第14話 必勝!エルフ流 学力向上マル秘対策 2(波乱の学校訪問)

 今日も僕は、エルと早めに出勤したんだ。


 晴れ渡る空にカッコウの声が響くようになってきた。学校は近いので、エルと歩くほんの10分の時間は、僕にとって一日の活力になっている。



「エル、夕べはありがとうな、おかげで仕事がはかどったよ」

「うん……でも、あの椅子はダメだな、体が痛いよ……」

「あはは……そうだな……今度はソファーでゆっくりな」

「うん、きっとだぞ!」

「…………今日は、頼むな……」

「任せてよ!」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「田中校長先生、そろそろ協議会きょうぎかいの方が来る時間ですね……」


 いつものように校長は、落ち着いたもので、校長室の自分の机に向かって今日の資料を眺めていた。

 もちろん資料は、夕べ徹夜で僕が作ったものだ。



素田すだ教頭先生、この資料よくできているねえ……私の学校経営だとは思えないくらいだよ、あはははは。この後、県の文共局ぶんきょうきょくの学校訪問もあるから、そのまま使えるね……」


 僕は、ソファーに座ったまま、校長の話に生返事をしただけだった。


 校長室のドアが開き、事務の新田にったさんが協議会の来校を伝えた。

 僕と校長は、急いで学校の職員玄関まで迎えに出た。






「お待ちしていました」

 下足用のスリッパは、事前に準備してある。来校者は3名。


 丁重に校長が、校長室に案内した。課長だけは、始めてだったが、他の人は、昨年もよく学校に来ていたので顔は知っていた。

 ただ、どうも今年は雰囲気が少し違っていた。



 課長の針也健介しんや けんすけ、細身で神経質そうな感じだ。


 係長の平林一郎ひらばやし いちろう、課長の秘書のような感じで、去年は若くて楽しそうに話しをするいい青年だったが、どうも今年は目に覇気がなかった。


 主任の大森幸代おおもり さちよは、中年の女性だが、こちらは議長専属の役員のようで、あまり課長達とは関わりがないようだ。その議長は、所用で少し遅れるとのことだった。




 校長室では、課長とだけ名刺交換が行われた。特に、言葉を交わすことなく淡々と名刺だけ交換した。

 普通協議会の役員、特に課長クラスともなれば、日頃の学校の様子や校長をねぎらう言葉など、嘘でも少しは愛想のあるものなのに…………。

 少なくとも、協議会と学校というものは、敵対関係ではなく、子どもを育てるための共同事業者みたいなものだと僕は思っていた。

 

 お互いに協力できなくては、何にもできない。学校の設置者は、協議会なのだけど、それが、この課長のように、自分を管理者のように勘違いしている者もいる。

 管理すれば、誰でも思うように動くと思っているのだ。



「じゃあ、早速、今年の学校経営について報告してもらいましょう」

 ニコリともせず、針也しんや課長が言った。


「では、私から……」

 校長が、資料を基に、経営の考え方や今年の重点などを話した。


 すると、針也課長から、僕に向かって質問が飛んで来た。




「確かに、この学校の経営の方針はわかりました。だったら素田教頭先生は、この方針を受けて、これらの課題を解決できるように日々奮闘しているわけですよね」


「ええ、田中校長先生と協力しながら頑張っています」


「私はね、この4月から文共学習協議会に異動になったんだが、どの学校の書類を見ても同じなんだよ。確かに人数や受けてる事業は違う。でも課題と称しているものはだいたい同じで、その解決策といっているものも同じようなことばかりなんだ。

 これじゃあ、学校は変わらないと思うんだ。

 ねえ、素田教頭先生、あなたの学校の課題は何でしたっけ?」



 針也課長は、少し笑みを浮かべながら、迫ってきた。平林係長が、何やら分厚い資料を課長に示している。


「これによると、この大里山小学校は、職員の8割が30歳台以下だそうですね。いや、実に若い。

 加えて新卒3名、育休の代替えが3名と職員の配置に苦慮しているようだ。ざぞ、大変でしょう。

 だから、子どもの成績も振るわないのではないですか?

 ここ数年、学力テストの点数も伸び悩んでいるではありませんか?」




「そんなことは……それとこれは関係ありません。

 確かに若い先生は、多いですが、みんな一生懸命指導していますし……確かに学力テストの点数はよくはありませんが、うちは不登校の子はいませんから」


「それは、どうでしょうかね……ただ学校に来ればいいってものでもないと思うんですが……」


「…………」





「まあ、まあ……針也課長、うちの先生に面談を希望されていましたよね……」


「そうそう、若い先生ばかりだと言うのに、また、訳の分からない外国の先生まで雇って……、だから学力が上がらないんですよ……本当に……。

 さあ、早く連れてきなさい!」






・・・・・・・・・・・


「失礼します。エルフィーナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


「まあ、日本語は、わかるようですね……ここに座って」



 校長室のソファーには、協議会の3人と本校の3人が向かい合わせで座った。

 協議会の中央は針也課長で、両端が平林係長と大森主任。

 学校側は、中央が僕で、右がエル先生で、左が校長だった。

 

 針也課長は、はじめからエル先生を馬鹿にしたように見て、質問を始めた。



「日本の教育は、難しいでしょう?

