第50話 エル先生の日常 2 (エルと子ども達の……)

※エルの視点でお送りします




「エル、今日もいっぱい荷物があるんだね……宿題でも出したのかい?」

「直人……しゅくだい?って何?」


 これは、いつもの出勤風景ね。

 私は、直人なおとに風呂敷を持ってもらいつつ、一緒に持つふりをして手を繋いでいる幸せな時間なの。うふっ。


「ん……。子ども達に家で勉強する課題を強制的に出すもの……かな?」

「へー……私達、6年生の先生は、そんなものは、一度も出したことはないわ」

「そうなんだ………じゃあ、これは?」



「子ども達がね、私にいろんなことを教えたいって、ノートに書いて持ってきてくれるのよ……いろいろな事が調べてあって面白いわよ!」

「そうなんだ……どんなことが書いてあるんだい?」



「えーとね………例えば………『どうして天気が変わるか』とか、『自分の読んだ本の感想』とか、『新しい料理のレシピ』とか、『この町の詳しい地図に友達の家が記してあったり』とか、『鉄棒の技がうまくなるコツ』とか、『毎日の出来事を日記風に書く』とか、みんな様々よ」



「すごいなあ……エルは、それを見てどうするの?」

「私は簡単よ……見た感想を届ければいいんだもの!だって、これをやった子は、反応を知りたいのよ、それも正直な反応をね……」


「こんなにたくさん、毎日大変だね」

「平気よ……だって、私には精霊さんがいるんですもん!」


 こんな朝の話が、私は大好きなの。




・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おはようござまーす、エルせんせーい」

「あ、おはようー、進太しんた君。みんなが出してくれたノートをここに置くわね」

「はい、伝えておきます」


 朝の教室では、気が付いた人が、それぞれいろいろな活動を行うことになっているの。私との約束で、特に係や分担は決めないことになっているわ。



「みんなー、ノートはいつもところにあるからねー」

「わかったよ、進太。ありがとうなー」


 気が付いた人が行うということは、いつも周りに気を配るということだと思うの。逆に言うと “気が付くようにしよう” ということなんだけど、私はそんなことは言わなかったわ。



 それは、最初の話し合いの時、子ども達の経験から、『……何かやろうとすると、きっと誰かの担当だから、自分がやったら “出しゃばり” って思われるんじゃないかと考えて、何もできないことが多い』 とか、『……担当の自分がやろうと思っていても、忙しくできないので、手伝ってほしけど、誰に頼めばいいかわからない。一人だけに頼むと、嫌がられたら困る』 とか、『担当でもないのに、せっかく代わりに仕事をしたけど、担当者が何もお礼を言わないので、いい気持がしない』 などの意見が出ていたの。


 それなら、最初から誰がやるか決めなきゃいいということになったわ。その代わり、仕事をした人を見つけたら、『必ず手伝う』か、『お礼を言うこと』にしたの。


 もちろんこの時も、私は、「好きにしなさい」と、しか言わなかったわ。




 そして、いつものように、「ただ、大事なことは、みんなが気持ちよく過ごせるようにしましょうね」と、だけ付け加えたの。



「そういえば、進太はエル先生に出すノートを今日ももってきてたな」

 まさる君が、昨日のノートを持って行こうとする進太君を見て、聞いたの。


「ああ、出したよ」

「お前、ノートを2冊作っているのか?」

 少し驚いたように勝君は、確認していたわ。


「うん……はじめは1冊でやっていたんだけど、エル先生は、ぼくらのノートを家に持って帰って見てくれていることがわかったんだ。そうしたら、毎日やるためには、代わりのノートが必要になっただけだよ」


