第39話 エルフィーナの手が押したもの 3(変化の理由)
※エル先生の視点
「エル先生、あのおじさんは誰?」
月曜日の朝、登校した子ども達は、真っ先に質問してきわ。
でも、私は、笑顔でこう答えちゃった。うふっ。
「さあ、誰でしょう?」
もちろん、
「エル、様子はどうだい?」
心配性の
「うん、一番に教室に来たと思ったら、隅に行って座ってたわ。でも、座ったきりなのよね。……子どもと遊べば、楽しいのにね。退屈じゃないのかしら?」
私も、なんとなく気になって、つい向井さんを見ちゃうのよね。
でも、直人には『大丈夫よ!』と、言って安心させるの。
「君は、本当に優しいんだね……」
直人は、まったく気にしない私の言葉を信じて、頭を掻きながら職員室へ戻ったの。何度も教室の方を振り向いていたけどね。
子ども達は、向井さんの様子を気にしながらも、普段通りに授業を受けていたわ。
休み時間になって、何人かの子どもが向井さんに声を掛けていたけど、それに応じる気配はなかったわね。
向井さんは、ただ教室に居て、つまらなそうな顔をしてひたすら何かをメモしているだけだったの。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「え?一郎、今日の給食時間は、ここに居ないのかよ~」
わざと、悲しそうな声で、
「あ、ごめんね…………今日はね……1年2組に呼ばれてて……みよちゃんが、絶対来てねって……」
少し、困った顔で、モジモジと一郎君が言い訳を始めようとしたの。でも、すぐに勝君が笑顔で、「わかってるよ。早く行ってやりな。頑張ってこいよ」って、励ましてたの。
「うん!」
一郎君は、笑顔で手を振って教室を後にしたわ。他のクラスメートも声を掛けながら笑顔で送り出していたの。
「エルフィーナ先生、彼はどこへ、何をしに行くんですか?」
向井さんは、少し慌てて、初めて自分の椅子から立ち上がり質問しに来たの。
「ああー、そうですね!一緒に、行ってみたらどうですか?1年2組です。あなたも給食を持ってお行きなさい」
私は、笑顔で向井さんも教室から送り出してあげたの。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「「「……「「…いただきまーーす…」」……」」」
「いちろうにいちゃん、きてくれてありがとう……」
「あはは……ぼくも、ここで食べるね」
「うん……あれ?へんなおじさんもいるよ?」
「あ……うんとね……あのおじさんはね……6年生のお客さんなんだよ」
「じゃあさ、このはんで、いっしょにたべようよ」
みよちゃんがそんなことを言ったので、一郎君は、1年生の先生にも話してから、向井さんのところに行ったんだって。
「あのー……一緒に……給食を…………食べてください………」
恥ずかしがり屋の一郎君は、精一杯気持ちを込めて頼んだそうよ。頑張ったのよね。
「あ、ああ……わかりました」
向井さんも自分の給食を乗せたお盆を持ち、一郎君とみよちゃんの傍に行ったらしいの。
みよちゃんは、1年生なりに、丁寧に向井さんに挨拶して笑顔で給食を食べ始めたんだけど、少したって笑顔が曇ってきたそうよ。
「あのねおじさん……わたし、きょうのきゅうしょくのおかず、とってもにがてなの。えんそくのまえはね、このメニューの時、ないて先生をこまらせたこともあったの。いまもダメなの…………。
でもねえんそくの時、いちろうおにいちゃんとおべんとうを食べたの。とてもたのしかったわ」
と、言ってみよちゃんは、また笑顔に戻っていたそうよ。
向井さんは、「そうなんですか」と、返事はしたけど、本当は遠足だから楽しかっただけじゃないのかと思ったんですって。1年生の言う事だから、あんまり本気にはしなかったのね。
でもね、顔を上げ振り向いて一郎君を見たとき、向井さんは愕然としたそうよ。
あの無口な一郎君がただ給食を食べているだけなのに、その周りは暖かな光があふれているような気がしたんだって。
一郎君は、自分がおいしそうに給食を食べていたの。しかも丁寧に、きれいに食べていたの。見ていると自分も食べたくなって、つい向井さんも給食を口に運んだんだって。
「あ!これか!これをこの女の子は、楽しいと感じたのか。ああ、給食って、こんなにおいしかったのか!」
向井さんは、この時のことを後で話してくれたの。なぜか涙が出たって言ってたわ。
「あれ?おじさん?どうしたの?」
みよちゃんが、心配して声をかけたんだって。
「あ、ああ、いや、給食がとってもおいしくてびっくりしたんだ……おじさんは、むかいしんいちっていうんだよ、よろしくね」
「あ、しんちゃんだね」
笑顔のみよちゃんの給食は、ほとんど空っぽになっていたみたい。
その間も、一郎君は、楽しく給食を食べるだけで、無理にみよちゃんに給食を勧めたりはしなかったそうよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「一郎君、お帰りなさい」
クラスのみんなも、二人の帰りを待っていて大きな拍手で迎えたの。
「一郎、みよちゃんは、どうだった?」
と、勝君がみんなを代表してきいたら、一郎君は、黙ってピースサインを出したの。そしたら、またクラスが『わーー』と、歓声に包まれたわ。
それを見ていた私は、何だか、向井さんの表情が変わったことに気づいたの。
「ねえ、向井さん。いいことがあったんですね」
と、傍に行って笑顔で話しかけたの。
その時、無口な一郎君が、クラスのみんなに向かって、向井さんの袖を引っ張ったの。それから、みんなの方を向かせ、「……しんちゃん、です」と、緊張しながら一言話してくれたの。
すると、向井さんも、「向井信一です。しんちゃんと呼んでください!」と、緊張しながら、ペコッと頭を下げたのよ。
(つづく)
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