第13話 必勝!エルフ流 学力向上マル秘対策 1 (緊急学校訪問)
「
珍しくその朝は、エルが僕の横に並び、鏡を見て声を掛けて来た。
鏡に映った僕の顔は、腫れぼったく、目の下にクマができ、髪はぼさぼさで、とりあえず電気髭剃りを当てているだけだった。
それに比べ、エルは、僕の母ちゃんが選んだ、薄緑のスーツが良く似合っている。スカートではなくスラックスなのが、余計に足が長く見えよく似あう。
中に着ている水色のブラウスは相変わらずだが、リボンの色は毎日変えている。今日は濃紺なので落ちついて見える。
4月もまだ中旬だが、すっかり学校にも慣れたエルは、生き生きしている。
「新学期は、忙しいんだ。今日も早く学校へ行かなきゃならないんだ……。エルは、もっとゆっくりでもいいんだよ」
「いや、私も、直人と一緒に行くよ……その方が、楽しいからな……」
なんだか、それを聞くだけで、元気が出るんだよな~。
「おや、直人、嬉しそうだな、何かいいことでもあるのか?」
おいおい、お前が、それを言うかい?……嬉しいに決まってるよ、まったくもー。
「ああ、……まあね……」
「ほう、それは、良かったな……
夜は、毛布でもかぶって野営でもしてやろうか?そうすれば、直人はよく眠れるんだろう?」
「ごほっ、ほおっ、……あ、ウん…ありがとうな…………なんか心配かけてるみたいだな」
何か嬉しいような、恥ずかしいような……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エルフィーナは、朝のこの時間が好きなようだ。
誰も居ない学校、僕は学校の見回りをしてから、自分の仕事を始める。
エルは、他の先生達が来るまで、好きな事をする自由な時間……
「おはようございます……」
「お、今日も早いな…エル先生は」
「これ、ゴミ小屋でいいの?」
「お、助かるよ」
実は、学校で一番早いのは、校務技師の鎌田さんだ。朝は、校内のゴミを集めて、収集小屋に運ぶ仕事をしている。
前の日のゴミは結構あるものだ……これを毎日一人でやっている。
エルフィーナは、このゴミ集めを手伝っているのである。
ついでに、誰もいない校舎の周りや通学路を回っている。子ども達もまだ来ない道路に落ちているゴミを拾うのだ。
“空き缶・お弁当の空き箱・ペットボトル”など。
学校は、住宅地と商店街の中間にあるから、どうしても人通りが多いので、ゴミも多い。
「おや、姉ちゃん、今日もゴミ拾ってるのかい?」
「(この頃、信号で止まる、ちょび髭のおじさんだ!)…おはようございまーーす」
「あ、おはよー、元気な挨拶だな……」
「おじさん、青だよ……気を付けてね」
「ああ……ありがとうな……」
「(行っちゃった)……なんか、面白そうな人だな。さてな、後は、教室でも掃除しようかな……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕は、不思議に思っていた。『エルは、いつもこんなに早く学校に来て何をやっているんだろう?退屈していないだろうか?』
「……
今日は、校長先生も早いなあ。もうお呼びだ。
「……おはようございます」
毎日の職員打合せは、出勤時間直後に行われる。
校長と僕との打ち合わせは、その15分前ぐらいに行われるのが通例である。何もなければ、その日の予定を確認するだけで終わる。
ただし、今日は、30分以上も前にお呼びがかかった。
これは、何か非常事態があった可能性がある。
児童に異変があったか、職員に異変があったか、……いやそれなら緊急で事前に電話連絡がありそうだ。本当に、予定外に校長に呼ばれるのは、余計な想像をするだけでも疲れるので嫌なものである。別に、“危険手当”がほしいくらいだ。
ただでさえ、エルが痩せたというのだから、日常の仕事も負荷がかかっているになあ。
「……まったく、もー……」
僕は、小さくため息をついてから、校長室に入った。
「素田教頭先生、朝早くからすまんね……
夕べ遅くに町の文共学習協議会からメールが入っていてね。“4月の学校訪問”の日程が決まったというのだ」
「え?何でまた、夜遅くに!」
「実は、今年、協議会も人事異動があってね……。新しい課長が厳しい人らしいんだ。
厳しいというか……融通が利かないというか……。
毎年の学校訪問は、4月と決まっているので、どうしても4月中にやるということらしい」
「それで田中校長先生、うちの学校はいつなんですか?」
「素田教頭先生……
それが、明日の午前中なんだよ……うちの町で1番だというんだ」
「えー、まだ、資料の準備も何もできてませんよ」
「それにだ、外国からきた先生に面談をさせろと言うんだよ」
「…………それって、エルフィーナ先生じゃないですか?」
「そうなんだ、その先生の力量を調べてやるって言うんだよ……どうも新しい課長は、今まで教育の職にはいなかったのに、途端に専門職気どりのようなことを言い始めたらしいんだよね……。
聞くところによると、協議会の中でもみんな困っているらしいんだ」
「田中校長先生……うちの学校が一番というのは困りますよ……どうしましょう……」
「そうだな……どうしようか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何の解決策もないまま、校長との打ち合わせは終了した。すぐに、明日の学校訪問に際しての資料だけはそろえる準備を始めたんだけど……。
今年の学校経営の方針については、田中校長の簡単でいい加減な文書に肉付けし、どこに出してもどうとでも受け取れるように八方美人的に膨らませた。
大抵の経営方針なんてこんなものだ。
説明する時は、どこか好きなところだけ、端折って説明しているだけで、文書全体を見ると誰が作っても同じものなんだよな。
今年度の重点は、昨年度の重点の続きとなるような書き方に変えておき、ポイントだけを少しずらしておくんだ。
後は、今年の職員一覧を作る。今年の課題は、30歳以下が8割を占めることが最大のポイントだな。初任者3名、期限付き3名と、総勢40名の職員にしてはバランスが悪い。
これも、国全体の教育に対する仕事の軽重が甘すぎるのが原因んだが、政治家はそこまで面倒見てくれない。
だからうちの校長のように異世界に頼らざるを得ないという訳である。だけど、そんなことを資料に載せる訳にいかないし………。
まあ、確実に当たり障りのない理由にすり替えたものにして報告書を作成して、学校経営訪問に臨まなければならないんだけど……。
まあ、その辺、うちの校長は、適当だから、のらりくらりと説明をはぐらかすのであろうが……今年の課長に通じるかが問題だなあ……。
最後に校長から宿題を出された。
今日家に帰ったら、エルにこの事を話しておいてほしいというのだ。簡単でいいから、「明日の面談を頼む」と言われてしまった。……あーはー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……エル、明日、協議会の人が来て話を聞きたいそうなんだ……頼むな」
「大丈夫よ……それより直人、今朝より疲れてるね……これ?」
エルフィーナは、手に毛布を持って心配そうに僕を覗いてきたが
「こめん、今晩は、明日の準備をしなきゃならないんだ……また今度ね……」
「…………うん、わかった」
なんとなく、エルの返事も元気が無いような気がした。
その晩、僕は、徹夜でパソコン🧑💻の前に座り、文書を作った。夜中も過ぎた頃、僕は、頭がぼーっとして文書も間違いが多くなってきたんだ。
そんな時、僕は何だか背中が暖かくなってくるのを感じた。
その温もりは、頭も蘇らせ、気力も沸いて来るように感じた。
振り向けば、そこにはエルフィーナがどこからか椅子を持ってきて、毛布をかぶって、そのまま僕の背中にくっついて眠っていたんだ。
僕は、今日も又その安心感の中で幸せの暖かに浸ってしまった。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます