第41話 エルフィーナの手が押したもの 5(見えたもの)
※エル先生の視点
「エル先生、次の時間はいつもの自由行動だね!」
「ええ、そうよ」
「ぼくは、やっぱり1年2組に行くよ」
「私は、2年1組で呼ばれてるの、今日は、合唱の練習をするんだって!」
「オレは、5年1組だぜ。もうすぐ運動会だろ、今日はリレーをやるって言うんだよ。リレーの見本を見せたいんだけど、一緒に行くやつはいないかなあ」
「いいよ、ぼくもちょうど走りたかったんだ」
「ぼく、バトンの受け渡しは、得意だぜ!」
「なあ、あと1人いないか? …………。じゃあさ、残りの1人は、エル先生お願いしますよ、いいでしょ?」
「まあ、いいわよ。じゃあ、今日は
これは、木曜日の2時間目終了後の休み時間での会話だったの。そしたら、
「エル先生、今の話は何ですか?」
「ああ、あれは、4月から子ども達が他の学級へ行っている訪問学習です。最初は、いろんな時間を使って行っていたのですが、最近では、“週に1時間か2時間”の“総合的な学習の時間”を使って、子ども達自信の計画で動いています」
「他の学級に行って何をしているんですか?」
「まあ、勉強を教えたり、話し相手になったり、時には授業をする先生の手伝いをしたり、何をするかは子ども達自信が決めているようですよ。この間の給食訪問のように、授業以外で訪問している子どももたくさんいますよ」
「え?エル先生が、決めているんじゃないですか?」
「私は、何もしていませんよ。私は、ただ、子ども達が“やりたい”と、言ったことを他の先生に伝えているだけです」
「この取組、他のクラスの先生は、嫌がりませんか?……あ、いえ……どうしても小学校って、自分の学級に、他の先生やお客さんが入ると、嫌がる先生が多いでしょう?
私は、仕事柄、よくいろんな学校へ行くんです。でも、喜ばれたことなんて一度もありませんよ。…………顔では、みんなニコニコしていますが、心の中は“邪魔くさい”“早く帰ればいいのに”と、思っているのが分かるんです。
だから、ここで……この学級の子ども達がこんなに歓迎してくれたのは、本当に夢のようなんですよ」
最初あんなに無口だった向井さんが、私には自分の気持ちをすべて話せるようになったのね。向井さんの話す様子を見ていると、なぜか嬉しくなってくるの。
ただそれは、本人にとっても不思議なことだったんじゃないかな。
「そうね……最初は、3つのクラスのだけだったわね。でも次第に他のクラスの方から6年生に来てほしいって言われるようになったのよ。今では、どのクラスもフリーパスなの」
私は、笑い話のように話してあげたの。そして、もちろん6年1組も同じことをしていると付け加えたわ。
向井さんは、まだ疑ってるみたい。
「それでも、他の教室へ行く時に、何か約束事は決めておいたんですよね」
私は、ちょっと考えて、最初の約束について話したの。
「そうね、私がお願いしたのは、自由にすることだけ。決して、人を誘ったり、無理に頑張ったりしないことだけね」
「え?本当にそれだけですか?」
「もちろんそうよ、私からはね。後は、全部、子ども達同士で考えていたわね。自分達のこれまでの人生経験を引っ張り出して、自分達が嫌だったことはしないようにしようとか、言い合っていたわ」
「エル先生は、すべて子ども達に任せたんですか?」
「そうね…………子ども達が、そうさせてくれたのよ」
「あたなは、すごい先生なんだ……」
向井さんは、もう一度、私の方を見ていたわ。心なしか、向井さんが、不思議そうに見つめてるの。あれ?何か私、変な事言ったかしら?
「向井さん?……どうかした?」
「はー、エルフィーナ先生が、薄っすらと光っていて、背中……あ!いえいえ、何でもありません」
なぜか、向井さんは、ちょっと慌てるような仕草をしたの。
「向井さん、次の時間は、あなたもフリーなのよ。子ども達と一緒に、どの教室でも自由に行ってください、先生達には話してありますから」
「は、はい、ありがとうございます……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3時間目になったの。向井さんは、子ども達にくっついて、いろいろな教室をまわっていたわ。
「驚いたなあ……6年生が観察している。自分が何をしたらいいか、自分で決めるために、自分で考えているんだ。……先生は何も言わないなんて…………自分はどうだった?」
向井さんは、この間給食について、1年生の教室に行ったことを思い出したんだって。
「1年生と給食を食べた男の子は、どうだった?あの子は、自分のできることを黙々とやっていたな。決して出しゃばったりするのでもなく、押しつけがましくもなく……黙々と。……あれすら自分は、できていなかったんじゃないかな」
昨日の私の言葉も思い出したんだって。
『……あなたのできることをやればいいのよ……』
「僕のできること?……僕のできることと言えば、教えることじゃなく、ただ絵を描くことだけなのに。……それだけしか今はできない……。いや!それが、できるんだ!!」
向井さんは、子ども達の様子と何かが重なった気がしたんだって。自分の中で、何か子ども達に“お返し”がしたいという気持ちが高まったのね。
教室へ戻って来た向井さんは、自分で感じ、考えたことを私に話してくれたの。そして、自分から、授業をしたいと言ってくれたわ。
「明日が、僕にとって最終日です。この学校とお別れする前に、みんなに伝えたいことがあります。授業を……いえ、時間をください。エル先生、お願いします」
「ありがとうございます、向井さん。楽しみにしています」
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます