第35話 エル先生にとっての楽しい遠足 4(雨の中で……)
※エルフィーナ先生の視点
「みんなー休憩よー、お水を飲んでもいいわよー」
結構、遊びながらの遠足は、時間もかかってるけど、いろいろな発見もあったの。休憩もたくさんあって、とても楽しい目的地までの道のりだわ。
「おーい、6年のみんな、車道へのガードは万全にな! 交差点は、必ず歩くんだぞ!」
グループごとの安全リーダーを配置した6年2組は、歩きながら声を掛け合って、お互いに注意し合っているの。
「結構バラけて歩いているのに、休憩ごとにまた整列できているし、思い思いに歩く時も6年のガード部隊がはっきりわかるのよね」
そんな時、歩道の隅で休憩している子ども達の横を、一台の自動車が通り過ぎたの。そして、空き地に駐車して、人が降りてきたわ。
「あ、教頭先生だー」
と、1年生も6年生も、手を振ったり、挨拶をしたりして、なんかイベントみたいに歓迎していたの。
私も、ちょっと嬉しかったのよね。
「やあーー、みんな元気そうだね。もう少しで目的地だから、頑張ってね……水は足りてるかな?」
「うんとね……6年生にね……もらったんだ」
嬉しそうに、水筒を見せていた1年生の男の子がいたの。あまりにも喉が渇き、自分の水筒の分を飲み干し、6年生にもらったようなのね。
「エル先生、靴擦れの子とかはいませんか?……他の学年は、何人かいたらしくて」
「そうですか。……今のところ、うちはのんびり歩いているもので、大丈夫みたいです。ただし、その分予定より時間はかかっていいるんですよ」
「まあ、お昼までには着きますから、大丈夫ですよ……あははは」
「そうですね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
多少時間はかかっても、全員元気に目的についたわ。
その分、いつも歩いているはずの通学路でも新しい発見があったみたい。学校を出れば、目新しい草花や歩いたことのない道路に興奮した楽しい遠足だったみたい。
そしてそれは、1年生にとって、いつも以上に自由にさせてもらった楽しい経験だったみたいなの。
ところが、6年生にとっても、この“遠足”そのものを自由にさせてもらった、この上ない楽しい……いや、責任を伴ったやり甲斐のある嬉しいものだったようなの。だって、それはみんなの笑顔を見れば、自然とわかったわ。
目的地で1年生と一緒にゲームをしたり、自由遊びをしたりした時も、かたまってお弁当を食べたりした時も、6年生は頼りにされていたのよね。たぶん、頼りにされるという実感を肌で感じたんじゃないかしら。
『頼られるだけで、人は自然と優しくなれるのよ』
言葉にはできなくても、6年生はみんなこの“遠足”から学ぶことができたんじゃないかと思ったの。
あの時まではね………
「さあ、帰る準備をしようね……」
勝君が、みんなに声を掛けてたわ。
「出発前に、トイレは済ませてね……」
あちこちで、6年生は1年生に声を掛け、トイレまで案内したり、片付けの準備を手伝ったりしていたの。
どうも、出発の時とは違い、お弁当も食べてお腹いっぱいになり、動きも緩慢になってきているようだったわ。
「荷物が、置きっぱなしだよ」
「ここに、水筒が置きっぱなしだよ、誰か忘れてないかい?」
中には、疲れ果てている1年生もいるみたい。
「荷物持てないよ~、お兄ちゃん持って……」
と、言い出す子もいたの。
「どうしても持てなくなったら、ぼくが持ってあげるから、もう少しがんばってみようよ。お弁当も食べて無くなったから、荷物は軽いからね」
一生懸命説得する6年生の様子もあったの。
それでも、帰りは手を繋いで1年生の気を紛らわせたりして、6年生も頑張ったの。
出発して1、2分後に、勝君が手を繋いだ男の子と立ち止まってしまったの。その時、私は近くに居なくて、後で聞くことになるんだけど……。
「ん?どうしたの?」
勝君が、しゃがんで男の子の顔を覗き込んで聞いたの。
「……おしっこがしたいの……」
「………………………………」
勝君は、ちょっと困ってたみたい。でも、すぐに判断したのね。近くにいた山田先生に言って、さっきの公園まで戻ることにしたの。
トイレを済ませたら、できるだけ急いで戻ることを伝えて、勝君は、1年生と二人で公園のトイレに戻ったの。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
公園を出て10分も過ぎた頃、空の雲の色が急に濃くなってきたわ。
「なあ、空が暗くなってきたぞ……」
6年生同士、小声でそんな会話が聞かれるようになってきの。
「雨具は持ってきてないよ……もし雨が降ってきたらどうしよう」
「……この先に公民館がったよな……あそこで休めるんじゃなかったか?」
細かく計画を把握している進太君が、そんなことを言い出したの。
