第40話 エルフィーナの手が押したもの 4(自分がめざしたもの)
※エル先生の視点
「しんちゃん先生、何書いてたの?」
「ん、これかい?」
今日は、水曜日。6年生は、
「そうそう、それ、授業中にいっつも書いてるよね。なんか真剣なんだよね」
「大したものじゃないけど、見るかい?」
向井さんは、あっさり了承し、書き溜めたメモ帳を開いた見せているわ。
「「「「…………うおおおおおおーーー…………」」」」
その場で、メモ帳を見た子ども達は、一瞬息を飲んだ後、地鳴りのような感嘆の声を響かせたの。私もびっくりしちゃった。
「え?え?え?」
逆に、向井さんが驚き、周りの子ども達を見まわし、目を丸くしてしまったわ。
わたしも気になって、向井さんのところに見に行ったの。
「エルフィーナ先生、私は子ども達に何か悪いものを見せてしまったでしょうか?」
私は、向井さんのメモに書かれたものを見せてもらって、嬉しくなっちゃった。そして、向井さんには、優しくこう言ったの。
「向井さん、ありがとうございます。……ぜひ、子ども達の感想を聞いてあげてほしいわ」
向井さんは、しばらく狐につままれたように、ポカンとその場に立ち尽くしていたが、メモ帳の周りだけは、子ども達で埋め尽くされていたの。
由香さんが、向井さんの袖を引っ張りながら、目を丸くして嬉しそうに言ったの。
「すごいよ!私もいるし、勝もいる!それに、
「あ、ああ……ごめん、みんなには、黙って描いちゃったね」
「いいよいいよ……もっと描いてほしいなあ……すごいよ……これ、写真よりすごいと思うな」
由香さんは、本当に気に入ったとみえて、ものすごく褒めたてたわ。
向井さんのメモ帳には、クラスの児童の様子が、鉛筆で丁寧にデッサンされていたの。繊細な線は、顔の特徴を捉えるだけではなく、表情の明るさなどもしっかり描かれていたわ。
クラスで一番の物知り進太君も、
「それにさ、しんちゃん先生の絵は、みんな暖かい感じがするよね……写真じゃこんな風には感じないよ、どうしてかな?」
と、不思議そうに何度も見ていたの。
「いやあー、そんなに褒めないでくれよ~……本当に好きで描いてるだけだからさー」
向井さんは、照れて笑いながら頭を掻いていたの。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
放課後、私は、教室で向井さんと二人っきりで話をしたの。
「今日は、嬉しかったでしょ……」
「ええ、初めてですよ……あんなに褒められたのは」
今でも、向井さんは、興奮した子ども達の様子を思い出しているのよね。
「子ども達は、本気なの。驚くのも、褒めるのも、…………泣くのも、笑うのもね………………だから、それに触れると、嬉しくなってしまうのよ」
私はは、普段子ども達に接して、感じていることを素直に話したの。
「そうなんでしょうね。あの絵は、何の気なしにメモ代わりに描いたんです。上尾に言われて、子ども達の秘密を探れって。でも、そんなのわかる訳がないじゃありませんか…………。
それで、ボーっと子どもを見ていたら、何となく描きたくなったんです」
向井さんは、窓の外を眺めたていたわ。
6月になり、木々も緑の葉が茂り、抜けるような青い空がもうすぐ夏の到来を知らせているようだったの。
私は、向井さんに聞いてみたの。
「ねえ、あなた、子ども達に絵の授業をやってみない?」
すぐに、向井さんは断ったの。
「滅相もありません、私なんかが、子どもに教えることは何もないんです」
向井さんは、自分にはそんな資格はないと言っていたわ。自分には、絵の知識もなく、絵の勉強をしたこともないからと言って、少し悲しい顔もしたの。なんだか、私はその表情が気になったの。
「あなたの描いた絵を見た子ども達はね、きっと夢を見たかもしれないわね。あなたは、その夢をもう少しだけ長く見せてあげてもいいんじゃないかしら。
別に、専門的なことを教えたりしなくていいのよ。子ども達は、あなたの絵を見て驚いたんだから。……だから自然に……素直に……あなたを見せれば、それでいいんじゃないかしら……ねえ」
私は、ゆっくりと、向井さんに伝えたの。
しばらく、考えていた向井さんは、私の方を見て、静かに頷いたの。
もう、夕日が沈みかけた窓は、薄暗くなって外の景色を変えようとしていたの。
そして、暗くなった空には、明るい星が一つはっきりと見えていたわ。
(つづく)
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