第36話 エル先生にとっての楽しい遠足 5(遠足のご褒美!)

※直人の視点




 遠足が終わったその日、少し早めに夕食を食べ始めた。一人だけ疲れているはずのエルも遠足の話を楽しそうにしていたんだ。


 その話を聞きながら、お母ちゃんも、嬉しそうに話し出したんだ。


「夕方さ、スーパーに買い物に行ったんだよ。そしたら、珍しく近所の奥さんに話しかけられてね」


 お母ちゃんは、自慢気に続けた。


「何か、今日の遠足から帰って来た子どもが、すごい喜んでいたって言うんだよ。それがさ、みどりの妖精が居たって子ども達の噂になってるんだって。みどりの妖精って、絶対にエルちゃんだよね。あのジャージは私が選んだんだよ。エルちゃんにピッタリだと思ってね!」


「はい、学校でも、みんなに言われましたよ。きれいだって」


「そりゃあ、エルは、何を着ても、きれいだし……」


「おや?直人なおと……言うね~」


「もーお母ちゃんったらー」


「でも、子どもって、上手いこというよね~。みどりの妖精だってさ~。羽根でも見えたのかね~」




 お母ちゃんは、エルをうっとりと眺めていたんだけど、気が付いたら僕も目で追ってたんだ。


「おやおや、今日は疲れているんだから、早くお風呂に入って寝なさいよ。私は晩ご飯前に入ったから、もう寝るからね」

と、言って自分はさっさと部屋に行ってしまった。


「エル、君もお風呂に入ってきたらどうかな?」


「うん、そうする」

 そう言って、エルは風呂場に消えて行った。







 僕は、テーブルを片付け、缶ビールを出して少し口を付けたが、何となくテレビを眺めていたんだ。

 しばらくして、パジャマを着たエルがお風呂から戻って来た。



「疲れたので、私はもう寝るわ。直人も早めにお風呂に行って来たら?」

と、言われたので、僕はすぐにその場を立ってお風呂に行った。







・・・・・・・・・・・・


 お風呂から出た僕は、茶の間が薄暗くなっていることに気が付いた。


 エルが豆電球にしてくれたんだな。このまま自分の部屋に行こうと思ったんだけど、チラッとソファーを見ると、人影があったんだ。




 僕は、傍へ行ってみた。そこには、エルが座ってたんだ。


「……あれ?エル、寝たんじゃないのかい?」




 エルは、僕の方を見て、優しく微笑んで、「昼間の……や・く・そ・く……」と、言って自分の包まっているタオルケットを広げた。


「……ああ、わかったよ……」


 僕も微笑みながら、エルの横に座った。すると、エルは、僕の片方の腕を両手で抱きしめ、体を寄せてきた。



「おや、エル、せっかくお風呂に入ったのに、冷えているじゃないか」


「大丈夫よ……直人が温めてくれるって、昼間、約束したから」




 僕達は、タオルケットに包まって、しばらく今日の遠足の話をしたんだ。そして、エルはすぐに僕の腕を抱きしめたまま、寝息を立ててしまった。



 僕は、この“みどりの妖精”の寝顔を見ているうちに、自分も世界を楽しく飛び回っているような夢をみたんだ。









・・・・・・・・・・・・・・・

※エルフィーナ先生の視点





 次の日、2時間目の終了間際に、6年2組の教室で、ちょっとした事件が起きたの。


「エル先生、昨日は本当にありがとうございました。……申し訳ありません……どうしても、子ども達が、これを渡したいというものですから……」



 1年2組担任の小清水こしみず先生が、子ども達を連れて、教室のまでやってきたの。


「こちらこそ、ありがとうございました。………どうしました?」




 1年生の顔を見ると自然に笑顔になっちゃう。私は、教室の戸を開けて、6年生の子ども達にも1年生を見えるようにしたの。




 緊張しているのか小清水先生は、汗を拭きながら今朝の様子を話し始めたわ。


「実は、今朝、子ども達は、昨日の遠足の思い出を絵に描きたいと言い出しまして。私も計画はしていたんですよ。時間割では、来週の図工の時間でやることになってたんです。……でも、子ども達は、すぐに絵を描きたいと言い出して、仕方なく1時間目に始めたんですよ。

 ……………聞いてくだいエル先生!いつもだったら絵を描くのに1時間では足りないし、描きあげたとしてもおおざっぱだったりするんですよ。でも今回は、全員が1時間で、細かいところまで、しっかり描いてしまったんです。しかもです…………しかも、2時間目に手紙も書きたいって言うんですよ。

 ………私は、感激してしまって……突然でしたが、こうやって子ども達を連れてきてしまいました」

 



 小清水先生は、若い男の先生で、こんな子どもの反応が初めてなのね。私も、嬉しいわ。


 私は、振り向いて、学級のみんなに、「どお?」って、ウィンクしたの。

 





 そしたら、教室中から「「「……「「 わあああああ! 」」……」」」と、歓声があがったの。泣いている子もいたわ。





 その後、1年生には教室に入ってもらったの。

 そしたら、1年生が6年生に絵や手紙を渡したり、昨日の遠足の話をしたりしていたわ。まるで、“遠足”の余韻を楽しいんでいるようだったのよね。

 私も、昨日の遠足をまた思い出しちゃった。








 しばらくして、「妖精の先生……」って、声を掛けてきた1年生がいたの。


「え?私?」


 1年生の男の子だったわ。




「マサルお兄ちゃんは?……どこ?」


 少し悲しそうな顔をして、真剣に尋ねるの。




「ああ、まさる君ね……、今日はお休みなのよ」


「え?どうして?」


「んーー、あなたお名前は?」


「ぼく、たける……」


「そう、たける君。……ねえ、放課後、マサルお兄ちゃんに会いに行こうか!」





 私が、小さな声で、たける君にそう告げると、すぐに笑顔になったの。


「うん!」


 たける君は、そのまま喜んで帰って行ったわ。


 その後、私は急いで、各方面に了解をもらうために職員室に行ったの。直人も了解してくれ、保護者にも了解をとってくれたわ。

 だから、放課後、私はたける君と勝君の家を訪れたの。












「たける君、風邪がうつらないようにマスクをしてね。時間は少しね。描いた絵を渡したら帰るからね」

 


 私は、どうして勝君が風邪を引いたかは言わなかったけど、1年生は1年生なりに考えたのかな。教室で見せたようなはしゃいだ様子はなく、どことなく悲しそうな暗い感じがしたわ。

 


 勝君の部屋に通され、彼のお母さんはとても恐縮して申し訳なさそうにしていたの。

 勝君は、さほどひどい状況ではないらしく、ただ咳が出るくらいだったみたい。

 私とたける君がノックをして部屋に入ったの。


「やあ、いらっしゃい。ゴホッ…、先生も、あ、たけるも、よく来てくれたね。ありがとう」


 思ったより、元気そうだったので、安心したわ。でも、すぐにたける君が泣き出してしまったの。


「……ごめん…なさい……ごめんな……い。ぼくが……いけないんだ……ぼくのために……昨日濡れちゃって……ごめ」




 すぐに、勝君は、たける君の頭を撫でで言ってくれたの。


「楽しかったんだよ!オレはね。1年生を守ったって、感じがしたんだ。嬉しかったよ。………それにエル先生にも褒められたしね。……あれは最高だったな。そんな経験させてくれたんだぜ、たけるはよ。……だから、泣くなよ…………お前、オレに助けられてどうだった?」

 


 勝君は、笑顔で、1年生のたける君に質問したの。

 



 そしたら、涙を自分で拭き、しっかり顔を上げ、笑顔になったたける君が言ったの。


「ぼくは、うれしかったです。お兄ちゃんのようになりたいと思ったの。今度は、ぼくが、だれかを助けられるように、絶対なるからね」


 たける君の目がキラキラ光っていたわ。


「そうだな……オレも嬉しいな。たけるもがんばれよ。これ、ありがとうな」


 




 帰り際、部屋の外で、勝君のお母さんが私に呟いたの。


「あの子が、あんなことを言うなんて……驚いちゃうわ!……いい遠足だったんですね……ありがとうございました」


 目には、うっすらと涙が浮かんでいたわ。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 次の日、勝君も登校できたの。


 私は、クラスのみんなに聞いてみたの。


「ねえ、今回の“遠足”は、1年生にとっては、とても楽しかったみたいよ。だけど、あなた達にとっては、どうだったのかしら?」




 そしたら、勝君が真っ先に話し出したの。


「楽しいって、面白いってことじゃないことだって、オレはわかったんだ。人の役に立つとか、人から信頼されるとか、誰かが自分のために泣いてくれるって、とってもすごいことなんだ。だからオレは、それを楽しいって思える人になりたい」


 クラスの他のみんなも、多かれ少なかれ、同じような感想を持ってるみたいね。


「そう……だったら……私の“遠足”も、とっても楽しかったわよ。………ありがとうね……みんな」




「「「「「「…………わあああああああああああ……………」」」」」」




 教室には、また歓声が上がったの。

 ひょっとして、私の背中の羽根が見える子どもが増えた“遠足”だったかもしれないわね。うふっ。





(つづく)

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