第15話 必勝!エルフ流 学力向上マル秘対策 3(戦いの後)

※エルフィーナの視点



『……エル……エル……ごめ……よ……ん……ご…zz…z…zzz………zzzz……』



「おやおや、素田すだ教頭先生は寝てしまいましたね」


田中たなか校長先生、素田教頭先生は、夕べは一晩中パソコンとにらめっこして、仕事をしていました。一睡もしてないんですよ」



 直人なおとったら、涙を浮かべながら眠ってるわ。しばらく私の膝で寝かしてあげよう。やっぱり夕べは大変だったのね……。

 私は、直人の寝顔を見ながら、優しく頭を何度も撫でてしまったの。



「そうですね、それは今日の仕事を見ればよくわかりますよ。本当によく頑張ってくれました。

 それに……そういう素田教頭先生を一晩中励ましてくれたんではないんですか?エルフィーナ先生は」



「いいえ、私は、何も……ただ、傍に居ただけです……」



「何をおっしゃいます……それが一番の素田教頭先生の……直人君の夢じゃないですか」

「直人の夢?」


 ああ、まただ。……ここでも“夢”って言われた。でも、私には分からないわ……。



「そうですよ……」


「…………………………」


「それに、あなたも今日は、本当によく頑張ってくれました、ありがとう」

「田中校長先生からお借りした“学習指導基本規定”が役に立ちました。これお返ししますね」

「ああ、これは、先生達みなさんに差し上げているものですよ。ただ、エルフィーナ先生ほど役立ててくれる人は、他にはいませんがね。どうぞもらってくださいね」


「はい、ありがとうございます」


「素田教頭先生は少し校長室で休ませますから、あなたは子ども達と給食を済ませて来てください。

 今日の午後は、体育でしょ。体育は、1組と合同だから、後は平野ひらの先生に頼んで、午後は素田教頭先生をつれて家に戻ってもらえませんか。」



「え?でも、子ども達が……」



「大丈夫ですよ、わかってくれますよ。あの子ども達なら。

 それより……素田教頭先生をお願いしますね……早く元気になってもらいたいのでね」


 校長先生は、ニッコリ笑って、ピースサインを出してくれたけど……これでいいのかな。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 5時間目が始まっても直人は、まだ寝たままだったわ。


 校長先生は、タクシーを呼ぼうかと言ってくれたけど、人間の1人や2人は平気で担げるからと言って、私は断ったの。



 私が、僕を軽々と背負って校長室を出ようとした時、私は校長先生に呼び止められたの。


「エルフィーナ先生、ちょっと待って!このまま誰かに見つかると、素田教頭先生の面目丸つぶれだから、これを貸してあげるね……」


 そう言って、保健室から持って来た毛布を、直人の頭からすっぽりと掛けてくれたわ。



「よし、これで誰だかわからないよ。それに今は、授業中だから、裏口からこっそり帰りなさい。鎌田技師かまだぎしに案内させるからね……」


「ありがとうございます」

 



・・・・・・・・・・・・

「おじさん、ありがとうございます」

「なあに、エルちゃんのためなら、何でもやるよ。こっちだって、いっつもお世話になってんだからね。気をつけてね」


「それじゃあ……また、明日」

「ああ、さようなら……」


 鎌田さん、いつまでも笑顔で見送ってくれてる。ほんとに優しい人………


 それにしても……人間って、軽いんだなあ……でも、どうして直人って、こんなに暖かいんだろう…………。





・・・・・・・・・・・・・


「お母さん、ただいまあ……」


「おや?こんなに早く、どうしたの?」


「直人さんが、疲れが出たみたいで。夕べ徹夜して仕事したから……」




「………………そっかい、そっかい……

 じゃあ、背広を脱がせて、そこのソファにでも、転がしておいてね。

 ……私はこれからちょっと友達のところに用事があって出かけるけど、晩ご飯は冷蔵庫におにぎりが入っているから食べてね。

 ……今晩は、友達のところに泊まるから、戸締りはしっかりするんだよ、いいね!」



「え?お母さん、出かけちゃうんですか?」


「大丈夫だよ……たぶん今日学校で、大事な行事とかあったんだろう?

 ……昔から、行事に弱くてね、すぐやられるんだよ。直人はね、終わったらね、いっつも“負けちゃった”って、泣きべっちょかいてたさね。

 一晩寝れば直るから心配いらないわよ。じゃあ、頼むわね……」



 ああ………、お母さんが、居なくなっちゃった。……じゃあ、直人さんの背広を脱がせて……本当に泣きべそかいてるから顔がグチャグチャね……顔を拭いてあげよう……




「……ん…あ……ああ……エル?……ここは?…」


「直人、やっと起きた?……家よ」

「家?どうやって?」


「おぶって帰って来たよ」

「え?……ごめん……また、面倒をかけてしまったね。重かったろ?」


「私ね、力持ちなの、直人ぐらい全然平気よ。……それより、泣きながら寝てたけど、大丈夫?」

 私は、目を擦りながら起き上がろうとしている直人のことが、とっても心配だったの。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※直人の視点に戻る



