第30話 エルフィーナの休日 3 ~温泉の夜~
「さあ、着いたわよ。ここが、温泉よ」
「すごい大きな建物ですね~。それに、面白い形をしているわ……まるで……私の国のお城に似ている気がする」
エルは、温泉旅館の建物をまじまじと見つめながら、どことなくそのたたずまいを思い出している様子だった。
「そうだなあ~、この旅館は、少し中世のヨーロッパの城をイメージして作られているからかな~……妖精とか出てきてもおかしくないかもなあ……」
僕は、何となくパンフレットを見ながら旅館の雰囲気の感想を言ったつもりだった。
「え?直人にも妖精が見えるの?」
エルが、小声で嬉しそうに聞いてきた。あわてた僕は、
「あ、いや、見えるわけじゃないけど、なんとなくいるような感じがして……」
と、ごまかすと、エルは少しがっかりしたようだった。
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「ご家族様用なので、少し広いお部屋をご用意いたしました。ベランダには、テーブル付きのソファーもあります。夜などはお月見も出来ますよ……」
受け受けカウンターで、旅館の人に説明を受けた。
「ありがとうございます……今夜は満月だね。お団子でも買って、夜は、みんなでお月見でも、しようかね……」
「はい、お母さん、楽しそうだわ」
「まあ、いいお嫁さんですね……夕食はお部屋に用意しますから、お楽しみください。町にはたくさんのお土産もの屋さんもありますから、どうぞご覧になって来てくださいね」
気の利くとても親切な人だった。なぜか、エルはニコニコしていた。
「はい、ありがとうございます……直人、ねえ、また“お嫁さん”って言われたわ?」
「あははは……やっぱり、それが一番なんだけどね……」
「うるさいよ、お母ちゃん!……エルは気にしなくていいの、可愛いだけなんだから……」
「ほんと?」
と、首を少し傾げるが、エルは最近そう言われる度に笑顔になっているような気がするんだけどなあ。
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「私は、先にマッサージをさせてもらうから、あなた達でお土産物屋さんとか見ておいで。ついでに軽くお昼ご飯も済ませて来てね。
………ただし、食べすぎるんじゃないよ、何せ今日のメインは、晩ご飯だからね、ほんとに軽く、かるーーく、済ませるんだよ!いいね……」
と、注意だけして、お母ちゃんはさっさと旅館の全身マッサージの予約を取りに行った。
「じゃあエル、外に行こうか……」
「うん、わかった」
これはまた、お母ちゃんの計略かなとも思ったが、汽車で2時間の長旅は、さすがに疲れたのかもしれないなあ。
「エルの世界に温泉は無かったのかい?」
あちこちから温泉の湯気が立ち上り、硫黄の匂いが漂う街を歩きながら、直人は何気なく聞いてみた。
「……火山はあったの。もっと炎が吹き上がり、火山の煙の臭いがしたわ……」
「それじゃあ、ゆっくりお湯に浸かって楽しむなんてことはしなかったんだね」
「もちろんよ………お湯なんてものじゃなかったわ………触れただけで、焼け死んでいたもの」
「おおおー、それは怖いなあ……」
僕には、想像もつかない世界だったが、逆にエルにとってはこちらの世界の温泉の方が想像もつかなかったんだろう。
「いっぱいお店があるのね。かわいい人形が売っているわ。温泉も、私達が泊まるところだけじゃなく、他にもたくさんあるのね。この辺を歩いている人は、みんなお客さんなのかしら」
僕とエルは、たくさんのお土産物屋さんをまわり、記念になる置物や飾り、同僚へのお土産などを買った後、地元名産のうどんを昼食代わりに食べた。
その後も、博物館や民芸館などを回り、湖をまわる遊覧船にも乗ったりして、夕方近くになって、温泉旅館に戻った。
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「ちょうどいいところに帰ってきたね、エルちゃん。一緒に温泉に行かないかい?
……本当は直人の方がいいかもしれないけど、こればっかりはね~」
お母ちゃんが、最後の方を笑いながら茶化すので、僕はすぐに言ってやった。
「何を馬鹿なこと言ってんのさ。エルは温泉の大浴場が初めてなんだから、ちゃんと案内してくれよ!」
「あーはいはい。じゃあ、エルちゃん、準備しようか」
・・・・・・・・・・・
「うわあーーーーー、すごーーーーーい」
大浴場に入るなり、エルは、教えてもらった隠す場所などすっかり忘れて、手放しで喜んでしまった。(別に僕は見た訳じゃないよ、お母ちゃんに後で聞いたんだからね)
「あはははは………」
お母ちゃんも大笑いしたらしい。
「さあ、体を洗って、ゆっくり湯船に入るよ……滑るから気を付けてね」
言われた通り、近くの洗い場のシャワーで、一通り体を洗ってから、手ぬぐいをたたんで頭に乗せて、右足からゆっくり湯船の階段に降ろしていった。
(だから、見た訳じゃないって!)
