お母さんに教えてもらった。この人が野沢匠馬くんだって」
「あ……そっか」
匠馬は無理矢理笑顔を絞り出した。そうか、やっぱりメモリーはダメだった……。
「ごめんなさい」
急にブドウは頭を下げた。
匠馬と岳はキョトンとして顔を見合わせた。
「えーっと、ブドウさん、どうしたの?」
岳が優しく尋ねると、ブドウはケロッとした顔になって言った。
「わからないけど。私、野沢匠馬くんに謝らなくちゃいけないの」
「わからないけど?」
「そうなの。メモリーのバックアップにあったの。『野沢匠馬に謝る』って。大事なことしかバックアップしてないはずだから、大事な事だと思うんだけど。私、多分相当匠馬くんに酷い事したんだろうね?」
そう言って、ブドウは首を傾げる。
ブドウがロボットだと知らない岳も、「バックアップ?」と首を傾げていた。
小百合さんが、匠馬に向かって説明をした。
「ブドウには、絶対忘れちゃいけないことをバックアップ機能で家のパソコンに送る機能があるんだけどね。あまり多量のメモリーは保存できないから、人としての常識とか交通ルールとか……そういうのだけをバックアップにとってたんだけど。
誘拐された時に危険を感じたブドウは、咄嗟に最低限の記憶をバックアップとして送ってきてたみたいなの。本当に最低限……ほとんどが私との毎日の記憶で……」
そこまで言うと、小百合さんは目を潤ませた。
「その記憶の中に、一つだけ入っていたのがそれなの。『野沢匠馬に謝る』」
「一つだけ……」
匠馬は再度ブドウを見た。
ケロッとしていて一切謝る態度ではない。それもそうだ。謝る内容なんてもうブドウには無いのだから。
それでも、大事な記憶としてブドウはそれを残したのだ。
「ブドウ、俺の方こそ、酷い事言ってごめん。ブドウは一生懸命だったのに。解散とかもごめん」
「解散?」
「うん、ブドウ、よかったら明日の大会、一緒に出よう」
匠馬は思わずそう言った。
記憶が無くなったブドウは、大会で全く役に立たないはずだ。岳と一緒に出たほうがよっぽどいい成績が残せると思う。それでも、匠馬はブドウと大会に出たかった。
そんな匠馬の想いを知ってか知らずか、ブドウは首を傾げた。
「大会?それ、面白い?」
「面白いよ」
「じゃあ出ようかな。色んな事体験してみるようにプログラムされてるから」
「だから、プログラムとか言うなって」
匠馬は笑った。そして、岳に向かって申し訳無さそうに言った。
「ごめんな、岳。せっかく言ってくれたんだけど……」
「いやいや、ブドウさんが出れるならそれが一番だろ。明日応援に行くからな」
そう言って岳は匠馬とブドウに笑いかけた。
小百合さんは潤んだ目のままそんな三人を見つめていた。
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