第44話 エル学級がめざした運動会 2(ドッジボール)

※エル先生の視点





「エル、今日は大活躍だったみたいだね」

 夕食の時、直人なおとが、少し困ったような顔をして尋ねてきたの。


「え?………私、何もしてないわよ」

 私は、少し考えてみたが、何も思い出せないわ。


「5年生の先生に聞いたんだけど、リレーのゴール近くで転びそうになった子を助けたそうじゃないか」

「ああ~あの子ね。うん、転んだらケガをすると思ったから、受け止めてあげただけよ。あ! そっか。片手で受け止めたのが良くなかったのね。今度は、両手でちゃんと受け止めるようにするわね」


 私は、ちょっとだけ反省したんだけど、直人のお母さんは褒めてくれたのよ。

「あら、エルちゃんは、偉いんだね。そうだよね、子ども達がケガをしないようにするのが先生だもんね」

 直人のお母さんは、いっつも私を褒めてくれるの。いつでも、私の味方なのよね。嬉しいわ。




「ああ、ええっと………エルはね、すごい運動が得意だからね……。急にみんなの前で派手な運動をすると……相手がびっくりするから気を付けた方がいいかなあって……」


 直人は、何を言ってるのかしら。私は、体を動かすのは得意だけど、エルフだと普通なのよね。あ、そっか! まだ、みんなには、私がエルフだってことは秘密だったんだ。私が、エルフだということを知っているのは、直人と校長先生だけなんだものね。



「ごめんね、直人。今度から気を付けるね。……でも、直人が一緒の時は、いいわよね。直人は知っているんだもんね」

「う、うん、大丈夫。僕が、一緒の時は、好きにしていいよ。その時は、僕が守るから」



「ありがとう、直人。……あのね、明日、学年体育でね、運動会に向けて準備運動ということで、学級対抗のドッジボールの試合をするの。子どもだけじゃなくてね、先生も混じってやるのよ。直人も見に来てくれる?」


「え?……さっそくなの?……」


「だって、直人が、いた方が……私、頑張れるんだもん」


「お前、ちゃんと行ってやりなよ。教頭なんでしょ?」

「お母ちゃん、それは、関係ないよ!」

「いいから、行きなさい!」

「わかったよ……明日だね……見に行くよ、でも無理はしないでくれよ~」


「わ~、うれしーなー」


「よかったわね、エルちゃん」

 明日が楽しみだわ!






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 次の日




「みんなー今日の体育は、1組対2組のドッジボールを行います。これは運動会に向けた学級の組織づくりです。うちの運動会は、1組対2組での競技が多いです。当日は、全学年の競技点数を合計して、今年の勝敗を決めます。」


 1組の担任、平野ひらの先生が説明を始めた。


「そこで、どうしても学級の団結が重要になってきます。ただ競技に勝つだけでなく、負けそうな時に、どうやって協力するか。競技の最中に何を考えているか。自分だけでなく学級のみんなのことを考えているか。……など、今回のドッジボールをやりながら体験してください」


 最後に平野先生は、こうまとめた。


「大切なのは、ドッジボールが終わってから、教室へ戻った時に、何かが見つかるようにしてほしいんです……。先生達は、何も言いませんから。自分達で見つけてくださいね」




「じゃあ、はじめに体を温めるために、ボールの壁打ちを各自工夫して行いましょう」



 子ども達は、体育館の壁にボールを投げてみたり、ボールを片手で打ってみたり、友達同士で受け渡しをしたりしていた。

先生達もボールを手に取り、壁に投げつけたりした。




『ドギューーン!…………バン! バン! バン!』

『ドギューーン!…………バン! バン! バン!』





 あれ?体育館が、静寂に包まれたわ。


 皆、私の方に注目してる。


 今、まさにドッジボールを片手にし、振りかぶって投げようとしている私をすべての人が見ているのがわかったわ。

 あれ?何でみんな見てるの?私は、練習を止めてみんなに尋ねたの。


「あれ?みんな、練習しないの?」



 すると平野先生が、オドオドしながら尋ねてきたの。

「えーっと、今の音は、エル先生ですか?」




「たぶん、そうだと思いますが……もう一度投げますか?」


「ああ、大丈夫です。……投げなくていいです……。ええっと、申し訳ありませんが、エル先生はボールを投げるのを禁止でいいですか?……ハンデ……ハンデです。……ハンデを付けますね。大人は、投げたらダメなことにします。私もなげません。他の先生もいいですね!ハンデですよ」


