電話

 匠馬は、小百合さんに、家の地下にある部屋に案内された。 そこにはたくさんの書類や、見たことない形の機械がたくさん置いてあった。

「ブドウの電源が入っていればGPSが使えるんだけど。電池切れか、わざと電源切られてるのか、反応無しなんだよね」


 そう言いながら、小百合さんは目の前にあるパソコンを叩く。


「うん、やっぱりだめ。さて、今度はさっきの電話の内容を、録音してたからゆっくり聞けば何かヒントがあるかもしれないから」

 そう言って今度は電話の音声の解析に入っていく。


 ――手伝うって言ったけど、俺必要ないんじゃ……?


 匠馬は小百合さんの背中を見つめるしかなく、ただぼんやりのその作業の様子を見るしか無かった。



「……あー、やっぱり防音の部屋とか使ってるかなぁ。全然ヒントになるようなものが出てこないや」

 小百合さんが大きなため息をつく。

 匠馬も一緒になって聞いていたが、犯人が一方的に用件を言うだけで、他に何も聞こえてこないのだ。

「うーん、どうしようかな」

「……もう一回、犯人に電話できないですか」

 ふと匠馬がたずねると、小百合さんはうーん、と唸った。

「そうだよね。もう一回電話できればいいんだけど、非通知だったから……」

「そう、ですよねぇ」

 そりゃそうか、と匠馬は頭を抱えたその時だった。


 ピリリ、と小百合さんの電話が鳴った。


「噂をすれば!非通知!多分江本だわ」

 小百合さんは、電話に急いで何かの機械をつけてから電話に出る。


「はい。真中です」

『真中博士、決心はつきましたでしょうか』


 小百合さんは匠馬の方にも電話の声を聞こえるようにしてくれたらしい。ボイスチェンジャーも使っていない、素のおじさんの声だ。これが、江本龍か。


『真中ブドウと一緒に、研究室にお戻り下さい。歓迎します。もう少しで、完全な学習機能をもつロボットが完成できます。ただあと一歩なんです。博士が来て頂ければ、きっと完成できます』

「完全な学習機能、か」

 小百合さんは小さくため息をついた。

「完全な学習機能、なんて無いと思ってる。人間とロボットも、多分知識の習得に終わりなんてないもの。学習したもの全て覚えるなら、メモリーがパンパンになっちゃう」

『今そういう話を聞きたいんじゃありません。真中ブドウのメモリーを壊してもいいのですか』

「やめて!」

 小百合さんが悲鳴のような声を上げた。

「……その、私研究に戻ってもいいから。せめてブドウの記憶のシステムはそのままにしてもらいたいんだけど」

『もちろん、今までの知識を消すなんてそんなことしません。ただ、記憶システムを、もっといいものに変えてあげたいと言うだけです』

「それが嫌なんだってば」

 小百合さんはうんざりと言った。

「あの、犯人さん」

 匠馬は思わず後ろから声を上げた。

『だ、誰だ!警察か!?』

「違うわ。ブドウのお友達よ。ブドウがロボットだって知ってるの。心配して来てくれてたの」

 小百合さんが慌てて言う。

『ふん、ロボットのくせに、いっちょまえに彼氏持ちか』

「彼氏じゃねえし」

 こんな時なのに、匠馬は赤くなって否定した。

『ああ、もしかして真中ブドウと一緒に帰ってた子かな』

 江本が何かを思い出したかのように言った。

『いまいましい。本当はあの日に真中ブドウを連れ去るつもりだったんだ。図書館でシステムトラブルを起こして、真中博士と引き離して……そして心配そうに一人で帰る羽目になるブドウを言葉巧みに誘って……って思ってたのに』

