第8話 ところ変われば、エルフも人材活用! 5 (気持ちの引継ぎ)

「それでは、引き続き新年度の学校経営の方針説明に移ります。異動いどうしてしてきた先生達は、ご自分のデスクの場所がわかるでしょうか?」



 異動者の紹介と挨拶の後は、校長からの学校経営方針説明があるんだ。


 この会議を開いている職員室は校舎の最北端にある真四角な部屋で、一面は職員・来賓玄関に繋がる扉が有り、もう一面には校長室へ入るドアがある。

 もう一面は校内に続く廊下への出入り口が有り、後は窓になっている。

 窓の外は、グラウンドに面していて、子ども達の遊ぶ様子がよく見える。

 



 職員室の中は、学年ごとにデスクが配置され、かたまってあちこちに“島”を作っている。

 校長室側の面に、校長、教頭の僕、事務職員と横一列に並ぶが、後は、適当にバラバラだ。

 ただし、今回6年団の島は、ボクの机の前になるようにしたんだ。だって、そこにはエルフィーナ先生が加わることになるからね。




「エルフィーナ先生は、こっちですよ!」

と、僕が手招きして6年団の方に呼び、空いている机を指さした。


「ありがとうございます」

 彼女は、笑顔で頭を下げた。



 そして、周りにいる先生達にも声を掛けた。

「エルフィーナです。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」



 すると、特別支援担当の山田先生が、少しお道化て、

「いやあ、エルフィーナ先生は立派なものだ。さっきの挨拶といい、今の挨拶といい。

 うちの嫁も最初はあんなことを言っていたが、あそこまで落ち着てはいなかったな~。だけど今じゃね~あはは、ねえ、教頭先生も気を付けなさいよ、あはは……」

と、言ってきた。


 どうも僕よりだいぶ年上なので、ふざけ方も年季が入っているんだ。




「ところで、これは、エルフィーナ先生の文房具なんだけど、学校で必要なものをとりあえず用意しておきました。使い方や片付ける場所などを教えてあげてください。

 何せ、この仕事は初めてなものですから、よろしくお願いいたします。」

 


 僕は、今朝、家から持って来た段ボールを、特別支援担当で隣の机の一条由香里先生に渡した。


「任せてください。じゃあ、早速ね、エル先生はここ座ってね、あ、“エル先生”って呼んでいいかしら?」




 一条先生は、気も効くし、気さくで、本当に人のお世話が大好きなんだ。

 僕は、ついうちの母ちゃんと比べてしまうけど、勝とも劣らない世話好きだと思っている。



「もちろん、嬉しいわ。私から、お願いしようと思っていました」

「ほんとう?私も嬉しい。じゃあ、6年団ではエル先生でいい?」

「お願いします」


 エルフィーナは、本当に嬉しそうだった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 しばらくして、他の学年団も落ち着いた頃、校長の年度経営方針説明が始まった。

はじめに、プリントが数枚配られた。(もちろん、僕が配るんだ……)そして、説明。



「……詳しい説明は、すべてこのプリントに書いてあるので省略します。今年の学級担任、分掌配置、特別係などです。

 後は、経営方針です。名前とか間違ってたら言ってね。

 ……それから一番大事なのは“常識”ですからね。よろしく。以上で終わりです」




 そう、これで終わりなんだ。

 校長は、誰が失敗しても、何かがうまく行かなくても、決して文句を言わない。


 いつも“常識です”で終わる。実は、自分が一番常識外れなことをしてるんだけど。

 校長の話は、いつも短く、簡単だ。単純明瞭なんだ。


 だから、先生達は、喜んでいる……だけど……。




「何か、経営の方針に対して質問はありませんか?」

 司会者が、尋ねる。


「はい!」



 おいおい、なんでエルフィーナが質問するんだ?変な事聞いて、藪蛇になったらどうするんだ!僕は、ドキドキしてきた。



「エルフィーナ先生、どうぞ」


「はい、……“常識”って、誰の常識で考えればいいですか?」


 エルフィーナは、立ち上がって真っすぐ前を見て堂々と質問していた。

 何の駆け引きや下心がないことは、見ていてもすぐにわかった。



「エルフィーナ先生は、良いところに気づきますね。

 “常識”と言うのは、千差万別なのです。では、どうしてそのようなことが起きるのでしょうか?エルフィーナ先生はわかりますか?」



「たぶん種族の違いとか、文化の違いとかですか」


「そうですね……もう少しわかりやすく言うと、立場の違いでしょうか。

 同じ人間でも、立場が違えば、“常識”が変わってきます。

 去年からお願いしていることは、単に“常識”ですり合わせをしてくださいということではなく、どうしてそのような“常識”になっているかを考えてくださいとお願いしているのです。

 エルフィーナ先生にとって、初めて触れる“常識”が多いかもしれませんが、周りの先生達と協力して、ぜひ解明していってくださいね。お願いしますよ」



「はい、わかりました」



 何となく、エルフィーナの質問のお陰で、校長のお話が、いつもの100倍は値打ちが上がったような気がした。

 

