図書館

 ※※※


「最近、ブドウが楽しそうなんだよ。匠馬くんが大会に誘ってくれたおかげだね」


 その日、図書館へクイズの参考資料を探しに来ていた所を、同じく図書館へ来ていて、何やら難しい本を抱えている小百合さんと会った。ブドウも一緒だ。

 小百合さんは匠馬を見るなり、ニコニコと近寄ってきた。


「色々体験させて、それで色々覚えさせるなんて……なるほどーなかなかやるなーって思ったよ。私も参考にしたい」

「本当に、匠馬くんと一緒に色々やってみるの楽しいよ」

「いや、別にそれほどでも」

 小百合さんとブドウに褒められて、匠馬は照れて仏頂面になった。

 小百合さんは、ブドウを撫でながら言った。

「いや、ブドウが楽しそうでよかった。泣かせて来た時はどうしようかと思ったけど」

「そうだそうだー」

 ブドウは楽しそうに煽ってくる。

「ごめんってば。もう、それは忘れてよ」

 匠馬はバツが悪そうに口を尖らせた。

「ごめんごめん、でもホントにありがたいよ。まあ、それでも相変わらず覚えは悪くて申し訳ないけど」

「あー……まあ、それは」

 匠馬は否定出来なくてあいまいに返事をする。

 確かに色々やってみたものの、やっぱりブドウの覚えは悪い。体験して覚えさせる方法を取ったものの、それ以外にも覚てほしいことはたくさんあるのだ。でも結局そういうものは忘れやすいようである。

 ブドウはケロッとしたまま、

「だって、忘れちゃうんだもん」

 と他人事のような顔をしている。

「でもね、桃香ちゃんと一緒に練習すると、不思議と覚えやすいし忘れにくいんだよね。教えてもらったアプリも使いやすい」

「へえ」

 匠馬は内心面白くない。ブドウを誘ったのは自分なのに、楽しんでるのはまるで桃香のおかげみたいに言われれば、そりゃ気に入らない。

 自分だって色々ブドウの為に工夫してやってるのに。

「もちろん、匠馬くんとの練習も楽しんでるよね」

 小百合さんはちょっと気を使っているのか、そう補足してくれるが、それが匠馬にはかえってなんだか気に食わなかった。

 そんな匠馬の気持ちに気づいてるのか気づいていないのか、ブドウは匠馬にニッコリと笑いかけた。

「匠馬、私頑張るね。匠馬の力になれるように頑張るよ」

「あ、うん」

 そう素直に言われてしまうと、匠馬のさっきまでの不機嫌な気持は、穴の空いた風船みたいにちぢんでいく。

「あと少しだもんな。頑張ろう」

 匠馬もブドウに笑いかけた、その時だった。


 図書館の貸出スペースからガヤガヤと声が聞こえてきた。


「あの、検索のパソコンが動かないんですけど……」

「すみません、貸出の機械も動かなくて」


 どうやら、図書館のシステムが動かなくなったらしい。

 ブドウが小百合さんに言った。

「お母さん、パソコン得意でしょ。手伝ってあげたら」

「いや、部外者だからね……勝手な事は出来ないよ」

 小百合さんはそう言いながらも、貸出スペースで困惑している職員さんに近づく。

「失礼します。もしよろしければ、パソコンの画面、ちょっと見ても大丈夫ですか?」

「え、あー……」

 職員さんは少し困惑しながらも、小百合さんに画面を見せてきた。小百合さんは、許可を得ながらいくつかキーボードを叩く。

「これは……誰かがウイルスを仕込んできたっぽいですね……上の人にすぐに連絡したほうがいいでしょう。個人情報とか流出する前に」

 険しい顔の小百合さんに、職員さんは慌てて電話をかけにいき、急遽図書館の臨時休業を決めたようだった。




「ウイルスって何だろうね?パソコン風邪ひいたわけでもないだろうし」


 流れで小百合さんは図書館に残ることになり、匠馬はブドウと一緒に帰ることになった。


 匠馬は、ブドウの問いに、軽く答えた。

「ウイルスって風邪とは違うよ。パソコンのプログラムを壊しちゃったり、データ抜いちゃったりするシステムを、誰かが仕込んだじゃない?」

「えっ、なにそれ怖い!」

 ブドウはブルブルと震えた。

「私も誰かにウイルス仕込まれて、プログラム壊されたり記憶取られたりするかもしれない!バックアップ取っておかないと!」

「大丈夫でしょ。第一、ブドウがAIだなんてほとんどの人は知らないし。誰が仕込むんだよ」

 匠馬が軽く言うと、ブドウはあっさりと「あ、そっか」とケロッとした。

「確かに、不審者とかの方が怖いよね」

「まあね。でも不審者もめったに出てこないって」

「そんな事ないよ。結構変な人見るよ」

「そうかぁ?前もそんな事言ってたけど、不審者いたら俺らの親とかに不審者メールとか来るだろ。別に最近そういうの来てないらしいぞ」

「えー、さっきもこんな人がこっちをじっと見てたよ」

 そう言って、ブドウはノートを取り出して、サラサラと絵を描いてみせる。

 メガネをかけたおじさんの絵だ。匠馬は首を傾げる。

「これ不審者?こんな人、どこにでもいるよ。だだのメガネのおっさんじゃん。不審者扱いは失礼だろ」

「そう?じゃあ気のせいかなぁ」

 匠馬は、心配そうなブドウの気をそらそうと、パンッと手を一つ叩いて言った。

「そんな陰気臭い話は置いといて、クイズしながら帰ろうぜ」

「クイズ!」

「俺が出すぞ。フランス語で稲妻を意味する甘いお菓子は?」

「シュークリーム!」

「違う!エクレア!」

「惜しいね。クリームは合ってたね……」

「じゃあ次。硬式テニスでゼロ点の事をなんという?」

「えっと、アイ!」

「ブー!ラブだよ」

「あー英語だったかぁ」

「なあ、何でちょっとずつズレて覚えてんの。わざとなの?」


 そんなふうに話をしながら並んで歩く。

「さて、大会まであと少しだから、もう少し頑張ろうな」

 ブドウの家の前で匠馬がそう言うと、ブドウは深く頷いた。

「そうだね。送ってくれてありがとう」


 ブドウが家に入るのを確認してから匠馬も家路につく。

 一応辺りを見回してみたけど、やっぱり不審者なんていなかった。



 次の日、図書館のシステム障害は地元の新聞で結構大きく取り上げられた。

 でも、実際情報流出もシステムの破壊も確認されなかったのもあり、すぐに話題にはならなくなった。





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