「あのトラブルも、やっぱりあなただったんだね」

 小百合さんは少し呆れ声で言った。

「他の人に迷惑かけるなんて、やり過ぎ」

『あれは反省している。でもさすが真中博士、すぐに対処しましたね。

 まあどっちにしろ、あのときはブドウは一人で帰らなくて計画倒れでした』

 江本は残念そうに言った。

 そんな江本に、匠馬は思い切って話しかける。

「と、とにかく!あの、ブドウの記憶システム?をいいのに変更する前に一回返してもらえませんか」

『はあ?部外者が何を』

 鼻で笑う江本に、匠馬は必死になって頭を働かせる。どうにかして説得したい。

「あの、俺一週間後、ブドウと一緒にクイズ大会出るんです」

『はあ?ロボットがクイズ大会?』

「そ、そうです。それで、今まで一生懸命ブドウと練習してきて」

『……ロボットが出るのは反則じゃないのか』

「そ、そうですよね。でも、ブドウは、その、言っちゃなんだけも覚えが悪くて、人間とそんなに変わらないから別にいいかなって思ってて。だけど、その、覚えのいいロボットになっちゃったら、それは本格的に反則っぽくて、ちょっと後ろめたくなるじゃないですか。だからせめて、一週間後にしてほしいかなって」

 匠馬は必死に言った。

 正直、こんな事を聞いてもらえるとは思えなかったけど、とにかくどうにかしたくて必死だった。

 そんな匠馬の言葉に、江本は小馬鹿にするように言った。

『自分勝手だな、今どきの子は』

「え」

『だってそうだろ。自分がクイズ大会に出たいからブドウを返せ。自分が後ろめたいからシステムはそのままにしろ。自分が満足したらブドウはあとはどうなってもいい』

「ち、違……」

「匠馬くん、私には匠馬くんの意図がわかってるから!江本は匠馬くんを煽ってるだけだから気にしないで」

 小百合は、真っ赤になっている匠馬を落ち着かせるように肩を掴んで小声で言った。

 江本は気にせず続けた。

『可哀想だな。普通の人間の子供みたいに生活させてあげたいって真中博士は言ってたけど、こうしてロボットだって知れば友達でも、自分勝手にブドウを扱ってな。人間じゃなくてロボット扱いしてるんだろ』

「そんな事……」

 そんな事、した。匠馬は思わず下をむいた。

 初めの頃はロボットだからと無理めな課題を押し付けたし、喧嘩した日も、ブドウを傷ついたりしないロボット扱いした。

『可哀想なブドウ。覚えが悪く生まれて、友達にロボット扱いされて、多分友達にも馬鹿扱いされているんでしょう。僕ならそんな可哀想なブドウを助けてあげ……』


「うるさい馬鹿野郎!!」

 急に小百合さんが、聞いたことがない声で怒鳴った。

「ブドウが可哀想!?ふざけないで!!ブドウは可哀想なんかじゃない!ブドウの友達だって皆ブドウを可愛がってくれる!勉強だってスポーツだって、もちろんクイズだっていっぱい教えてくれる!ブドウはいつも笑うんだ。また友達と遊びたいから、また教えてもらいたいからいつも笑ってみせるんだよ!そんなブドウが可哀想なわけないでしょ!

 あなたにのところになんか絶対いかない!ブドウも行かせないから!」


 小百合さんの顔は般若のようだった。


 匠馬が啞然とした。電話口の江本も啞然としているようだった。

 しかしすぐに声が聞こえた。

『絶対、行かない、か。わかった。じゃあ真中ブドウはどうなってもいいってことだな』


 ブツリ、と電話が切れた。


 匠馬は青くなりながら恐る恐る小百合さんの顔を見た。

「……さ、小百合さん……や、ヤバいんじゃ……」

「あ……うん。ヤバい、かも。ごめんね、取り乱した。でも、我慢できなかった」

 そう言いながらも、小百合さんはすぐにパソコンに向かった。

「小百合さん?何を?」

 匠馬もパソコンを覗き込んだその時だった。


 パソコン上に表示されている地図の一箇所に、ピロリと光るものが出た。


「ブドウの居場所わかった!町外れの、廃校。多分三階!」

「え?え?」

 匠馬がよくわからないまま、大きな荷物を持って飛び出す小百合さんを慌てて追いかけるのだった。






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