第7話 ところ変われば、エルフも人材活用! 4 (素敵な目覚め)

「……おと……なおと…直人なおとったら!早く起きて、準備しなくていいのかい?」


「う?……うん……今やるよ……」


「初日から、エルちゃんに遅刻させちゃ、だめだろう?……学校職員の新学期は、4月1日から始まるんだって、いっつもお前が言ってるだろうに……」





「エルちゃん?…………あああ!!!母ちゃん、エルフィーナさんは、どうした?」




 僕は、昨日の出来事を思い出した。そして、今年度の新学期はまったく今までとは違ったプレッシャーがあったのだと、気付いた。


 変だなあ、普通だったら、緊張して夜なんか眠れるはずがないと思っていたのに……緊張もプレッシャーもなく、まるで何事もなかったかのようにぐっすり眠れてしまった。





「可笑しいよね?いつも学校行事の前は緊張して、ソファにまるまって朝まで起きてて、次の日は、早起きしてるのにねえ~。お前、ぐっすりだったじゃないか」


「じゃあ、エルフィーナさんの方が一晩中寝てなかったんじゃないの?」


「……それがさ、エルちゃんも気持ちよさそうに寝てたよ。ただね、女の子は、朝の支度があるだろう、悪いとは思ったけど先に起こしちゃったんだよね」


「ああ、それなら、よかった」




 なぜか、母ちゃんは、妙に嬉しそうにしていたが、特に何も言わなかった。

 そんな話をしているうちに、エルフィーナが身支度を整えてやって来た。


「どうだい、これでどこから見ても学校の先生らしいだろう?……後は、お前がもう少し体を鍛えれば、若いお嫁さんとも釣り合うからがんばれよ、な!」



 最後の部分は、僕にしか聞こえないように小さな声で言って、朝食の準備に行った。




「……どうですか?」


 とにかくスタイルがいいので何を着てもよく似合うが、母ちゃんの見立ては大正解だった。

 チノパンツなのだが、生地が違う。

 仕事がしやすいようにと、少し厚手のジャージ生地で出来ているので、伸縮自在だ。

 薄いブルーのブラウスに赤のリボン。

 それに緩めに編んだカーティガンを羽織っている。

 カーティガンとパンツは、アイボリーで統一したので、エルフィーナの印象が、より明るく感じた。



「…………着てみて、エルフィーナさんは嫌じゃないですか?」



「お母様が言っていました。

 これは、戦闘服だと……だから、私は平気です。どんな服でも、戦ってみせます。

直人との契約を守るために」



 母ちゃんめ……余計なことを言うし。


「えっと……。エルフィーナさん、戦闘と言うのは、“比喩”だからね。……あ、“比喩”ってわかる?」



「実際にはないことを、あるもものように例えること、ですね」



「そうそう……」


 そうか、最初にエルフィーナさんは、国語辞典の妖精と仲良しになったんだっけ。


「あ!じゃあ、実際に戦闘は起こらないんですね」


「そうだよ。母ちゃんは、そのぐらいのつもりで、仕事を頑張れって、言ったんだと思うんだ」



「はい!わかりました……ならば、とっても気にいっています。

 実は、戦闘用にしては少し心細かったのですが……そうでなければ、とってもきれいで、他にもいろいろ使っていいよって、見せていただきました」


「ああ、その辺は、母ちゃんのセンスはずば抜けているから、信用していいし、自分の着たいものを着ていいからね」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 朝食後、出勤の準備をしていると、儀式用にと、同じ色のスカートとジャケットも渡された。

