第26話 閑話 5 ~エルフィーナと画用紙と赤ペンと~

 ボクは、毎日の退勤時間も少し楽しみにしているんだ。

 働き方改革で、教員の残業も減り、先生達は夕方になるとほとんど帰宅するようになってきてる。


 ただ、教頭という職種だけは違うかな。そんなに遅くまで学校には居ないけど、どうしても帰る時の外は暗い。

 校内には誰もいない。最後の見回りは、教頭として僕の役目になっている。

 


 そんな中、エルは、いつも待っていてくれるんだ。



 一度聞いたことがある。

「家は、近いんだから一人で帰ってもいいんだよ」

「いやだ!一緒にいるって契約だぞ!」

 エルは、笑っていた。



 召喚の時の約束だからなのか、この世界で頼っているからなのか、僕にはまだわからなかった。

 ただ、それ以降は、甘えている。




・・・・・・・・・・・・・・・


「エルー、エル―……」


 僕は、最後の校舎見回りで、エルも探していた。職員室には、いなかった。



 いつもながら、真っ暗な校舎は、気持ちが悪いな~。


「……エル―……」



 暗闇に向かって呼んでみたが、返事はなかった。



 この先は、6年2組。エルの教室だな。

「おーい……」

 

 懐中電灯を照らしながら、少し小さめの声で呼んでみた。

 すると、やはり6年2組の教室の辺りが、薄ぼんやりと光っているんだ。

 

 僕は、懐中電灯を消して、静かに教室に近づき、中を覗いて見た。そこには、子ども達の描いた絵を持ったエルが、教室の後ろの掲示板を見つめて立っているんだ。




『……お願い……きれいに並べてね……』


 呟くようなエルの声が聞こえた。


 その途端、画用紙は、自分で掲示板に向かって静かに飛んでいき、見事に整然と張り付いた。次に、エルは、画鋲の箱を取り出して、


『痛くないように……刺してあげてね……角4つね』と、言った。


 そして、画鋲の箱を両手で前に差し出した。すると、画鋲の箱が光り出し、一斉に画鋲が掲示板の画用紙めがけて刺さっていった。




「さあ、これで終りね……後は、直人なおとを待つだけだわ」

と、言って振り向いた。


「すごいね、エル!」

 僕は、思わず駆け寄った。すると、エルは、恥ずかしそうに

「見てたの?直人。もう……」

と、言って急にモジモジし始めた。



「いや、すごかったよ、素晴らしいよ。さすがだ……君が、こんなことまでできるなんて、嬉しいよ」

と、言って懐中電灯をつけて、エルを照らした。懐中電灯のせいか、彼女の顔が赤く見えた気がしたが、

「お願い……これは、みんなには、内緒よ」

と、もっと下を向いてしまった。





・・・・・・・・・・・・・・・・


 帰り際、エルはカバンに何かを詰めていた。

「何か持って帰るのかい?」


「どうせ、直人も家で仕事するんでしょ、その時の私の分よ」

 と、言ってウィンクして見せた。




・・・・・・・・・・・・・・・・ 


 4月は忙しい。特に教頭は忙しい。持ち帰りの仕事もある。幸いデータはクラウドなので、手ぶらだが、エルはお見通しだった。

 直人がPCの前に座って仕事を始めた。最近は茶の間で仕事をすることが多いんだ。


やっぱり、ここが落ち着くな……傍にエルがいてくれるからかな……。


「なあ、エル、今日は何を持ってきたんだい?」


「私ね、テストの丸付けをするのよ~、今日、平野先生がやるのを見て、覚えたの……」



 エルは、児童のテストを正面に置き、赤ペンを10本ばかりそのテストに乗せた。テストの右側に正解を並べた後、赤ペンにやさしく語り出した。



『お願い、子ども達がやる気を失わないように採点をしてあげて……』



 すると、その10本の赤ペンが一斉に児童のテストの採点を始めたのである。


「おおおおー、これは、すごい……」

「直人……私の仕事ばかりに驚いていると、自分の仕事ができないわよ」

と、ちょっと笑みを浮かべながら冗談交じりに、僕をからかってきた。


 僕は、それを本気にして、肩を落としながら、力なく

「いやあー、君の実力はすごいよ。僕なんか全然だめだ」

と、言った。

 

 するとエルは、僕の傍に来て、後ろからそっと抱き着き、

「私が、この力を出せるのは、直人のお陰なのよ。この世界で、安心して生きていけるように、いつも直人が私のことを見守ってくれているから、私は精霊とコンタクトが取れるの。 

 忘れないでね……これからも、ずっとよ、お願いね……直人……」

 


 僕の背中には、暖かいものが伝わってきた。そして、たくさんの精霊達の希望の光が見えた。

 同時に、僕の目には、なぜか薄ぼんやりと歪んでしまっている景色が映ったのだった。




(つづく)

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