「なるほどなあ……。オレだと、1日休むかなと考えるけど、進太は違うんだなあ」


「なあ勝、君は、エル先生に伝えたいことが、どれだけあるんだい?卒業まであと8ヶ月ぐらいしかないんだよ。ぼくは、いっぱいあって仕方がないっていうだけなんだ」



 進太君は、いたって真面目に話したの。


「じゃあ、お前、ノートにいっぱい書いて渡せばいいじゃないかよー」



 勝君は、少しふざけてそう言ったの。そしたら、


「そんな事したら、エル先生が困るだろう。ただでさえ、今もたくさんのノートを家に持って帰っているのに、読む量が増えたら家での仕事が増えてしまう」


 普段は大人しい進太君なのに、少しムキになって、言い返しているの。可愛いわね。


「ごめん。すまん、余計なこと言っちゃったな」

 勝君が、しょんぼりして謝った。



 だから私は、優しく二人に言ってあげたの。


「ありがとうね、二人とも。私は、みんなのノートを楽しみにしているんだけど、私のためにノートに勉強するだけなく、自分のためにやってくれると、私だけじゃなくもっと多くの人が喜んでくれるんじゃないかしら?

 それとね、私のことは気にしなくていいから、どんどんがんばってね」



「「はい、ありがとうございます」」


 二人とも、笑顔で昨日のノートを持って行ったわ。ランドセルに仕舞う前に、そーっと、

 昨日のページを開いて、私のコメントを読んで、またニンマリしてから、片付けていたの。よかった!




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ここのデパートでいいのかい?」

「ええ、今日は、いろいろ見たいのよ……」

 私と直人は、休日を利用して買い物に来たの。

 運動会も終わり、季節は夏になってるわ。そろそろ水泳の準備もしなくちゃね。



 デパートのフロアショッピングをしながら、ぶらぶら歩いていると、遠くから呼ぶ声がしたの。

「エルせんせーーーい」

 まわりの買い物客も顔を上げて、あちこち見まわす人もいたので、直人は少し恥ずかしそうにしてるわ。


 私は、すぐに気が付き、大きく手を振って答えたの。

「はーーい、由香ちゃーーん」



 見ると、お母さんらしき人と手を振りながらこっちに駆けて来たの。


「………エル先生、こんにちは。……あ!教頭先生も、こんにちは」

 この元気な女の子は、私の教え子で、滝川由香たきがわ ゆかさんね。


「はあ、はあ……すみません……どうも……由香の母です。騒がしくて、本当にすみません」

 少し遅れて追いつたお母さんは、何度も恐縮して謝っていたわ。それでも、笑顔で話しかけくれたの。


「本当に、この子が “エル先生がいた” と言って、嬉しそうに走ってしまって」


「いいえ、こちらこそ。いつもお世話になっています。由香さんには、いつも励まされているんですよ、元気に声をかけてくれて、嬉しいんですから」


 私は、笑顔でお母さんに由香さんのことを伝えたの。すると、由香さんのお母さんから思わぬ言葉が帰ってきたの。


「エル先生、お礼を言うのは、私ですよ。由香がね、私を励ましてくれるんですよ。今年になってから、由香が家の中でいろんなことをやってくれるんです。もう、お手伝いじゃないんですよ。聞いたらね、学校でもそうやって、自分で考えていろいろやっているって言うんです。なんか、学校で勉強だけじゃなく、そんなことまで学んでいるなんて、嬉しいなあって思ってたら、この間の運動会を見てわかりましたよ。6年生がどうやって成長してるか。…………教頭先生、いい先生を見つけたんですね!」



「は、はい……」

 直人は、お母さんの迫力に押されてるわ。ちょっとびっくりしたように、返事しかできないの。


「エル先生は、教頭先生と一緒に買い物ですか?」

 由香さんが、直人の方をチラッと見て、そんな質問をしたの。



 直人は、一瞬、『言い訳を』と、考えたみたい。


「えっと、エルフィーナ先生は、僕の家の下宿人なんだ。だから、買い物に付き合っているので……、その……これも、大家の役目で……」


でも、なんか訳のわからないことを言ってるわ。うふっ。



「ああ、一緒に住んでいるんですね、教頭先生。確か、教頭先生は、独身ですものね、離しちゃダメですよ、いい先生なんだから、ね……」

と、言いたい事だけ言って、由香さん親子はその場を後にしたの。


「エル先生、教頭先生、バイバイ……」

「ああ、どうもありがとうございました」


 直人ったら、なんか変な挨拶をしているわ。可笑しい!


 由香さんのお母さんって、直人のお母さんに似てるような気がするな。それに、最後のところは、お母さんと同じ事言ってるの。

 どういう事かしら?




(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る