誘拐

 帰り道、塾に行く岳と途中で別れると、ブドウの家に向かった。


 小百合さんはいるだろうか。それともブドウを探しに行っているだろうか。匠馬がそっと家を覗いた時だった。


「馬鹿なこと言わないでよ!!」


 大きな声が家の中から聞こえた。小百合さんだ。

 窓の方へ行ってみると、小百合さんが誰かと電話をしていたようだ。

 電話が切られたようで、大きくため息をつきながら首を振っている小百合さん。ふと、窓から覗いていた匠馬と目があった。

 匠馬が慌てて会釈をすると、小百合さんが疲れた顔のまま顔を出した。

「匠馬くん……」

「あの、ブドウは……まだ……」

「あー……匠馬くん、ちょっと話だけ聞いてもらえるかな」

 小百合はそう言うと、匠馬を家に招き入れた。



「ブドウ……誘拐されたみたいなの。今電話が来たわ」

「ゆ、誘拐!?」

 匠馬が思わず大きな声をあげると、小百合さんはシーッと険しい顔をした。

「は、早く警察に言わないと!」

「警察にも、誰にも言うなって言われたわ。言ったらブドウのメモリーを……破壊するって」

「メモリーを破壊?」

「そんな事されたら、ブドウは今までの記憶を全部失っちゃう。それに、破壊の程度によってはもう復活できないかもしれない。死ぬとの同じだよ」

「し……!?」

 匠馬は真っ青になった。

「あれ?待ってください。メモリーを破壊?何で犯人、ブドウがロボットだって知ってるんですか?」

 ふとたずねる。

 ずっと一緒にいた同級生ですら、ロボットっぽいな、とは思っていても本当にロボットだなんて思っていなかった。

 ただの不審者が、なぜブドウをロボットだと知っているのだろうか。

「犯人、知り合いなの」

 小百合さんはそういうと、スマホを操作して、一枚の写真を見せてきた。


 それは、どこかの研究室っぽいところだった。

 白衣を来た人が数人、並んで座っている。

 その真ん中に、小百合さんがいるのが分かった。


「それ、私が研究室にいた頃の写真だよ。大学で、学習用AIの研究をしていたの。人の記憶に関する研究でね。そこから完璧な学習機能をもつロボットの開発を目指してたの」

 そう言って、小百合さんは懐かしそうな顔をした。

「でも、私は研究するうちに、完璧な学習機能って何だろうってよくわからなくなっちゃって。研究者をやめたの。その後で、自分の趣味で、逆に【不完全な】学習機能をもつAIを搭載したロボットを作ったんだ。それがブドウ。もちろん、極秘でだったんだけど、前の研究室には一応報告はしてあったわ。こんなの作りましたって。

 でも私は、ブドウは研究のためじゃなくて、あくまでも自分の子どもとして作ったんだ。だから何の研究もしていないし、作ったこと以外は研究室に報告することなんて無かった。育児の研究結果なら発表できそうだけどね」

「それが、今回の誘拐と何の関係が?」

 匠馬が尋ねると、小百合が険しい顔をして言った。

「犯人は、当時の研究室の後輩、江本龍。ブドウの似顔絵ですぐ分かったわ。

 今研究室の責任者になっていて、思うような研究の成果があげられていないようなの。だから、私とブドウに研究室に戻るようずっと前から要請を受けてたんだけど、その際にブドウの記憶システムを、もっといいのに変えるとか言うから、断ってたの。つい最近も来てて、もう腹が立って、うちの子に手を加えようとする所には絶対に帰らない!って言い放ったら……強硬手段に出たみたいね。さっき電話が来て、ブドウを誘拐したことをあっさり宣言してたわ」

 そう言い切ると、小百合さんは大きなため息をついた。

「じゃ、小百合さん、とりあえず戻るって言ってとりあえずブドウを返してもらってから逃げたらいいんじゃないですか?」

 匠馬は提案してみる。しかし小百合さんは首を振った。

「私が研究室に戻るって言ったら、ブドウは返してくれるみたいだけど。その前にブドウの記憶システムを変えてから返すっていうのよ。覚えの悪くない、記憶の定着がちゃんとできるシステムに」

「そ、それは……」


 正直、ブドウが帰ってくるならそれでいいじゃないか、と匠馬は一瞬思った。

 しかしすぐにその考えは、机の上に上がっているブドウのノートを見てすぐに消した。

 覚えが悪くないブドウは、もはやブドウではない。


「で、でも、犯人がわかってるなら何とか出来ないんですか?その、連絡先とかもしってるんでしょ」


「ごめん、わからないの。でも何とかする!

 ごめん、ブドウをロボットだって知ってるのが匠馬くんくらいだったからつい話を聞いてもらいたくて引き込んじゃった。心配かけたね。匠馬くんはもう……」

「手伝わせてください」

 匠馬は言った。

「俺、早くブドウに会わないとダメなんです。早く謝りたいんです」

 匠馬の言葉に、小百合さんは少し悩んだ様子だったが、すぐに微笑んだ。

「わかった。じゃあ匠馬くん、お願いします。手伝って下さい」

「はいっ!」

 匠馬は深く頷いた。








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