第3話 学校だって、ハローワーク? 3(依頼状)

「……ただいま、母ちゃん……」

「お帰り、今日は、早いんだね……」

「うん、ちょっと、家でやらなきゃならないことがあってね。……今晩は遅くなるから……俺にかまわなくていいからね」



「あーあ、まったく早く帰ってきたと思ったら、家でも仕事かい。

 これじゃ、お嫁さんを探す時間もありゃしないじゃないか……たまには、どっかに遊びにでも行って来なよ」



「いいから、もう。母ちゃん、早く晩飯を食わしてくれよ!」


「イケメンじゃないけど、ちょっとぷっくりした顔立ちは、母性本能をくすぐると思うんだけどな……“可愛い”とか言われないのかい?」


「いいから俺のことはかまわなくていいからさ……」


「まったく、これじゃあ、ただの下宿屋だね……そうだ、うちは、こんだけ広いし、部屋もいっぱい余ってるんだ。

 父ちゃんが亡くなって、もうだいぶ経つしね。

 うちには、私とお前しかいないから、本当に下宿屋でも始めようかしらね……」


「とにかく、何でもいいから、晩飯くれよ……」





 僕は、素田直人すだ なおと大里山おおさとやま小学校の教頭2年目で35歳独身なんだ。

 学校の近くに母親と2人で暮らしている。僕は、“母ちゃん”って呼んでるんだ。

 父親が生きていた頃は、家を近くの会社の寮として使っていた。

 両親は、ここで寮生の世話をして生計を立てていた。

 

 僕の母ちゃんは世話好きで、寮のみんなからも慕われていた。

 背が低くてボリュームのある体格だから、決して美人ではないが、いつも笑顔で愛嬌のある話し方は、寮のみんなも“母ちゃん”と呼んで親しくしていた。

 僕が小学生だった頃、寮のみんなに可愛がってもらったのを今でも覚えている。




「ところで、今日はどんな仕事をやるんだい?何か手伝おうか?」

 

 世話好きなのは、今でも変わらない。息子だって、他人だって、誰彼かまわず声を掛けて手伝おうとする。

 本人は親切心から声をかけるが、知らない人からすると“お節介”としか映らないんじゃないかと、息子の僕はいつもハラハラしている。




「ダーメ!学校の事だから、秘密なの!」

「えー。いいじゃない。どうぜ、うちに持って帰って来てんだから、秘密もへったくれもないじゃない」


「はいはい……そのうちにね……困ったら頼むから……その時はよろしくね」

 母ちゃんは、細かいことを気にしないので、すぐあきらめて別の事を始め出した。

 

 僕は、晩ご飯を食べた後、自分の部屋に閉じこもった。

 田中校長から借りた文庫本に目を通し、“異世界”やら“エルフ”やら“ギルド”やらを理解しようと、必死になったんだ…………。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 何だか、夢のようなお話だ……自分が知っている童話ともちょっと違うし……





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 僕は、漫画もあんまり読んでこなかったので、今一つピンとこない。

 読書は、図書室にある本📚ばっかり。

 暇な時間は、勉強ばかりしてたなあ。


 僕は、何のために……あんなに勉強してたんだろう………


 気が付けば、真夜中を廻っていた。慌てて、文庫本の巻末付録を切り取り、“ギルドお仕事依頼状”と書かれた折込の用紙を広げ、内容を確認した。





 えっと、『希望者は………

 これは、仕事をお願いしたい人だよな……

 とりあえず“エルフ”としておこう。


 クエストは………

 これは、仕事の事かな?

 正直に書いておこう。

 “学校の先生”これで通じるかな?

 “子どもに勉強を教える仕事”と付け加えておこうかな。


 レベル条件………

 なんだ?校長が言ってたな。

 “子どもに好かれる可愛い人”ぐらいにしておこう


 報酬………

 “給料”は当然かな。

 あとは、“衣食住と安心で安全な生活”ぐらいは、保障できるかな。


 依頼者………

 とりあえず自分の名前を書いておこう“素田直人すだ なおと”っと。





 まあ、これだけ書いて、明日校長に見せれば、後は何とかしてくれるだろう……

 ああ、もう明け方じゃないか……眠い…………






・・・・・・・僕は、机の上で突っ伏してそのまま眠ってしまったんだ。ちょうど顔の下には今仕上げた“ギルドお仕事依頼状”が広げてあった。


僕は、イビキ、歯ぎしり、アクビを繰り返しながら、朝までぐっすり眠ってしまった。








「直人!直人!起きなさい。遅刻するよ!」



「……あ……う……うん……朝?……ああ」



「まったく、そんな顔して、鼻水やよだれたらして、ああ涙まで流して、机の上は水浸しじゃないの?」

「……え?……ん……ああ……大丈夫……みたい?」



 机の上を手でなでてみても、なんともなく、濡れた跡もなかったので、僕は安心した。



「じゃあ、早く、朝ご飯食べて、顔洗って学校へ行きなさい!

……本当に、早く結婚すればいいのに……誰かいないの?」

「うるさいなあ……」









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



…………そして、この日、学校の校長室でエルフが出現するんだよなあ。



(つづく)

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