「はい、わかりました」


 私は、明るく返事をして素直に応じた。

 さすが、学校の先生なのね。子ども達のために、大人にはハンデがあるのね。


 なぜか、平野先生をはじめ、他の先生は、ホッとしたような顔をしているわ。みんな子ども達思いなのね。感心したわ。




 あれ?体育館の入り口のところで、直人が見てる!何故かアワアワ言ってるけど、聞こえないわ。そっか、応援してくれているのね。子ども達が見てるから、恥ずかしいのかな。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ゲームが開始だわ。


 広い体育館に、1組2組全員が2つに分かれて、ドッジボールの試合をするの。

 内野でアウトになれば、外野へ行くことになるの。外野でアウトにしたら、内野に復活できるけど、制限時間内で、内野に多く残ったチームが勝ちになるの。



りょう大輔だいすけ、オレ達で内野を倒すぞ!」


 2組の主砲は、まさる君、亮君、大輔君の3人ね。ボールを投げるのが得意だったわね。顔は狙わないように、女子は手加減して、それぞれアウトにしていったの。


「ごめん、やられた!」

 進太しんた君がボールを落としちゃった。


「ドンマイ! 進太の落としたボールを拾えたから、2組のボールにできたぞ! えい!」

 そのボールで、1組を1人アウトにしたのは、勝君ね。


「勝、ボールを拾ったら、一度外野へ回すんだ」

 指示をしたのは、進太君ね。進太君は、すぐにアウトになったが、外野でどこにボールを回したらいいかを的確に指示しているわ。





 体育館の入り口で、直人が半分体を隠しながら、モジモジしてるの。体育館の中に来ればいいのにな。



・・・・・・・・・・・・・・・・・


 残り3分ね。


 2組の内野で残っているのは、勝君、亮君、静奈しずなさん、そして私。


 対して1組の内野は、ボールの威力が強い正敏まさとし君、受けるの上手な新平しんぺい君、逃げるばかりの幸恵ゆきえさんと花子はなこさんね。どちらも4人で同点。残り時間わずかね。1人でもアウトにした方が勝ちになりそうね。



「勝、向こうの正敏と新平をねらっても、すぐにボールを取られてしまう。でも、女の子は逃げるのがうまくてなかなか当てられない。どうしよう?」


「うちには、由香ゆかがいるじゃないか!」

「え?でも由香は、今、外野じゃ」

「だから、1組も安心してるのさ、いいか………………」

「うん、でもうまくいくかなあ……………」

「大丈夫!……………」



 ボールは、1組の正敏君が持っているの。誰を狙っているんだろう。今、ボールを投げたわ。ボールは、静奈さんめがけて一直線なの。


「静奈―、後ろ向けー」

 その時、勝君が大きな声で叫ぶと、静奈さんは、クルッと向きを変えた。すると、ボールは、静奈さんのお尻に当たって大きく天井に向かって跳ね上がったの。


「エル先生―――」

 またも勝君は、大声で私を呼んだの。


「任せて!」

 そう言うと、私は、天井めがけて大きくジャンプしたのよ。


 同時に直人は、体育館の中に入り両手を胸の前で組んで、声にならない声で叫んだの。私には聞こえたわ!


≪エルーーーーーー≫


 私は、その叫びに答えるように、真っすぐに直人を見てから、空中で半回転し、逆立ち状態で足先が天井に着く前にボールを掴んで、下で待つ勝君めがけて軽くボールを押し出したの。


「よっしゃー、由香―行くぜー、待ってろー」

 そう言うと、私からのボールを受け取った勝君は、すぐに外野の由香さんにパスしたの。


 由香さんは、すかさず目の前にいた、1組内野の正敏君めがけて、そのボールをぶつけたわ。




「ピッピーーーー!」  トン!


 試合終了の笛の音と、私の着地の音が重なり、2組の勝利に終わったの。




 その後、1組も2組もお互いに握手をして、お互いの真剣勝負を喜び、健闘をたたえ合っていたわ。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「勝、なあ、見つけたか?」

「ん?何のことだ、亮」


「お前、もう平野先生の言ったこと忘れたのか? ドッジボールが終わった後だよ……」

「ああ、あれか。そんなもん、オレには、はじめっから見えてるさ……」


「何だって? 何だよ……教えろよ……」

「え?お前達は、見えてないのかよ……」


「もったいぶらないで……早く教えろってば……」


「そんなもの、決まってんだろ!お前達だよ!……あのドッジボールだって、お前達だからあんな作戦立てられたんだし、実行できたんだよ。信用してたんだよ」


「なーんだ、そっか!そーだよな!」

「な!この調子で、運動会も頑張ろうな」



「「「おーーー」」」




(つづく)

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