第34話 エル先生にとっての楽しい遠足 3(遠足出発!)
※
「エルの学級も遠足に向けて、順調に準備が進んでいるようだね……」
夕飯の時、僕は何気なくそうに言ったものの、その後のエルの様子をそれとなく伺った。
エルも、うなずきながら楽しそうに、遠足の準備までの話をしてくれたので、僕は内心、ホッとしたのだった。
それは、どうしてもただの学年ごとの遠足とは違い、他の学年とペアになっての遠足だと問題も起こりやすい。毎年、そのことで解消しようかという意見も出るが、子どもの成長を考えて継続しているんだ。
「6年生はね、4月からの他学級訪問のお陰かな?……相手をよく観察するようになったのよ。そして、何をしてほしいか自分で考えるの」
エルは、子どもの成長を本当に嬉しそうに話していてた。
「すごいなー6年生でそれができるなんて……」
「うんん、みんなね、自分の経験からなのよ。自分の思い出の中から、未来に役立つ“想い”を紡ぎ出せたのよ。すごい子達だわ」
「未来に役立つ想いか……」
「……私なんか…………100年も……何も考えられずに………」
エルは、寂しい目をしたんだ。でも、すぐに僕やお母ちゃんの顔を見ると、また笑顔に戻ったんだ。
「まったく、君はもっと自分の力を信じてもいいと思うよ……エルの学級の子達だからできるんだとね……」
僕は、エルの力を信じていると全身で伝えたかった。
「遠足の時、直人はどこにいるの?」
「僕は、管理職だから、すべての学年の様子を把握するために、自動車で巡回するんだ。校長先生と養護教諭は学校待機、巡回は僕の他に学年を担任していない何人かの先生がいるけど、たぶん3年生4年生のところの手伝いにまわることが多いな」
「どうしてなの?低学年じゃないの?」
「んー、1年も2年も、高学年がペアで付いてるじゃないか。……それに比べ、3,4年って、実は一番中途半端で手がかかるんだよね。1年生ほど幼くはないけど、高学年ほど面倒も見れない。面倒を見ていそうだけど、どこか抜けているんだ。……失敗も多いよね。だから先生達の手も必要になってくる」
「へー、そういうものなの」
「だからさ、当然、1・6年のところと、2・5年のところは、僕が一人で巡回ということになるのさ」
「ふーーん、じゃあ……がっかりだわ……」
少し、つまらなそうな顔したエルだった。
「え?」
「だって、遠足で、直人と一緒にお弁当が食べられないんだもんね」
「あ?……そりゃ……ま……僕は、巡回だから……ね……」
今まで、黙って話を聞いていた、お母ちゃんが、クスッと笑って、
「そしたら、今度の日曜日でも、二人でお弁当を持って、ピクニックでも行ってくればいいでしょ!ちょうど、遠足も今週終わるし、日曜日は天気もいいみたいよ」
と、言い残しそのままお風呂へ行ってしまった。
僕達は、顔を見合わせた。きっとお互い真っ赤になっていたんだ。それでも、小さく頷く様子が見れたので、僕は嬉しかったな。
・・・・・・・・・・・・・
※エルフィーナ先生の視点
「……生憎の空模様ですが、みなさんの元気な姿を見れば、今日は風もなく最後まで遠足日和になりますから、楽しんできてくださいね。それから、ペアになった学年は、それぞれの良いところをよく見て、お互いに助け合って、どちらの学年にとっても楽しい遠足にしてください。
……それでは、行ってらっしゃい」
遠足当日、グラウンドで田中校長先生のお話を受け、出発式が行われたの。
雨こそは降ってなかったけど、曇り空で太陽の姿は見えなかったわ。
幸い、気温も高く、風が無く、予報でも雨は降らいということだったので、遠足は予定通り決行されたの。
ペアの学年ごとで、目的地は違うの。
また、ペアの学年でも、組み合わせの学級ごとで、道順を少し変えてあるわ。そうすることで道路の混雑を緩和できたり、上の学年の負担を減らしたりしているのよね。
6年2組は1年2組とペアで出発したの。
目的は、市街地を抜け少し郊外へ出た
1年生の足でもゆっくり歩いて1時間弱で着ける距離なの。
「さあ、みんな、今日は楽しく歩こう、車の方にさえ行かなければ、どうやって歩いても平気だよ。ただ、危ないことだけは、やめようね! さあ、出発だ!」
このペアの団長は、
勉強は苦手でも、いつも元気で、みんなを引っ張る2組のリーダー的存在よね。
1年生を1列に並べ、その横に6年生が付く。もちろん6年生は車道側に立ってるの。何気ない、普通のスタイルのように見えたわ。
ところが、歩き出してすぐに、1年生の男の子が、大きな声で聞いてたわ。
「ねえ!マサ兄ちゃん、手を繋いで歩かないの?」
男の子は、休み時間にいつも勝君と遊んでいて、“マサ兄ちゃん”と言って慕っているの。
「ああ、ほら手を繋ぎたかったら、いつでもいいんだよ。ただ両手を使いたい時もあるだろう? その時は、自由にしていいよ」
みると、あちこちで同じような説明を6年生は、1年生にしているの。
喜んで手を繋いでいる女の子もいたし、早速道端の花を摘んでいる子もいるわ。
そんな時は、『早く歩きなさい』とは言わずに、6年生も一緒にお花を摘んでいるの。みんなより少し遅れるけど、途中の休憩場所をたくさん用意したので、まったく気にならないみたい。
「エル先生……不思議な遠足光景ですね」
山田先生が、私の隣に並んだ時、感慨深げに話しかけてきたの。
両学年の担任、特別支援担当、支援員達は、それぞれ子ども達の様子を見ながら、列の前後を行ったり来たりしているのよ。
ただ、当初の約束通り、危険行動以外は大人から声を掛けない約束になっているわ。
多少時間に遅れようと、多少もめ事が起きようと、子どもに任せることにしたの。
「何がですか。ごめんなさい、私は遠足が初めてなんです。これが、とっても楽しくて、嬉しくて」
「いや、私も、嬉しくて楽しいんです。こんなに子ども達が、自分の事として、遠足を考えてくれるなんてね。初めてですよ」
山田先生は、自分が夢を見ているんじゃないかと疑ってしまっているみたい。自分で頬っぺたをツネっているの。
「エル先生、ありがとうございます。…………じゃあ、私は前の方を見てきます…………。それから、似合ってますね、ジャージも」
私は、薄いグリーンから斜めに色が少しずつ濃くなるグラデーションの模様が入った、前開きのジャージを着ていたの。
ズボンは、少しパンタロン系になっていて裾が広がっているわ。上半身のチャックは大きめのデザインだったの。
襟幅が広くなっているので、より顔が小さく見えるみたい。
脇には白の白線が二本入っているんだけど、一本は太く、一本は細くなっていて強弱がついているみたい。遠目でも良く見えるみたい。
ちなみに、ジャージの襟元から見える黄色いTシャツも私の黒髪に黄色のキャップを目立たせたんだって。
全部、直人のお母さんが選んでくれたのよ。
「あ、ありがとう、ございます」
照れながら、お礼を言ってしまう私。ちょっと恥ずかしい!
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます