第4話 ところ変われば、エルフも人材活用! 1 (エルフと同居?)

 ………では、エルフが出現した校長室から、時間を進めます……



 校長は大喜びしていたが、僕はただただ見とれていただけっだ。

 僕の真横で光輝いたその中心には、凛とした姿の女性がいた。目は閉じていたが、まっすぐ前を見据えソファーに座ったまま、身じろぎもしていなかった。



 僕は、間近かでその高潔さを感じ、見ることができただけで幸せだったのに……つい声を掛けてしまった。


「……あのー……あなたは、エルフさんなのですか?」




 光も消え、彼女は静かに目を開けると僕の方に顔を向けた。

 肌が白く、つぶらな瞳をしている彼女は、本当に若い女性だった。

 肩よりも少し長い髪は、ボリュームがあり、前髪も含めてあちこちウェーブがかかった、真っ黒な色をしていた。




「…★*§☆…ΔΦ…・・・・・」


 口が動いた。しかし、何を言ってるのか分からなかった。僕もそう感じたが、校長先生も同じく感じたようだった。



 しかし、心地よい音が……響いた?……流れた?……聞こえたような気がした。

 


 テーブルを挟んで、ソファーに座っている田中校長が、何かを言っているようだった。しかし、その言葉は、僕にも彼女にも届いていなかった。


 彼女はもう一度口をつぐみ、校長室の中をゆっくりと見渡していた。




 しばらしくして本棚の一点に目を付け、右手を真っすぐに伸ばした。まるで北欧の妖精のようだと僕は思った。

 神話に出てくる小さな神々が身に付けているレースの布地は、バラの花弁のように幾重にも彼女にまとわりついていた。


 伸ばした右手も、この布地に包まれていた。淡い色だということはわかるが、何色なのかは説明ができないほど不思議な感じだった。




 右手の指先をたどると、校長室に置かれた古く分厚い国語辞典があった。そして、その国語辞典の周りから、この布地と同じような不思議な色の光の粒がいくつも飛び出し、回転したかと思うと彼女の中に消えていった。




 再び彼女は、僕の方を向いて、口を開いた。


「お前か?……我を呼んだのは……」


 今度は、はっきり聞こえた。





 声は、先ほどの心地よい音のものではなかったが、張りのあるしっかりしたものだった。


「……え?呼んだというか……お願いしたいというか……そういう予定だったというか……」


 僕は、自分でも何を言っているかわからないくらい焦っていたし、状況が分からなかった。




「これを書いたのはお前か?……と、聞いているんだが……わかるか?」

と、言って彼女は、レースの布地の間から1枚の紙切れを取り出した。よく見ると、それは夕べ僕が徹夜で書いた“ギルドお仕事依頼状”だった。



「やっぱり!素田すだ教頭先生、やったんだよ!あなたの書いた依頼状がギルドに届いたんだ!すごなー」


 校長は、涙を流して喜んだ。



 きっと、自分が想像した“異世界なんとか”がうまくいっただけで、もう満足したんじゃなかと思った。


 ……だけど僕は違った。……どうも僕は、関係者になってしまったようだ。

 彼女を異世界から呼んでしまった張本人ということだ。

 どうやって呼んだかはよくわからないけど、何となくしっかりやらないと、とんでもないことになりそうな気がした。




「お前が、素田直人すだ なおとか?」

「はい、そうです」

「じゃあ、ここに書いてある、“衣食住と安心💖で安全な生活”というのは、お前が保証してくれるのか?」


 彼女は、美しく、可愛い容姿をしているのに、少し硬くて棘のある言葉を使った。

何となく違和感はあるが、まっすぐに目を見つめられて問われる僕は、どこか他人のような気がしなかった。



「ああ、大丈夫だよ……。

 素田教頭先生はね、独身だからね、一緒に住んじゃえばいいんだよ。それにね、今のうちの国じゃ平和で安全だから、楽しく暮らせるよ。

 魔物やゴブリンとかも攻めてこないから安心してね」



 田中校長が話しているのは、昨日読んだ本の世界のことじゃないかと思った。たぶん、知ったかぶりで話しているような気がするんだけど……。


「……え?……ん?田中校長先生!一緒に住むって?……どういうことですか?」




「ああ……別にいいじゃないですか……下宿ってことでも。

 ……素田教頭先生の家、昔は、寮だったんでしょ?……聞きましたよ……お母さんが、今度、下宿でもやってみたいって言ってましたからね……」



 母ちゃんったら、誰にでもそんなこと言うんだから。


「じゃあ、素田直人、お前と契約ということで、いいな!」


 普通だと、こんなに美しく可愛い女性と同居して一緒に仕事ができるうえに、面倒をみる契約を結ぶなんて……まるで奇跡だ!……って、すぐに喜んで了承したくなるようなものだと思うんだけど、僕には信じられなかった。



「はいはい、素田教頭先生。これで、学校も人材確保できるんだから、あきらめてね……」


「……え?……決定?……いいの、本当に?」

 



 契約は結ばれてしまった。彼女にとって、嬉しい契約のはずだと思ったが、眉一つ動かさなかった。


 僕にとっては、先行きの不安で、涙がこぼれるのを我慢するのに精いっぱいだったのだが…………。



(つづく)

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