第11話 誕生!エルフの学級 3(手のぬくもり)

山田やまだ先生、少し話したいことがあるんだけど……」

 僕は、次の日の朝、学校で誰も居ないのを確かめたうえで、廊下の隅でエルの同僚の山田先生に声を掛けた。


「あ、素田すだ教頭先生。何かご用ですか?」

「んー、用というほどでもないんだけど……君は、大丈夫だと思うかい?」


「ああ~……」

 山田先生は、さすがベテランだ。すぐにわかった。


「心配症ですなー素田教頭先生は……。

 まあ、仕方ないか。

 ……エル先生は、大事な人ですものね」


 ニヤっと笑ってそういう言うので、何か勘違いしているような気がして僕は慌てた。




「そんなんじゃないぞ……、エル先生は、初めて先生をやるんだから、大変だと思ってだな……」


「あーはいはい。でも、大丈夫ですよ。

 私も、6年団のみんなも、しっかり見ています。……それに、エル先生の見立ては正しいですよ。」


「見立て?」


「そうです……今、6年2組の子ども達は、花村先生と別れて、パニックになっているんです。

 普通は、5年から6年になる時は、同じ担任が持ち上がりなんですが、自分達だけが、担任替えになったんです。

 しかも、花村はなむら先生との十分なお別れ会もできませんでした。本当は、春休み中に何かやろうって言っていたんです。でも、急にお産になってしまったので……」


「そうか……子ども達は、本当に申し訳ないことをしたな」


「エル先生は、そんなことまで全部お見通しでしたよ……だから、今は、落ち着くまで刺激をしないで黙っておくことにしたらしいんです」


「そんなことまでわかっていたのか……すごいな彼女は……」





「でも、僕は思うんです。僕の受け持っている“橋本美穂はしもと みほちゃん”が救世主になるんじゃないかとね」


「あ、エル先生の羽根が見えるって、言った子だね……」





「素田教頭先生は、エル先生の羽根は見えるんですか?」

「え?……い……や……ん……あ……ん」




「ああ、別にいいんです……私には見えませんから。

 ……大人はどうでもいいんです。

 ……でも、子どもなら

 ……きっと見えるんじゃないかと思うんです。

 ……見えることに気が付かせてくれるのが“美穂”なんです。

 …………みんなが気付けば……きっと奇跡が起きそうな気がします。

 それは、私の夢かもしれません。

 夢でもかまいません、私は、信じています……」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※授業中なので、素田教頭は見ていません。



「それじゃ、今日の授業をはじめます。

 新学期の最初なので、みんなの好きなものを描いてもらうことにします。

 自分の気に入っているもの、見えるもの、何でもいいです。

 この画用紙に描いて、私に教えてください」




「さあ、美穂ちゃんも好きなものを描こうか」


「うん、山田先生、でもね……私、描きたいもの決まってるのよね~」

「え?もう、決まってるの?

 ……じゃあ、いいよ、好きに描いてね、先生は他の子の絵を少し見て来てもいいかな~」

「いいよ~」





・   ・   ・   ・   ・




「あ!エル先生―」

「どうしたんですか?山田先生。あ!」


 橋本美穂は、自分の画用紙に鉛筆だけできれいなエルフィーナのデッサン画を描き上げ、尚且つ背中にはきれいな4枚の羽根を描いていた。


「美穂ちゃん、今日の羽根は4枚なのね」


「うん、今日はね、4枚ともとってもきれいな羽根なの。

 この間見えた、後の1枚はとっても悲しかったんだけど、今日は見えないわ。

 ……エル先生?……悲しい羽根はしまったの?」




「……よくわかったのね。

 あの悲しい羽根はね、もう大丈夫って言ってくれる人がいるの。だから今は悲しくないから大事にしまっておくことにしたわ……」



「よかった!……エル先生が、悲しかったら、美穂も悲しくなちゃう」

「そうね」


「何言ってんだ!適当な事いうなよ!」

 学級の中の男の子が叫んだ。


「おい、何を言うんだ東山君……」

 山田先生が、注意しようとすると、別の子も言った。


「美穂ちゃんはね、よくそういうことを言うの。

 知りもしないで、大人は適当に話しだけ合わせるのよ、いい加減にしてよ。

 美穂ちゃんは本気なのよ。

 信じてないでしょ!」


「由香、お前まで、何てこと言うんだ」


「だって、いつもそうなのよ、美穂ちゃんのいうことを信じるのは私達だけなの、でもその私達を信じてくれる人は、ほとんどいなかったわ」


「静奈まで、……そんなことなかっただろう」




「そうだな、そういえば、花村はなむら先生だけはいつも信じてくれたもんな……、でも、今はいないんだ……」





 黙って話を聞いていたエルフィーナだったが、静かに口を開いた。


「進太君、いつも花村先生は信じてくれたんでしょ……

 きっと今だって、美穂ちゃんの描いた絵を見て信じてくれるはずだと思うのよ。

 そうでしょ」


「そりゃ、絶対にそうだよ」


「美穂ちゃんはね、真実を見る力をもった子だって花村先生が言ってたわ……。

 どんな時だって、誰にも左右されず、真実だけを見つめるんだって……。

 もちろん、あなた達もそんな美穂ちゃんを信じる子達だって言ってたわ……。

 花村先生が………」


「どうして、あんたに、そんなことが言えるんだよ」

 

「この間、花村先生がこの学校に来て赤ちゃんを産んだ時、私は花村先生のお腹に触ったのよ。

 そうしたら、お腹が痛いと言っている間も、花村先生は、学級のみんなのことが心配でたまらないというメッセージを同時に私に送ってきたの。

 ほんの少しだったけど、この手にまだ残っているわ」



 橋本美穂が、エル先生の傍に来て、その手を思いっきり握りしめた。🤝

 次の瞬間、美穂の目から大量の涙が流れ落ち、美穂は大声を出して泣き出した。



「ああーあーあーーーーーああーーー」



「どうした?美穂ちゃん」

 クラスのみんなは、慌てて美穂に駆け寄った。


「花村せんせーーーい」

 美穂の顔は、花村先生に会えた嬉しさの涙で満たされていた。


 それを見た、クラスの仲間は、我先にとエル先生の手を取り、目をつぶった。

 間違いなく、その手の奥底には、花村先生の懐かしいにおいが満ちていた。


 そして、6年2組の子ども達が目を開け、次に見たものは、

「「「「「「「「エル先生―――、羽根がーーーーー」」」」」」」

 奇跡と呼べるものだった。


「エル先生、ごめんよー。オレたち、先生も信じるよーー」

「大丈夫よ、もう寂しくないわ……みんなで……、おいで美穂ちゃんも……」




(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る