「じゃあ、そこまで急いで行った方が、いいんじゃないかしら……」
「ダメよ。焦って、走り出したりしたら、転んでけがをするわ。こういう時こそゆっくり歩かなきゃ」
学級委員のめぐみさんが、みんなに注意してくれたの。
この辺りは、郊外で、住宅もなく、雨宿りする場所もなかったはず。
緊急事態の時のために予約した公民館は、500メートルほど先にあったの。万一の時には休憩できるように先生達で準備はしておいたわ。
「エル先生、公民館で休憩しましょう。あそこなら雨が降っても大丈夫ですよね」
1年生の先生が指さして提案してきた。
その時、私は、はじめて勝君のことを聞かされたの。
「あ!エル先生、勝君が、1年生の男の子と公園のトイレに戻ったんです。少し遅れるかもしれません」
「そうですか……。大丈夫です、勝君なら。まず、みんなを公民館で休憩させましょう」
と、言っているうちに、ポツ、ポツ、ポツ、……と空から水の玉が落ちて来た。
「みんな、1年生のリュックを持ってくれるかしら……ありがとう……すぐ来るから、待ってててね……」
私はは、まず山田先生を右手に抱きかかえ、1年生を4人左手に抱きかかえて、音もなく低空でジャンプして公民館に向かったの。
私の力は、凄いのよ!大人なら、二人や三人は平気で持てるわ。あっという間に、公民館に到着し、
「山田先生、ここで子ども達をお願いします。すぐに6年生も運んできますから」
と、言い残し、すぐにジャンプして子ども達のところにもどったの。
気を付けてジャンプしたから、抱えている人達には何が何だか分からなかったみたい。
後で聞いたんだけど、山田先生も運ばれた1年生4人も、私が運んだって気が付かなったみたい。
山田先生達はすぐに公民館に入り、事情を説明し、雨宿りをさせてもらったわ。
3分もたたないうちに、すべての子どもと先生達を、公民館に運べたの。
ただ、勝君と1年生の男の子は、まだ後方にいたの。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「終わったかい?」
「うん……」
「じゃあ、行こうか」
「お兄ちゃん、ごめんね……」
泣きそうになっていることは、勝君にも分かったの。
「大丈夫だよ……トイレが混んでいたんだろう?だから行けなかったんだろう?」
「うん……」
その子の顔が少し、明るくなったわ。でも、外は、真っ暗なの。雨雲が濃いことを勝君は理解したの。
「こりゃ、急がないとだめだな。早くみんなを追いかけないと……。あ!でも、決して走っちゃダメなんだ。ここで、転んで1年生にケガをさせるのは絶対にダメだ」
勝君は、慌てず、ゆっくりと、でも急いだんだって。
ポツ、ポツ、ポツ……
「まずい、雨だ!傘もない、濡れる。何にも無いぞ! 雨宿りも出来ない! みんなも見えない!」
きっと勝君は、焦ったはず。
「とりあえず、進むよ…………。よし!……ゆっくり行くからね………大丈夫かい?」
「……うん……」
雨粒が多くなってきても、勝君は諦めなかったって。
「……濡れてないかい?」
「……ぼくは、だいじょうぶだよ……」
「あ!前から何かが飛んできた!」
『あ!みどり色に光る妖精だ!』
1年生がそう叫んだんだって。勝君にも、そう見えたらしいわ。
私は、勝君の傍に到着すると、自分の着ていたジャージを勝君に被せたの。
「よく頑張ったわね、勝君。そして、1年生をよく守りましたよ。上出来です」
勝君は、1年生を自分のジャージの胸側にすっぽりと入れ、上半身を雨に当たらないようにした上で、転ばないように自分の足でしっかり立たせてゆっくり歩いていたの。
おかげで、彼は頭からびっしょり濡れてしまっていたけど、私に会えるととても嬉しそうにしていたわ。
その後、私は、二人を抱えてあっという間に公民館に着いたの。
これで、全員雨宿りができたわ。
30分ほどして、巡回の教頭先生が駆け付けた頃には、雨も止み、雲も薄くなってきていたの。
「大変だったね……濡れてないかい?」
「勝君だけは、濡れてしまったわ……先に車でお願いします」
「ああ、わかった。ところで、君は、大丈夫かい?君のジャージも濡れたんじゃ」
上半身がTシャツになっている私を見て、直人は心配そうにしているの。
「大丈夫よ、こんなのは。今晩、あっためてくれるんでしょ!」
なぜか私の言葉を聞いて、直人は顔を赤くしていたの。変なの?
それから、直人は何も言わず、バスタオルを置いて、勝君を連れて学校に戻っていったわ。
「あ!虹が出たわ……みんな見て……虹よ……虹よ」
美穂ちゃんが最初に見つけたの。
その後、1年生も6年生も公民館の外に出て、青空を見たの。そして、きれいにかかった七色の橋を見上げ、“遠足”を締めくくるために、ゆっくりと歩き出し、学校へ向かったわ。
(つづく)
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