 ブラウス、リボンはそのままで、スカートとジャケットに着替えれば、とりあえず学校の先生ならどこにでも行けそうだ。

 もちろん、校内用の上靴は、バレーボール用運動靴。

 外用は、通常のスポーツシューズと皮のローファーシューズ。

 もちろん、まだ外は雪が残っているので、防寒ブーツと長靴も持たされた。




「直人、今日は車🚗で行きなさい。他にも持っていく物あるだろう?」

「ああ、そうするわ………今、リモコンでエンジンをかけておくから」


 すぐに使う物ばかりではなく、とりあえず車に乗せておいて、暇なときに降ろすことにした。特に新学期は、何が起きるかわからないので、用心に越したことはない。


 

 僕は、茶の間の戸棚から車のリモコンを出してスイッチを入れた。

5秒後に〔スタートOK〕の表示が出た。すると、すぐにエルフィーナが走って来て、血相を変えて僕に詰め寄って来た。


「お、お、お前、やっぱり異世界人だったのではないか?」


「落ち着いて、エルフィーナさん。どうしたの?」


「今、外の車とやらが勝手に動き出したぞ。お前の魔法じゃないのか?

 それとも、おまえも、妖精と話ができるのか?」



 僕は、可笑しくて笑いそうになったが、ぐっと我慢して説明した。


「こっちの世界に、魔法を使える人はいないんだ。少なくとも僕は知らない。

 その代わり、科学技術というのが進んでいて、電波というものを使って、遠くの機械を操ることができるんだ。外の車のエンジンをかけたのは、このリモコンだよ。

 例えば、このリモコンだとテレビのチャンネルを変えられるんだ。

 こっちは、部屋の電気を消せるしね。ほら!」




「あああああああ!」

 彼女は、本当に驚いていた。



「そうか、こっちの世界では、その“リモコン”で、妖精を動かすんだな」


「いや、違うって……機械しか動かないから。さあ、荷物を積むのを手伝っておくれ」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 4月とはいえ、朝の6時半だと外気温は、まだマイナスだ。

 エンジンに余熱を掛け、室内の暖房が効くまで最低10分はかかる。

 でもまあ、これだけの荷物を工夫して積まないと、軽4駆には積めそうもないのでちょうどいい時間かもしれないと、僕は思った。

 学校へは、車なら5分もかからないので早めに校長と打合せもできるし、丁度いい。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「さあ、着きましたよ。エルフィーナさんは、上靴だけもってください。

 僕は、こまごましたものが入った、この段ボールだけ持ちます。

 後は、この車に積んだままにしておきますので、必要な時に言ってください」


「わかりました」



 あちこちにまだ白いものは残ってたが、グラウンドはもうすっかり土が出ていた。

 たぶん、3月の早い段階に、少年団が融雪剤を撒いたおかげだろう。

 確かにあと1週間ほどで入学式だ。


 何かと気忙しい季節になるが、今年はいつもと様子が違ってきそうな予感がする。



「直人、行かないのか?」

「ああ、今行くよ。……エルフィーナさん、申し訳ないが、学校では、僕のことを“素田教頭先生”と呼んでくれないだろうか?……他では、何でもいいから」



「……うん、わかった……スダ教頭先生……これでいいか?」

「ありがとう、エルフィーナさん」



「……じゃあ、私も、学校以外では、“エル”とだけ呼んでくれないか?」

「……そっか、……お互いの頼みは聞くもんだよな……エル」

「よし!」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おー待ってたよ、素田教頭先生、エルフィーナ先生」

 校長は、昨日に増してニコニコとした笑顔で2人を校長室に迎えた。


「どうしたんですか?昨日、僕達が帰ってから、何かいいことがあったんですか?」


「お!わかるかい?

