第49話 エル先生の日常 1 (エルと直人の……)
「んんーーん、あー。うん」
エルは、一度布団の中で大きな伸びをした。
朝だ。
エルは、日の出とともに目が覚めるんだ。
「ふううーーんん」
エルは、布団の中で一緒に寝ている“ゴリラの縫いぐるみ”に、顔をうずめ軽く抱きしめてから、起き上がるのが毎日のルーティーンになっている。
「おはようございまーす」
「あら、おはよう、いつも早いわねー」
1階の台所では、お母ちゃんが朝食の準備をしているので、エルも手伝う。
「エルちゃんさ、まだ夜中に目が覚めるのかい?」
お母ちゃんは、ちょっと心配そうに朝食の支度をしながら、それとなく尋ねてた。
「お母さん、知っていたんですか?」
「うん、ごめんよ……温泉でね……ちょっと聞こえたんだよ」
いつものお母ちゃんとは違い、静かで穏やかな口調だった。
「そうですか。……でも、大丈夫です。今は、時々なんですが、それでも、直人さんがくれた縫いぐるみの手を握ると、またすぐ眠れるんですよ」
エルは、ニッコリ笑ってそう言うと、
「そうかい?……縫いぐるみより、本物の方がいいと思うんだけどね……。あの部屋ね、隣同士はふすま1枚だから、すぐに開くから、夜中に行っちゃいなさいよ。誰も気にしないからね、ね……」
お母ちゃんは、いたずらっ子のように笑顔でエルを焚きつけた。
「でも………」
エルは、下を向いて黙ってしまった。
「エルちゃんは、直人が嫌いかい?」
お母ちゃんは、直球だったが、すぐに返事が返ってきたんだ。
「そんなことは、ありません。ただ、私が………」
「エルちゃん、あんたは何を気にしているんだい?生まれた国がどこだとか関係ないよ、人間にだっていろんな人がいるんだよ。歳がどれけ離れていても関係ないさ。生きている間にお互いの気持ちが通じていればいいことさ。あんたはそんな細かいことを気にする娘じゃないと思ったんだ。直人だってきっとそうさ。もちろん私だってそうさ……。それだけでいいじゃないか……ね……。後は、その時に考えればいいよ」
お母ちゃんは、本当にストレートなんだからなあ。エルだって、困るんじゃないかなあ。
それでもエルは、ただ、黙って目を見て頷いたんだ。
「……さあ、朝から、なんか重たい話しちゃったね。本当に、あいつが、さっさと決めないからさ……ね」
そんな話をしている時に、ようやく僕は、頭を掻きながら2階の部屋から降りて行ったんだ。
「おはよう、二人とも早いね?」
・・・・・・・・・・・・・・・
「エルの荷物、重そうだね、何が入ってるの?」
「あ、これ?……子ども達のノートを集めてね見ているのよ」
「へー、それにしても “風呂敷” に包むなんて珍しいよね」
「そうなんだ?お母さんに、これ貸してもらったのよ。とっても便利よ、使い終わった畳んで仕舞えるし」
朝の出勤風景は、もう馴染みになっている二人だけの時間なんだ。
「でもさ、重いから持ってあげるよ」
僕がエルの風呂敷を右手で持ち上げた。すると、エルも左手を出して「重いから、私も持つね」
と言って、僕の手にそっと手を重ねてた。
遠目では、二人で荷物を持っているように見えるんだけど、僕にしてみれば、エルが手を握ってきているみたいなものなんだ。
僕は、ふと思い出した。
「エル、ゴリラは、元気かい?」
「……うん、仲良くしてるわよ」
「そっか……役に立ってるのかな?」
「うん……お母さんがね……本物の方がいいって……」
エルも、そう言ってから、少し顔が赤くなっていたが、僕は耳まで真っ赤だったと思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「
「そうか、じゃあエルフィーナ先生は、他の先生達にそのことを知らせて、希望する本の選定にあたってほしいんだよね。任せていいかな?」
「はい、わかりました」
エルは、校務分掌で図書係を受け持っているんだ。
実は、精霊を使うと本の整理や修理などがしやすいということで、僕が気を利かせて割り振ったんだ。
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放課後、図書業者がたくさんの段ボール箱を玄関前に積み上げた。
「すみません、見本の本を運びたいのですが、台車をお借りできますか?」
「いいですよ、本は、どのくらいあるのですか?」
エルが尋ねると、10箱だという返事が返ってきた。
「ああ、それなら台車は、いらないわね」
そう言いながら、エルは片手に5箱ずつ本の詰まった段ボール箱を軽々と抱えて会議室の方へ運び出した。
業者は、驚いたものの、仕事が早く進んで喜んでいた。
ただ、僕は慌ててエルのところへ走った。
「……ちょ、ちょ、ちょっと、お願いだからやり過ぎに気をつけてね」
エルは、僕の方を向くと『えへっ!』と笑って、段ボールを一つだけ渡してよこした。
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「………エルーーー、そろそろ帰るよーーー」
退勤時の校内巡視が終わり、また一緒にエルと帰れるんだけど、朝とは違い校内が広いために、なかなか二人が出会うのに時間がかかるんだ。
「今日は、教室にも居なかったなあ……。どこにいるんだ? あ! あそこが、薄明るくなっているぞ。確か図書室だな? そうか、図書業者が来てたからなあ」
僕は、ゆっくりと懐中電灯を向けながら、図書室の扉を開けて中を覗いた。
《……いい?本の精霊さん、お願い……点検が済んだ本はあるべき場所に行ってほしいの? わかる? 正しい自分の場所よ! おねがいしますね》
すると、図書室に山のように積んである本が一斉に図書室内をぐるぐる飛び回ったかと思ったら、あっという間にそれぞれが収まるべき書棚にきちんとした順番でしっかりと収まってしまった。
「ふうっ!…今日は、これでよし!っと」
エル先生は、腕まくりした袖を元に戻して、ため息を一つついた。
「はい、お見事です。エル先生!!」
拍手をしながら、僕が、図書室の電器を付けて確認した。
「もー、また、覗いていたんでしょ!ウフフフッフフ」
これも、もうお決まりの光景になっていた。
そして、夜道は暗いので、防犯のために手を繋いで帰宅した。
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「エル、今日はご苦労様。業者の対応もうまくなったね」
「へー、エルちゃんって、そんなこともするんだ。どんな係をやってるの?」
「私、図書室担当なんですよ」
「エルちゃんって、どんな本が好きなのかしら。忙しいから、本を読む時間はあるの?」
「うーん、あんまり読んでないかな……。でも、最初に読んだのは校長室にあった分厚い本だったわ。あんまりおもしろくはなかったけど」
「直人、今度、夜にさ、寝る前に読み聞かせでもしてあげたらいいんじゃない?」
「え?子どもじゃあるまえし、そんなことしなくても……」
「ううん、それ何?“読み聞かせ?”それ、やってほしい!」
「でしょ!ほら!夜ね、寝る前に、お布団で読んでもらうと、気持ちよく眠れるのよ…ね!」
「あ、はいはい、今度ね。読んでほしい本を決めておいてね。そしたら読んであるよ」
「きっとよ!」
エルは、とっても嬉しそうだったんだ。
なぜか、お母ちゃんも嬉しそうにしていたな?
(つづく)
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