女湯の湯船は、一つが10畳ぐらいの楕円形をしていたそうだ。多少大きさが異なるが、4つほどが、その浴室には並んでいて、それぞれお湯の温度が違うんだって。
まあ、男湯も似たようなもんだけど、ちょっとデザインが違う気がする。
浴室は、旅館の最上階で10階にあり、前面の壁がガラス張りで、屋上からの眺めと同じになっている。(これは、男湯も同じで、窓から外が見えた)
エルは、迷わずお湯の中をガラス迄歩いて行ったらしい。
「わあああ、すごおおおーーーーーい!」
すぐに窓際まで辿り着き、眼下の景色を見て、感嘆の声をあげたそうだ。
エルは、高いところへは自由に飛べるが、お湯に浸かりながらは、無理な話である。今までに、味わったことのない至極の景色だったそうだ。
裸で窓に張り付いて、下の眺めを楽しむ様子は、まるで小さな子どもだったそうだ。お母ちゃんは、湯船につかりながら、その様子を見て、孫でも見ている気になったと言っていた。
「ふぁあああああーーー、うんんんんーーーーーー」
すぐにエルは、お母ちゃんの傍に戻り、肩までお湯に浸かって、今度は安堵の声をあげたんだって。
「いいねえ~エルちゃん……幸せかい?」
お母ちゃんは、思わず聞いたそうだ。
「はい、嬉しいです。直人やお母さんに会えて、よかった………」
エルは、目を閉じて、お湯に浸かって、そう言ったんだって。
(ま、エルが居ない時に、お母ちゃんがこっそり教えてくれたんだ)
・・・・・・・・・
豪華な夕食も、部屋での会話も、すべてが幸せだった。それは、エルだけではなく、お母ちゃんにとっても、僕にとっても、同じ夢の中にいるようだったんだ。
エルの提案で、母ちゃんが真ん中で寝ることになった。畳の上に三組の布団を敷き、仲良く寝た。
部屋は、二間あったので男女で分けようと僕は言ったのに、みんなで一緒に寝たいとエルは言うことを聞かなかった。
三人とも、慣れない旅行で疲れたのか、すぐに寝入ってしまった。
真夜中あたり、不意に僕は目を覚ました。
僕は、一番ベランダ側に寝ていたんだ。カーテンの隙間から、月明かりが漏れていた。
今夜は、満月だってお母ちゃんが言ってたなあ。
「ん?……誰かいるのか?」
カーテン越しに、影が見えた気がした。
僕は、静かに起き上がった。
お母ちゃんの向こう側には、……誰もいない。エルが、寝ているはずなのに。
静かに、ベランダに出て見た。そこのソファーには、エルが座って月を眺めていた。
「横、座っていいでしょうか?」
僕は、丁寧に尋ねた。
「うん」
エルは、月を見たまま答えた。
僕は、自分の毛布と、お腹いっぱいで食べられなかったお団子をもって行った。毛布は、エルと自分とで被り、お団子の櫛は、1本ずつ分けた。
「お月見できなかったね……」
僕は、お団子を渡しながら言った。
「だって、晩ご飯がおいしくて、食べすぎちゃったから」
と、笑顔でエルが言った。
そして、お団子を受け取ると、
「おいしそう……今なら食べられるわ……直人も食べよう」
と、言って、二人でしばらく月を見ながら、お団子を食べた。
・ ・ ・ ・
しばらくして、
「ありがとう、直人。やっぱり、目が覚めちゃった……」
と、エルは、まだ、月を見たまま、直人に謝った。
「大丈夫だよ……気にしないで……」
僕は、何も聞かなかった。
・ ・ ・ ・
「あの人が亡くなったのはね、真夜中なの。
ううん……その前に、戦いで傷つき、看病していたの。ちょうど、私の世界にもあんな星が出るの。
真夜中に、水を汲み行ったの。私がちょっと離れた隙に、竜にやられたの……」
「そう……か」
「それ以来、1人で夜を過ごしていると、真夜中に一度だけ目が覚めるの。
でも、直人とくっついている時だけは朝まで眠ることができたのよ」
「………………………」
「今晩は………くっついていなくても………近くだから………大丈夫かと……」
「家でも、1人で寝ているときは、目が覚めていたのかい?」
「うん」
「ねえ………………。今日は、朝まで手を握っていてあげるから安心して寝ていいよ」
その時すでに、エルは寝息を立てて目を閉じていたのだった。とても心地よさそうに……。
(つづく)
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