 エルが、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。

 僕は、目覚めたばかりで、まだ頭がボーっとしているけど、少しずつ今日のことを思い出した。

 協議会の課長が来たこと、途中でエルがたくさん質問されたこと、でも議長が最後は解決してくれたことなど、本当にたくさんのことがあったんだ。


 あれ?その後、僕はどうしたんだろう?みんなに迷惑を掛けたんじゃないかなあ。エルに聞いた方がいいかな?…………





「ぐぐーー、ぐうーぐーー」

 でも、急に、お腹が鳴りだした。




 実は、今日の事が心配で、夕べから食事が出来ていなかったんだ。


「直人、お腹減ってるのね」

「うん……夕べから何も食べてないんだ……」

「ダメね、今、準備するわ。お母さんが冷蔵庫におにぎりを作ってくれているのよ」


「え?お母ちゃんはいないの?……」

「何かね、用事で、今晩は、帰らないって言ってたわ……」


「え?……何か変だな……」

「何が……」

「いや、何でもないよ……」



「わあーおにぎりだけじゃないわ、いろいろおかずもあるわよー、温めるからさー、その間にお風呂に入ってきたらー。

 さっき顔は拭いたけど、泣きべっちょ顔でグチョグチョだったわよ……」



「わわわー、泣きべっちょ、言うなよー。

 お母ちゃんだろ、きっと、もー………風呂入って来るよ……」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 風呂から上がってパジャマに着替えてから茶の間に来てみると、テーブルの上には、いろいろな種類のおにぎりと、母親特製のシチューが並んでいた。

 他にも揚げものやサラダまで準備してあった。



「なあエル、君も学校から帰ってきたままの格好だろう?

 もうすぐ夕方だ、少し早いけど先に風呂に入って、一緒に晩ご飯食べないか?僕は、それまでビールでも飲んで待っているからさ……」


「わかったわ」

 エルは、そう言って、すぐにいなくなった。




 僕は、久しぶりに缶ビールを開けた。

 仕事が忙しく、それどころじゃなかったし、そんなにお酒は好きでもなかった。でも、今日は、なぜかお酒がないと間が持たないような気がしたんだ。



 そういえば、エルフって、ビールを飲むのかな?聞いておくんだったなあ。

 きっと、田中校長なから知っているかもしれないんだけど……。


 おつまみは、何かあったかな?

 チーズがあるぞ。切って、皿にのせておこう。

 後は、どっかにピーナッツもあったな。確か、ここの引き出しの中に……あった!この袋がそうだ……これを皿に入れて。

 テレビは付けた方がいいかな……消した方がいいかな……やっぱり付けておこう。いや、消した方がいいなあ。

 んん…まだ4月だというのに、何か暑いな……。いや、暑いのは、ビールのせいだな……







「お待たせ、直人……………へえ、これがビールっていうの?」


「あ、ああ、そうだよ。エルって、ビールは…………お酒なんだけど、飲めるの?」

「植物を発酵させたものでしょ?大丈夫よ。向こうの世界でもあったのよ、いただいてもいい?」


「もちろん、はいどうぞ」

 僕は、缶ビールを開けて、手渡した。

 エルは、まず一口なめてみてから、ごくりとおいしそうにビールを飲んだ。


「はー、これおいしいわ。向こうの世界のものより、ちょっと薄いような気がするけど、気持ちいいわね」

 

 何となく、僕は、エルの方がアルコールに強そうな気がしてきた。エルは、少し早めの夕食を、僕は久しぶりの食事を、心置きなく楽しむことができる時間だった。




 たぶんこのご馳走は、お母ちゃんが気を利かせたんじゃないかな?僕は、小さい頃から学校行事にめっぽう弱かったんだ。

 運動会も学芸会も、参観日なんかでも緊張して前の晩は眠れないのだ。だからもちろん食事がのどを通らない。

 そして、決まって上手くいかなくて、泣きべっちょをかきながら帰ってくるんだ。


 昨日の夜のことをお母ちゃんは知ってると思う。だから今日は、ごちそうを作ったのだ。


 いつもそうだった。泣きべっちょをかきながら、お母ちゃんのごちそうを食べるのが僕の日課だったんだ。




「エル、今日はね…………今日の泣きべっちょはね、嬉しくて泣いたんだよ。今までだったら、このご馳走も泣きながら食べてたんだ。でもね、こんなに楽しく、気持ちよく、食べられるんだもん…………嬉しくてさ…」


 なんだか、また、涙が出そうだったので、僕はビールで誤魔化した。




「私ね、校長室で、泣きながら寝てしまった直人を見た時、…………思い出しちゃった……。

 直人が私のために戦ったんじゃないかって、また、私を残して行っちゃうんじゃないかって……」



「……………………」



 僕は、何も言えなかった。エルの目にも涙が光っていたんだ。

 だめだ、また涙が出る。…………慌てて、僕はビール🍺を飲んだ。



「……でもね、直人をおぶって帰って来る時、とっても暖かったの……。だから安心したわ。

 あなたは、ちゃんと私の傍に居てくれるって思ったの。今度はちゃんと私が守るからね……」


「ありがとうエル、今回だって僕の知らないところで、いろんな人とあんなに一生懸命頑張っていたなんて、僕はちっとも知らなかったよ。

 …………だから、君だけが頑張らなくていいよ。僕もね……頑張るからさ……僕と一緒のね……夢を見ようよ……ね……エルー………一緒にねー……Zzzzzz…zzzzz…」




「……直人?……直人?寝ちゃったのね…………ありがとう……校長先生が持たせてくれたこの毛布で、今晩はゆっくり一緒に夢をみましょうね…………」




(つづく)

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