第37話 エルフィーナの手が押したもの 1(突然の吉報?)

素田すだ教頭先生、文共局ぶんきょうきょく参謀さんぼうが、学校訪問に来るそうですよ」

 遠足も終わり、一息を付いた6月のはじめに、校長先生は、朝の打合せで、浮かない顔をしていた。


「文共局ですか……定期訪問とは違いますね。これは、何かありますね」





 文共局とは、教育行政の組織で、町レベルでなく、県単位を束ねる組織だ。地域ごとの文共局が合わさって、県教育行政を行う組織単位になるが、学校としては、最も身近な町の協議会よりも頭が上がらない組織なんだ。


 学校の視察も兼ねて、年に数回決まった時期に学校訪問は予定されていて、年間予定にも入っている。しかし、突然に、しかも直前の予告で行われるのは、何かあった時ぐらいなんだ。




「教頭先生?大丈夫かい?顔色がよくないけど、心配してもしょうがないよ。……ま、訪問は明日だから、心配するもの今晩だけだね。……エルフィーナ先生に頼んでおくからね♡」


 校長先生は、ニッコリ笑って、僕の肩を叩いてから打合せを切り上げたんだ。



「え?あの……余計なことは……いい……」

 僕の言葉などは聞かずに、校長先生は鼻歌交じりで校長室を出て行ってしまった。


「もー」

 僕は、半分あきらめて、何を備えればいいかもわからず、明日迄また心配の鼓動が胸の奥で鳴り響いた。






・・・・・・・・・・・・・


 その晩、夕食を食べながらエルは、心配そうに僕に声を掛けてきた。

直人なおと、生きてる?……」

「あ、うん……何とか」


「また、何にも食べてない……何かあるの?」

「……ん……明日、また、偉い人が突然来るらしいんだ……」

郷田ごうだのおじちゃん?」


「いや、協議会なら、僕も安心なんだけど………。今度は文共局といって、郷田さんよりもっと偉い人なんだよ。しかも何をしに来るかわからないんだ……はあ……」




 僕は、夕食の席に座っていても、まったく食欲が湧かなかった。



「ほんとに、お前は、弱っちいねえ。別に、取って食われるわけじゃあないんだから、平気だよ」

 

 お母ちゃんは、その分、何に対しても動じなくて、平気な顔をしているんだ。


「親子なのにねえ……まったく似てなくてねえ……エルちゃんごめんよ……面倒かけるね」

 なぜか、お母ちゃんはエルに謝っていた。


「うるさいよ、お母ちゃんは……放っておいてくれよ」

 僕は、お母ちゃんにだけは強気の口をきけるんだけどなあ。




「直人、安心して。ちゃんと夜は、一緒にいてあげるからね。さあ、この果物ジュースだけでも飲んでね」


「あ、ああ……ありがとう」





「本当に、あんた達は……もう、ずうっと毎日一緒に寝てたらいいのに。……そうしな、ね!」

 お母ちゃんは、真面目な顔で言うんだもんなあ。




「いいから、お母ちゃんは。……そう言う訳にはいかないの!」


「そうなの?もー、めんどくさいね」



 傍で聞いていたエルは、お母ちゃんには何も反応せず、ただ僕のことが心配でたまらないという顔をしていた。







・・・・・・・・・・・・・・



「突然お邪魔して申し訳ありませんでした」


 次の日学校を訪問した文共局参謀ぶんきょうきょくさんぼう上尾行男あげお ゆきおは、いたって紳士的だった。同行の推進指導係すいしんしどうかかり向井信一むかい しんいちも無口な割に、低姿勢で学校の玄関で頭ばかり下げていた。