 どこで勉強したか知らないが、国の指導の要ともいうべき学習指導基本規定は知っているのかな?」



「はい、第1 小学校教育の基本と教育課程の役割…各学校においては、教育基準法及び学校教育実施法その他の法令並びに・・・~・・・~・・・~」


と、エル先生は第1章総則をきれいな声で、相手の目をしっかり見て言ってのけた。



「教科の部分も言いましょうか?……」

と、エル先生が澄ました顔で言ったが、課長は



「もういい!そ、そ、それがどうした?そんなのは、試験に受かれば当たり前だ。お前は、何年生の担任なんだ」

と、次の質問をぶつけてきた。


「はい、私は、6年2組の担任をさせてもらっています」



「じゃあ、6年の算数の目標は知っているのか?言えないだろう?え?」

と、さらに細かい部分を聞いてきた。



 そんなところは、別に暗記するものではなく、必要な時に調べて使うことがほとんどなのに、まったく嫌みな奴だ。


 でもエル先生は、顔色一つ変えないで、

「6年生の目標は、分数の計算の意味、文字を用いた式、図形の意味、図形の体積、比例、度数分布を表す表などについて理解するとともに、分数の計算をしたり、図形を構成したり、図形の面積や体積を求めたり、表やグラフに表したりすることなどについての技能を身に付けるようにする。~・・・~・・・~・・・」

 

と、これも(3)までをすべて言ってのけた。




 さすがに針也課長は、慌てたのか、隣の係長に何やら耳打ちを始めた。

「じゃあなあ……次は……」

と、言いかけた時、校長室のドアがノックされ、事務の新田さんが、声を掛けてきた。



「協議会議長が到着されました」

 すぐに、恰幅のいいちょび髭をはやしたおじさんが、笑顔で校長室に入って来た。


「いやあー校長、遅れてすまんなー」

 笑顔で、校長に挨拶したその男の人こそ、町の文共学習協議会のトップで、議長を務める郷田文太ごうだ ぶんた氏だった。


 郷田氏は、4年の任期を務めあげ、もう2期目に入っている。昨年も会ったが、見た目通りの豪快で人当たりのいい憎めない人なんだ。




「おや、何か雰囲気が暗いな、校長、どうしたんだ?」

 すぐに、大森主任が、議長の傍に行って、針也課長がエル先生にした無茶な質問について報告した。


 それを見た、針也課長が、自分からすぐに

「いいえ、これは……この外国の先生を試そうと思って、質問しただけで……」

と、おどおどしながら、言い訳をした。



 議長は、テーブルの端にある一人用のソファーに腰掛けて、

「で、どうだったんだ?」

と、ゆっくりと聞き返した。



「はあ、それが……

 難しいことばかり覚えていて、頭ばかりいいかもしれませんが……先生としては人情味が無いかもしれませんね」



「ほー、お前は、そんなふうに思うのか…………

 じゃあやっぱり、明日からお前は別な部署で仕事をしてもうことにするよ。

 今もな、町長とそのことで相談してたんじゃ……」



「わーーーい!」

 何と、飛び上がって喜んだのは、平林係長だった。


「え?どうしてです?私は、一生懸命やってましたよ……」


「お前は、この町の教育の方針を知ってるか?」

「方針?……そんなものは、学力向上でしょ?……点数を上げればいんでしょ?」




「違うぞ、うちの町はな……

 わしが議長になった時から、教育は人を育てることに決めたんじゃ、当たり前の事じゃが、なかなかそれができん。

 現にこの学校の方針にもあったろ?“常識”でやろうってやつが……」



 え?校長先生の方針って、議長さんの考え方に通じるものだったんだ!



「具体的にはな、“挨拶”と“掃除”じゃ。

 わかるか?この先生はな、毎朝早くに、1人で学校のまわりのゴミ拾いをしておるんじゃぞ!

 何が人情味が無いじゃと、この馬鹿もんが!どこを見ておる!

 

 ………………やっぱり、あんたは、先生じゃったんか?」



「はい、エルフィーナと申します」


「わしが、議長だって知ってたか?」



「いいえ、今、初めて知りましたよ。びっくりしました。毎朝、会ってたんですものね」


「そんな誰だかわからんわしにも、気持ちのいい挨拶をいつもしてくれたよな……………

 それなのに、いやな思いをさせたようだな……すまんな……。

 でもな、ありがとうな、これに懲りずに、またきれいにしてくれると、子ども達も喜ぶじゃろ」



「くっそ!何がゴミ拾いだ……ただ、外でゴミ拾いすると褒められると思ってやってただけだろう」


「お前は、まだ、そんなことを言うのか…………

 ところで、あんたはエル先生って呼ばれてるのかい?」


「はい」



「じゃあ、間違いないな。

 校務技師の鎌田のおやじも言ってたよ。エル先生は、毎朝、ゴミ出しの手伝いをしてくれるって。

 ゴミ出しだけじゃなく、エル先生は、よく気が付き、いろいろ手伝ってくれて助かってるって、褒めてたぞ。

 その後、道路のゴミ拾いに行くんだろう?」



「ええ、時間がある時だけですけどね」




「そんなの嘘だ、ただの校務技師なんかの言うことが信用できるか」



「本当にお前は何てやつだ……あの校務技師はな……おれと同期なんだよ。

 立派に先生を務めて定年後、また学校で働きたいと言って、ああやって頑張っているんだ。

 自分が勤めた職場だからこそ、一所懸命頑張る先生っていうのはわかるもんさ。

 な、エル先生。

 これからも、子ども達のためによろしくな。


 それから、校長、先生達を頼むぞ。教頭先生、いつでも力になるからな」




「さあ、みんな、今日は、これで失礼するぞ……」


 うなだれた針也課長を引っ張って協議会の議長は、笑顔で手を振りながら帰って行った。

 玄関で見送ってから校長室に戻った僕達は、ソファーに崩れるように座った。




「ああ~~田中校長校長先生~……よかったですね~~~」

「ああ、お疲れ様、それから、ありがとう、エルフィーナ先生」

「エルーーー、本当にありがとう😭ーーーー」 


「素田教頭先生、ここは、学校だよ……ここで泣いちゃ……だめだよ……」




(つづく)

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