 それから後は、学年の時間になり、新学期の打合せに入った。







「いやーエル先生は、すごいね。よく質問できたね」

と、褒めたのは、1組担任の平野凡太ひらの ぼんた先生だった。


 彼は40歳のベテラン教師なのだが、見た目が若作りで少し調子のいいところがある。

 ただ、どんな時にも人を褒めて活躍させることができるという特技をもっていた。



「そんなことはないですよ。ただ、わからなかったので、聞いてみただけです」

 エルフィーナは、少し困ってしまったような顔をしている。



「いやいや、僕達なんか、去年1年間、さんざんあれを聞かされたんですよ。でも、誰も疑問に思ったり、質問したりしなかったもんな。

 やっぱり先入観ってのはダメだね。真っ白な気持ちで物事を見ないと」




「今更、凡太先生は、真っ白っていうのは無理じゃあないかなあ……」


「ああ、酷いなあ山田やまだ先生ったら、僕はまだ山田先生より10個は若いんですからね」


「あはは……すまんすまん……」




 そんな楽しそうな6年団の打合せが始まってしばらしくして、1人の来客が職員室を訪れた。


「やあ、いらっしゃい咲楽さくら先生。お体は、大丈夫ですか?」

「はい、何とか。いろいろご迷惑をおかけしまして。私の後任が決まったと聞きましたので、ご挨拶をと思いまして……」


「何をおっしゃいます。お電話でよかったのに……。兎に角、校長室へ」





「田中校長先生、咲楽先生がいらっしゃいました」

「おお、そうか。6年団のみんなも呼んであげて」



「校長先生、いろいろ申し訳ありません」


「何をおっしゃいます。あなたは、頑張ったんですよ。もっと早く産休を取ってくださいとお願いしたのに、区切りのいいところまでといって、頑張ってしまわれて。本当に申し訳ありませんでした」



「いいえ、こちらこそ、すみませんでした」



「お礼を言わなければならないは、こちらです。ありがとうございます。おかげでいい先生が見つかりましたよ」






「サクラちゃーあん🤣」

 一条いちじょう先生が泣きながら校長室に飛び込んで来た。


「ゆきちゃん、遅くなったわね。引継ぎに来たわよ……」


「うん、えっとね……サクラちゃんの引継ぎするエル先生ってね、すごくいい人よ。」


「初めまして、エルフィーナと申します。6年2組を任されることになりました。よろしくお願いいたします」




 屈託のない笑顔で挨拶するエルフィーナを見て、咲楽先生は心底安心したのか、大粒の涙が溢れてきた。


「サクラちゃんどうしたの?」


「え?うん、あ、安心したのかな?

 私の初めての卒業生だったの。卒業生になるはずったの、あの子達。そんな子達を任せる人が、どんな人なのか……」


「何言ってるの?たとえ、どんな人が来ても、私達、学年団がいるじゃない、私達が守るわよ!」



「うん、ありがとう、みんな…………う……ん……ウ……ウ……」



「どうした?花村はなむら先生!」

 傍に居た平野先生が、うずくまった花村咲楽はなむら さくら先生を抱き起そうとしたので、僕が止めた。



「すぐに養護ようご山本やまもと先生を呼んで来て、それから隣には女の人が、男性は校長室から出て」


 花村先生の出産予定日は、来週だったはずだ。

 それでも、本当は3学期から産休に入るはずなのだが、5年生を終えるまではと頑張りぬいた。

 増してや後任の代替え教員がなかなか決まらなかったので、引継ぎもできなかったんだ。




素田すだ教頭先生、これは出産が近いということだと思います。救急車を呼んだ方がいいのではないでしょうか?」


「田中校長、すぐに手配します」


「そうしてください」



「山本先生、救急車を頼む。

 一条先生、花村先生から病院を聞いて電話してくれ。

 おーい山田先生、花村先生の旦那さんが隣の中学校にいるはずだ。状況を説明してこれから病院に行くと伝えてくれ」





「………ウウウウウウ………ゥゥゥゥゥゥゥ…………ウウウウウ…………」





「素田教頭先生、苦しそうですよ」


 支援員の絵美里えみりさんと千恵実ちえみさんは、背中をさすりながら励ましてくれていた。

 二人は出産経験があるので何か助けになると思ったが、今はあまり役には立たないようだった。



「エル、君の妖精に助けてもらうことはできないかい?」

 僕は、内緒でエルフィーナに聞いてみた。


「うん、やってみるから、2人を避けてくれる?」


「よし、分かった。

 ………………絵美里さんと千恵実さん、花村先生を横に寝かすから、テーブルやこちらのソファーを移動してもらえるかな?」


「はい、わかりました」





「あ、エル先生は花村先生が倒れないように、準備ができるまで支えていてください」


 これでよし!今なら花村先生の傍には、エルフィーナだけだ。後は頼んだぞ!





 エルフィーナは、花村先生の横に腰掛け、片手で苦しがる上半身を抱きかかえ、もう片方の手をお腹に当てた。そして、小さな声でお腹に向かって話し始めたんだ。




「お願い、いい子だから、もう少し待ってちょうだい。もう少し待って病院に着いたら、元気に出て来てね。

 みんな楽しみに待っているわ。また、会いましょうね。

 いい子よ。

 今は、おとなしくしてね……」




 すると、痛みがなくなったのか、花村先生の表情が和らぎ、目を開けた。そして、お腹に当てられたエルフィーナの手を握り返して、微笑んで言った。




「エル…………ありがとう……あなたに会えてよかった。……子ども達もよろしくね……本当に夢のようだわ……」



 ちょうど救急車が到着し、花村先生が運び込まれる時、エルフィーナが耳元で小さな声でささやいた。


「あなたの坊ちゃんは、とっても元気な子よ。そして、すごく優しくていい子だわ、もうすぐ会えるから頑張ってね」








 そして30分後、かわいい男の子が誕生したと、学校に連絡が入った。

 赤ちゃんもお母さんも共に元気であると聞き、学校にいるみんなが大喜びした。


 もちろんエルフィーナも大喜びだった。




(つづく)

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