第51話 エル先生の日常 3 (エルと同僚の……)

※エルフィーナ視点




「ねー6年団の皆さん、運動会も終わったことですし、親睦を兼ねて今晩あたり食事会にいきませんか?」

 1組特別支援担当の一条いちじょう先生が、中休みにそんな声をあげた。


「わー、いいわねー、私ねー最近親睦会が少ないなあーって思ってたのよねーー」

 支援員しえんいん恵美理えみりさんも大喜びしているわ。


「そうですね、エル先生の転勤も急遽だったから、歓迎会もやってないし、……どうですか?エル先生、今晩一緒に行きませんか?」

 平野ひらの先生も勧めてきた。




「しんぼくかい?………って、どんなことをするんですか?」

 私は、初めて聞く言葉に、ピンとこなかった。


「そうか、エル先生の国では、そういう習慣はなかったんだね。えっとね、簡単さ!親睦会っていうのはね、食事をしながら、お話をしてみんな仲良くなるんだよ。僕達は、もっともっとエル先生と仲良くなりたいんだ」

 いつも一緒に2組で活動している山田先生も、とっても笑顔だったの。


「ねえ~、わからないことは、私が教えるから心配しないで!一緒に行きましょうよ~」

 支援員の千恵実ちえみさんも心強いことを言ってくれた。




「うーーん………」

 私は、自分一人で決めていいものかどうか迷ったの。家で夕飯を食べなくていいのかなあ。困ったなあ、なかなか返事ができないよ。

 


そこへ、傍を通りかかった直人なおと、あ、いや素田教頭すだきょうとう先生が、

「エルフィーナ先生、同僚の先生達と親睦を深めるのも大切なことだと思うよ。下宿の人には僕から言っておくから、遠慮なく出かけてきたらどうだい?」

と、声を掛けてくれたの。


 それを聞いた一条先生が、

「あれーー?教頭先生が、旦那さんみたいなことを言ってるーー?」

と、ふざけたの。


 そしたら、直人が急に顔を赤くして、

「な、何を言うんだ。これは、下宿人にだな……連絡を……伝えてあげるよと……」

しどろもどろになって、訳がわからないことを言い出した。うふっ、なんかおかしい!



「あああ、はいはい……いいから……冗談ですってば、……わかってますよ……じゃあ、そういうことで、エル先生は、今晩お借りしますね!」

と、一条先生が、私の親睦会出席を決めてしまった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「なんか、ごめんね。エル先生を無理やり連れて来たみたいになって……」

 一条先生が、居酒屋に着いたと同時に、すぐに私に謝ってきた。


「ううん。そんなことありませんよ。私、初めての場所で、うきうきしてます」

 私は、嬉しかった。そして、とっても楽しみだったのよね。


「じゃあ、とりあえず、みんなビールでいいかな?エル先生は、飲めますか?」

「はい、この前、なお……教頭先生にもらって飲んだことあります。おいしかったです」


「お!エル先生、やるじゃないですか。ちゃあんと教頭先生と親睦会やってるんだ!」


 一条先生が、嬉しそうに拍手していた。他の先生達も笑顔だった。


「へー、これが、親睦会なんですねーー」

 私は、みんなで食事をするのがこんなに楽しいとは思ってもみなかった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「さあ、そろったね! かんぱーーい」

「「「「「 かんぱーーーい 」」」」」


 平野先生の音頭で、6年団の先生達は、ビールで乾杯をした。


ビールを口に運びながら、すぐに千恵実さんは、

「私、最後のリレーは、涙が出たわ」

と、運動会の思い出を語りだした。


「僕はね、あの時、児童席で美穂ちゃんといたんだよ。そしたら、美穂ちゃんが急に空を指さしたんだ。それで急に、応援がね……。バトンの色じゃなく、すべて6年生になったんだよ……驚いたね」

と、山田先生も、その時体験したことを不思議そうに話した。


「でもね、みんなは知らないのよね、エル先生!……あの時、もっと素敵なことがあったことをね」

 恵美理さんは、もったいぶるような話し方をするので、みんなから「それは何!」と説明を急がされた。


「ああ、ごめん、ごめん。みんな、あの時、エル先生がどこにいたか見てた?」

 

「うううっ………そういえば、子ども達の声援に気をとられて………」


「実は、エル先生は、ゴールのずーうと奥の方に居て、競り合って入ってきたアンカーの6年生全員を抱きしめていたのよ、ね!」


「う、うん……ゴールの近くだとね、1着の子しか抱きしめられないから、できるだけゴールから離れて奥の方にいたの。そうしたら、どんなに遅れてゴールしてきても、全員抱きしめられるでしょ……だって、全員頑張たんだもんね」


「へーーー、エル先生、そんなことしてたのか、知らなかった」


 みんなが感心してるところに、輪をかけて、智恵理さんは、

「私が見たのはね、もっとすごいのよ………何だと思う?」


「もー、いい加減にして……早く教えて……」

 みんなも、怒り出しそうになっていた。


「ああ、はいはい……そのゴールしてきた6年2組の子達が、みんな泣きながらエル先生に抱き着いていったのよ……私は、もうゴールテープを持ちながら号泣しちゃた!」


「なーーんだ、智恵理さんも泣いたのか、それなら仕方ないか」

 平野先生が、そう言いながら、ハンカチを出していた。


そして、平野先生は静かに

「なあ、俺たち、エル先生が来てから、子どもをもっと信用してもいいんじゃないかって、思えるようになったんじゃないか?」

と、つぶやいた。


 ビールに酔ったせいかもしれないが、なんとなく平野先生の話にうなずき、今までとは違った夢を見た、楽しさを味わった気になれた、親睦会だったの。私にとっての初めての親睦会。










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……ただいまーー」

「あ、おかえりーエル、楽しかったかい?」

 それなりの時間だったが、直人は寝ないで待っていてくれたの。


 私は、ほんのり赤い顔をして、とても気持ち良くて、親睦会の話をたくさん直人にしちゃった。


「……そうか……良かったね……エルもたくさんの仲間ができたんだね……僕も嬉しいよ」


「…ねえ直人……私達も………また…………やろうね……………親睦会………………」

 

 私は、酔ってたのかな。直人に寄りかかって、すぐに楽しい夢を見ちゃった。




(つづく)

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