第32話 エル先生にとっての楽しい遠足 1(遠足の夢)

※ここは、エル先生の視点で進みます。



 連休が終わってまた通常のサイクルで学校が始まったの。

 私も教室で、順調に授業を行っているわよ。

 6年生の子ども達も、連休前と同じように時間を見つけては、自分の好きな教室へ行って、好きなことを教えたり、学んだりしているわ。


 2組担任の私も、1組担任の平野ひらの先生も、自分の教室で勉強するよりも、自分で考えて、自分で学ぶ場所を選ぶ方が、よっぽど勉強になると考えているんだもん。

 

 今回、連休明けに6年団では、1つの取組についての計画が話されたの。





「エル先生は初めてなんだけど、3週間後に行われる”遠足”は、本校の特別な取組なんだよねー」

 頭を掻きながら平野先生は、少し回りくどい説明から始めたわ。



「”遠足”って自分が楽しむものじゃないですか。でも、うちじゃあね、4年生以上は、自分は楽しめないんだよね」


 平野先生は、他の先生が言わないようなことも平気で言うから、6年団の先生達も時々驚いたりするのよね。



「いやあ、確かにうちの遠足は、1年と6年・2年と5年・3年と4年がペアになって行うから、どうしても上の学年は面倒をみるので、『つまらない』という意見が多いけどね。……でもね、その分、『頼りにされた』とか、『下の子の面倒を見ることができ楽しかった』とか、遠足を楽しんだという感想も多いと聞くよ」

と、山田やまだ先生がフォローしたの。


「だけど、本心かな?……6年生ぐらいだと、立場とか今までの流れとかを考えて、ある程度の決まった考えや感想を言ってしまうんじゃないかなー」

 平野先生は、納得はしなかったみたい。


 私は、よく分からなったの。まず、遠足ってどんなものか、何が楽しいのか、想像できなかったわ。



「そうかもしれませんね。なかなか本心なんて、言えないかもしれません。

 例えば、6年生が本気で1年生にぶつかってないから、その反応も貰えていない。だから、ひょっとしたら、1年生と付き合うのはものすごく面白いのに、それがわからないのかもしれませんよ。

 …………私は、学級の子が他のクラスへ行って、帰ってきた時、本当に驚いたと言って報告してくれることを聞いて、よく思うんです。相手には、本気でぶつからないとダメだって」

 


 私は、自分の思っていることを素直に言ってみたの。



「エル先生は、本当に子どもの本心を見つけたいんだよね……」

 私の発言を聞いた平野先生は、感心してくれたの。


「そんな、大したことを思っている訳じゃありませんけど……。ただ、素直な気持ちで居ることができれば幸せかなって」




「えっとね……じゃあさ、今回の遠足について、何をすればいいのかな?」

 一条いちじょう先生が、少し困ったような顔をしていたわ。


「簡単さ……大人は、先に何もしないことだと、僕は思うんだ」

 平野先生は、きっぱりと宣言したの。


「えーっと、先にというのは、どういうことでしょうか?」

 少し真面目に、一条先生がもう一度尋ねたの。


「んー、それは、たぶん、大人の知恵を知ったかぶりして、子どもに言わない。子どもが知りたいことは、一緒に調べてあげる。はじめから決まっていることは、教えればいい。

 ……こんな感じかな、ね、平野先生」

 

 山田先生が、周りを見ながら、…………自分の考えも加えて、答えていたわ。




「ああ、ありがとうございます。

 そうですね、後は、学級の子ども達の様子に合わせて……。それこそ先生達の思い通りにやればいいと思います。ただし、6年生も楽しい”遠足”だったって思えるようにね」



「わかりました。私も考えますが、子ども達にも考えてもらいましょう」

 なぜか私は、教室の子ども達を思い浮かべたら、すっきりとしたの。





・・・・・・・・・・・・・・


「エル先生、それで遠足についての決まりや約束は、他に何かありますか?」

 一通り三週間後の遠足についての説明を終えた後、学級委員のめぐみさんが質問してきたの。


「遠足のおおよその決まりは、去年までと同じで、あなた達6年2組は、1年2組の子ども達とペアで行動することになるくらいかな?

 ……目的地や持ち物は、さっき言いましたよね。他に何かあるかな?」




「え?エル先生、去年、オレ達は5年生でさ、2年生と一緒に遠足に行ったんだよ。

 花村はなむら先生は優しかったから楽しいことをたくさんさせてもらったけど、それでも相手は2年生だから気をつけなければダメなことはいっぱいあるって言われて、大変だった思い出があるなあ~」


 まさる君は、話しているうちに顔がだんだん曇ってきたの。



「私も、やっちゃダメっていう約束を忘れないようにするのが大変で、あんまり楽しい思い出が残ってないのよね」


 由香ゆかさんも、泣き顔を作る真似をして見せたぐらいなの。



 やっぱり、子ども達にとって遠足は楽しい物じゃなかったのかしら?





 私は、クラスのみんなにこんな質問をしてみたの。


「じゃあ、あなた達は今までに遠足で、楽しかった思い出はないのかしら?」


 しばらく、教室には沈黙が続いたの。





「…………遠足は…………楽しかったの…………初めてみんなでお弁当食べたの」


 静奈しずなさんが、小さい声だったけれど、一言、一言、しっかりと思い出すように話してくれたの。



「ぼくも、初めての遠足は、楽しかったなあー。みんなで遊んだし、そういえば、大きなお兄さんがいたような気がする」


 進太しんた君が、嬉しそうに話している様子を他の子達も一緒に感じているようだったわ。



「みんなも同じなのね……」

 その時、ひと際大きな声が教室に響いたの。



「成りたかったの!お姉さんに!一緒に遊んだお姉さん」

と、叫んだ橋本美穂はしもと みほは、私の傍に来て抱き着き付いて来たわ。


「ねえ、エル先生、私、お姉さんになった?一緒に遊んであげられる?……大丈夫かな?……私にも、羽根がある?」

と、心配そうに背中を見せたり、顔を見せたりしながら、何度も聞いてきたの。




「大丈夫よ、もう立派なお姉さんだから、心配はいらないわ。1年生と遊ぶときにはね、みんなの羽根は見えているからね」

と、優しく背中をさすると、美穂みほだけでなく、クラスのみんなも、背中を見たり、自分で触ってみたりしていたの。




(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る