第31話 エルフィーナの休日 4 ~露天の朝風呂~

「さあ、行くよ!あんた達!起きた、起きた……こんなところで寒くなかったかい?(本当に、布団で寝ればいいのに、もう……まったく)」


 お母ちゃんは、笑っていた。




「……え?……あ、お母ちゃん……あの、こ、これは……その」

「いいから、いいから。ほれ、エルちゃんも支度してね、温泉いくよ!」



「温泉?……昨日……行きましたよ?……」

 僕もエルもまだ少し寝ぼけ眼で、お母ちゃんの話について行くがやっとだった。



「朝に行くのも、楽しいの!」

「だって、お母ちゃん、まだ暗いよ!」

「だから、いいんじゃないの!!……お前も一緒に行くの!」


 僕達は、日の出前に朝風呂に行くとになった。夕べ行った十階の大浴場に入ると、さすがにお客さんは誰もいなかった。




 お母ちゃんは、浴室に入る前に直人に一言だけ指示をした。

『いいかい、風呂に入ったら、すぐに露天へ行きな!できるだけ女湯の方に近づいていなさいよ!わかったね』

と、だけ言い残して、自分達はさっさと浴室に消えた。



「朝っぱらから、露天風呂か~寒そうだな……」

 あまり気乗りはしなかったが、言う通りにしないと、お母ちゃんに怒られそうだったので、すぐに浴室に入った。





・・・・・・・・・・・・・・


「エルちゃん、夕べは行かなかったお風呂があるんだよ……こっちだよ」


 お母ちゃんは、エルの手を引いて、ゆっくりと露天風呂の扉を開けた。(なんとなく気配でわかったの! 覗いてないからね)


 夕べ入った浴室の一角には、外へと通じる扉があるのだ。(これは、男湯も女湯もおなじだったんだ)

 そこは、目隠しの木々や簾が掛かっている屋外のお風呂だった。



 そう、つまり“露天風呂”だ。



 室内のお風呂と違うのは、湯船やその周りの装飾が、自然に近いものに似せてあるので、大きな岩や草原、大木などでできているんだ。




「わああーー、何だか懐かしい気がします……」


 あ、エルの声が聞こえる!


 エルフであるエルフィーナにとっては、外で水浴びをする方が自然なのかもしれなかった。ただ、それが温泉ならば、別である。




「ああああああああ…………、ここも温泉なんですね。すごいわ~外なのに、温かい温泉なんて……うううんんんんん~~なんて気持ちのいい………」

「すごいでしょ!」



「……すごいわ……お母さん……」

 エルは、お湯に浸かりながら、身も心もとろけそうな声を出していた。



『……直人~~、来てる~~』

 お母ちゃんは、隣の簾に向かって声を掛けてきたんだ。


『恥ずかしいから、あんまり大きな声出すなよ、お母ちゃん……』

 簾越しに声をかけるなんて。他に人はいないけど……。





「あ、いたいた。エルちゃんも、呼んでごらんよ!直人だよ……すぐ隣が、男湯になっているんだ。露天風呂はね近いんだよね」

 ニヤニヤしながらお母ちゃんは、エルを焚きつけているぞ。



『直人~、そこに居るの~、エルだよ~』

 エルが、思ったより大きな声で、叫んできた。恥ずかしいけど、ちょっと嬉しかった!


『ああ、いるから、心配しないで……大丈夫だよ』





 するとお母ちゃんが、エルに向かって、何か話し出した。


「エルちゃんさ、今は直人の顔は見えないだろう?でもね、ちゃんと声は聞こえるんだよ。

 直人の手を直接握ることはできなくても、直人はちゃんとエルちゃんの方を見ているからね。そして、エルちゃんのことをいつも考えているんだよ。


 直人の気持ちが分かったら、少しは安心できるんじゃないかい?


 例え、見えなくても、触れられなくても、相手の気持ちが分かったら、大丈夫って思えるんじゃないかなあ……」





 その時、東の空が薄っすらと明るくなってきた。


「見てごらん、エルちゃん。日の出だよ。温泉に入りながら、太陽の出るのを見られるなんて、すごいじゃないか。直人も向こうで、同じものを見ているんだよ」




『直人~見てる~~』

『見てるよ~、エル~~……きれいだよ~』

『お前~覗いているんじゃないでしょうね?~』

『日の出のことだよ……まったくも~』

『あははははあ』





・・・・・・・・・・・・・・


 その日の夜、家に帰ってきた僕は、エルに大きな包みを渡した。


「エル、これ温泉のお土産だよ」

「そういえば帰りにもう一度お土産物屋さんに行って何か買ってたわね……開けていい?」

「どうぞ」


 中から出てきたのは、大きなゴリラの柔らかな縫いぐるみだった。顔は愛嬌があって可愛いのだが、手足は長く、特に手の平は滑らかで気持ちのいいものだった。



「……なあ、手が似てるんだ……いつもは握ってあげられないけど……これ……」


 エルがしばらくゴリラの縫いぐるみを抱きしめた後、

「ねえ、手を貸して」

と言って、ゴリラの手と直人の手をしばらくつなぎ合わせて、何か祈っていた。



「……でもね、時々は、本物の手も………お願いよ」



「あ、ああ、わかってるさ……一緒の夢を見るんだもんな……」

「そうよ……見るのよ……同じ夢を……」




(つづく)

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