「いいえ、いつでも歓迎いたします。こんな遠いところまで、ようこそいらっしゃいました」

 丁寧に対応した校長先生は、すぐに校長室へ案内した。




 校長室で、一通り世間話も進んだので本題に入るかと思ったのだが、意外に先日の遠足についての話を先方が振ってきた。




「校長先生、聞くところによると、この大里山小学校では異学年でペアを組んで遠足をしていると聞きましたが、そうなんですか?」


 上尾参謀あげおさんぼうは、丁寧に、しかも何か成果を上げていることを知っていそうな雰囲気で聞いてきたんだ。


 校長先生は、顔色一つ変えず、簡単に説明した。


「ええ、私がこの学校に来る前から、行われていましたよ。先日も行いましたが、子ども達は、とても楽しんだようですね」



 上尾参謀は、さらに深く聞いてきた。

「例えば、高学年と低学年のペアだと、高学年に負担ばかりが掛かって、楽しくないという感想にはならないのですか?」


 少し、意地悪な質問だったが、その表情から本人は全く素直な気持ちで聞いていることがわかった。



「それは、傍で見ていた教頭先生が詳しく説明できるかな……」



やっぱり、面倒くさいのはバトンタッチだな……。


「……あ、先日の遠足で、私が6年生の終盤に立ち会えたんですよ。ちょうど雨が降ってきましてね。ところがですよ!緊急避難的に雨宿りの場所へ行くまで、6年生が1年生をかばうんです。

 特に先生に言われなくても。しかも、1年生が6年生を頼りにして、6年生にしがみつついているんですよ。…………何ていうんでしょうか?…………それまでの信頼関係みたいなものを見た気がしましたよ」

 


 僕は、話しているうちにちょっとだけ興奮してきたんだ。だから、聞きかじった部分だって、自信をもって話しちゃったんだ。

 もちろん、エルの大活躍は、内緒にしたに決まっているんだけど。



「……ああこれは、担任から聞いたのですが、次の日に、遠足の思い出というか、遠足の感謝というか、とにかく6年生に絵を贈りたくて、1年生はすぐに絵を描いたんだそうです。

 ところが、いつもなら時間がかかってしまうそうなんですが、今回ばかりはみんながすぐに絵を完成させたそうです。そしたら、1年生の子達から手紙も書きたいということになったそうですよ。そして、その日のうちに自分達で絵と手紙を届けたそうです。1年生の担任がびっくりしていたそうですよ」



 上尾参謀は、その話を黙って聞いていた。その後、何かを考えていたのか、しばらくの沈黙の後、

「教頭先生、あなたは『それまでの信頼関係』と言いましたよね。それは、“遠足の時”という意味ですか?

 …………それとも、“遠足以前”にも何か関係はあったのですか?……」

と、質問してきた。


 

 僕は、咄嗟に考えたんだ。つまり、この6年生と1年生の関係は、通常ではありえない。通常の遠足だけでは、在り得ない何かがあるのではないかとということだ。今回、この文共局の参謀は、この6年生の秘密を探りに来たのではないかと僕は思った。

 そして、僕は何も言えず、黙ってしまった。


 校長室に緊張が走った。


 僕は、6年生がこれまで取組んできたことが悪いことではないことをよく理解している。だから、ここで何を言われてもエルを守ることはできる。


 ただ、エルフの能力のことは……………と、いろいろ考えていると、沈黙を破って、急に上尾参謀は笑い出した。




「あははは、いやあああ、すみません。変な質問の仕方をしてしまいました。実は、今日の訪問は、『大山里小学校の6年生は、非常に素晴らしい』ということを伝えたかったんですよ。向井君、資料をお渡しして」



 緊張は、一気にほどけた。


 そして、渡された資料は、今年の春に行われた全国が対象の学力テストの正式な結果だった。

 自分の学校でも自主採点は行ったので、各児童の点数や学級の平均点等は、おおよそ検討はついていた。でも、国が行う正式結果は、全国平均との比較などが掲載されたもので、特に地域や学校間の比較資料としての価値は高い。



「実はですね、ものすごい結果がでたので、一足先に持ってきたのです。他の学校へは、来週ぐらいに届くことになると思います。どうぞ見てください」



 渡された資料を校長先生と僕は、目を皿のようにして見た。


 ところが、どこがそんなにすごいのか、さっぱりわからなかった。教科の平均点は、昨年度並み。特に優秀な子がいるわけでもなく。すごい問題の解き方をしている子がいるわけでもなかった。


 それでも、この上尾文共局参謀が、特別に資料を持って来るほど、すごい結果なのだ。




「どこだ?……どこがすごいんだ?……」

 校長先生と僕は、頭を抱えてしまった。




(つづく)

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