解散

 ※※※※


 さて、クイズ大会まであと一週間と迫った。


 匠馬は焦っていた。


 ブドウの調子が悪いのだ。数日前まで結構クイズ慣れしてきて、知識も結構蓄えられて、これなら結構いけるんじゃね!?って思っていたのに。なのに今になって最近まで覚えていた知識のど忘れが頻発しているのだ。


 今日も公園で問題を出し合っていたが、ブドウの調子はすこぶる悪かった。

「えっと、オリンピックの輪の色は……赤、青……黄色、緑……紫」

「紫は無いってば。黒でしょ」

「あーそうだったそうだった!覚えてたんだけどなぁ」

 ブドウはヘラヘラと頷いた。

「何日も前に覚えたのって忘れちゃうよね」

「俺は忘れないよ」

 ムスッとしながら匠馬は言う。

 ブドウがど忘れをするのも腹が立つけど、何よりヘラヘラしていて他人事みたいなのが気に入らないのだ。間違えたならちゃんと反省してほしい。

「一回覚えたと思っても何回も繰り返すんだよ。そうじゃないと本当の知識にならないんだから」

「やってる、けど」

「成果が出てないなら意味がないだろ」

 思わず強い口調になってしまう。

 そんな匠馬に、ブドウもムスッとした顔になって言った。

「匠馬は私の為に色々工夫してくれたのは嬉しいけど、いつも結局最後は根性論だよね。とりあえず量覚えろーみたいな。だから匠馬のやり方じゃ私、楽しく体験したの以外は全然覚えられないんだ。桃香ちゃんと一緒に覚えたのは、ちゃんと覚えられるのに。桃香ちゃんの方が教えるの上手だよ」

「だったら桃香さんとやれよ!」

 思わず、匠馬は怒鳴った。

 ブドウはビクッと身体を硬直させた。

 また泣かせちゃうだろうか、と匠馬は思ったけどもう止まらなかった。自分だって一生懸命やってるのに、泣きたいのはこっちだ。

「悪かったな!教えるの下手で!どうせ俺のクイズなんて楽しくないんだろ!もういい。解散だ!」

「か、解散……?」

「大会出なくてもいい!馬鹿みたいだ。こんなに俺だってブドウの為に色々考えたりノート作ったり練習付き合ってるのにそんな事言われて!俺はブドウと違って人間だからな!そんな事言われたら傷つくんだからな!」

 匠馬はそう叫んだ。

 ブドウは無表情になって下を向くと、小さく「分かった」とだけ呟いて、匠馬に背を向けて歩いて帰ってしまった。

 ブドウは泣きも怒りもしていなかった。匠馬を思い通りにコントロールする気は無いのだ。つまり、匠馬にはもう何もしてもらいたいと思っていない。そう気づいた途端、悔しくて悔しくて匠馬は唇を噛んだ。


「何だよ!何だよ!」

 匠馬は、思いっきり砂を蹴る。


 ふと、目の前に、ノートが一冊落ちているのに気づいた。


 拾ってみると、それは、ブドウの字でびっしりと書かれたクイズ用暗記ノートだった。

 暗記事項だけじゃなく、匠馬が言った注意事項なんかも赤ペンや青ペンで書き込んである。

 そうだ、もともとブドウは努力家なのだ。


 でも、それを見ても匠馬はブドウを許すくらいに大人では無かった。


 落としただけなのが、それとも捨てていったのかわからないそのノートを、公園のゴミ箱に捨てようとしたけど、なぜか匠馬にはそれをすることはできなかった。

「クソッ!」

 匠馬はノートをカバンにしまい込み、家に向かって走って行った。


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