 そう、すべてうまく行ったんだよ。まず、これをエルフィーナ先生に渡しておくよ」



 校長が渡してくれたのは、なんとエルフィーナの

“戸籍”

“住民票”

“教員免許状”

“産休代替え教員採用通知”

“健康診結果”等、大里山小学校に勤めるための必要最低限の書類だった。



「どういうことですか?田中校長先生……」


「私は、何もしとらんよ……ただ、町の協議会じゃ埒が明かないと思い、県の文共局に問い合わせたところ、すべての書類はもう提出されていて、手続きも済んでいるとのことだったんだ。

 それで、コピーを送ってもらったわけさ。もう、これで何も障害はなくなったんだ」



「ひょっとして、これが、エルフィーナさんの魔法なのかい?」




「私もよくわからないわ……

 でも、あの時、校長先生は、私を呼ぶことは“夢だった”と言ってくれた。

 そして、最初から一度も、私を疑わなかったわ……

 だから、校長先生の夢が実現するようにうまく運んだのかもしれない…………」





「まあ、何でもいいじゃあないですか。何回も言うけど、これで正式にエルフィーナ先生ですからね!」


「はい、わかりました」


「いやあ、それにしても、立派なお姿です。どこから見ても、学校の先生ですよ!」


「いいえ、これは、素田教頭先生のお母様に選んでいただきました」





「ほー……それから、言葉遣いも見違えるように上手になりましたね」

「いいえ、これは、田中校長先生から貸していただいた文庫本が役に立ちました」


「大事なことを聞き忘れていました。私が知っているエルフというのは、特徴的な耳をしているのですが、エルフィーナさんの耳は拝見できません。私達と同じなのでしょうか?」



「そうですね。エルフにもいろいろいて、年齢が増すにつれ、耳だけが成長するものがいたり、はじめから大きな耳を持っていたり、耳は小さいのですが形が少し違ったりするのです。私のは、こんなのです」



 髪の毛を避けて見せたエルフィーナの耳は、確かに普通のエルフより小さかった。というより、教頭と同じくらいだった。ただ、ちょっと形が細長かっただけだった。


「おや?素田教頭先生の耳も細長いじゃありませんか!」


「あははは……親戚なのかな……」




「そうかもしれませんね。それはよっかたです。

 じゃあ、そろそろ先生達に紹介しますから職員室に行きましょうね」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 4月1日は学校にとっての仕事始めだ。

 まだ、子どもは登校して来ないが、職員には異動があったり、中には退職や新採用などがあったりする。

 また、県単位の事業により定数以外の加配される教員がいたり、産休・育休に入る教員の代替えで期限付き採用になる教員がいたりする。



 通常は、それらの教員の他に、学習指導はしないが児童の生活の面倒をみる生活支援補助員だとか、特別事務加配補助員だとか、様々な人達がいる。

 すべて、採用が間に合えば、この日に集まり、顔合わせを行うのが通例となっているんだ。





……………………………


 エルフィーナは、今回、なかなか見つからなかったということもあり、校長からの紹介は最後になった。


「……詳しい紹介は、お手元のプリントで省略しますが、6年2組の担任をお願いします“エルフィーナ”先生です。

 事情があって国籍は明かせませんが、日本語には精通していますので心配しないでください。素田教頭先生の遠い遠い親戚だというこが判明しました。

 ただ、すごく遠いので結婚はできるそうですが……」



「あのう……田中校長先生……余計なことは挟まなくていいですから……」



 また、こんなところで、笑いのネタにされてしまった。みんなも、そんなに、笑わなくてもいいのに……。



「ああ、すまんすまん……

 だから、エルフィーナ先生は、素田教頭先生の家に下宿しています。

 この国には、まだ慣れていませんから、みんなで助けてあげてほしいです。

 どうぞよろしくお願いいたします」


 

 職員40名から大きな拍手が巻き起こった。


 

 そして、本人が前に出て、みんなに向かって頭を下げてから、笑顔で……


「私が、エルフィーナと申します。

 慣れないことが多くて、皆様には、たくさんのご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


と、緊張もなく挨拶を済ませた。



 これは職員の度肝を抜いた。流暢な日本語な上に、簡潔で明瞭な内容だった。

 加えて、なぜか人の心をひきつける音色も持っているようだ。

 拍手がいつまでも止まらなかったので、僕が軽く咳ばらいをして止めた。




(つづく)

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