第2話 学校だって、ハローワーク? 2(最後の頼み)

・・・・・・・物語は、前日に遡るんだ・・・・・




「……素田すだ教頭先生、ちょっといいかなあ……」


 校長室から顔だけ出して、僕を呼ぶのは、大里山町立大里山小学校校長の田中行当たなか ゆきまさ45歳の校長先生だ。

 去年の4月に転勤してきてもう少しで1年になる。

 

 ちょっと変人だが、先生達にはそれなりに人気がある。あまり堅苦しくめんどくさいことを言わないことが、受けている。

 名前の通り“たりばったり”で、何でも適当に済ませ、楽しいことが大好き。


 最近はオンラインゲームにはまっているようだ。




「田中校長先生、どうしたんですか?」

 

 職員室に面した校長室へ行くには、ドアを一枚開ければいいんだ。でも、なかなかこのドアが“重い”んだなあ。

 これは、決して都市伝説ではないような気がする。絶対に事実だと、僕は信じる。


 校長室のドアは、重量が“重い”んじゃない。ここを開けて中に入るのが、嫌なんだ。

 普段は開いていても、校長室に謎の来客がある時、校長室で密談をする時、校長が極秘の打合せをする時などは、必ず閉まっているんだ。




 引継ぎの時、前任の教頭先生からもそう言われたのだ。



 これは、たぶんどこの学校でも同じじゃないかな?表には出ないけど!

 開けたくないなあ~あのドア🚪。



「失礼しまーす…………」


 ドアの閉まったとたん、校長室の中に結界が張られたような気がする。結界なんで見たことないけど。



 校長は、いつもにこやかに話を始めるんだ…………どんな“重い話”でも。


「素田教頭先生、やっぱり1人足りないんですよ……見つからないよー、どうしよー」




 この1年、適当に何とか過ごしてきた田中校長だったが、年度末のこの時期、とてつもないピンチに陥ってしまっていたんだ。知ってはいたが、僕ではどうすることもできない問題だ。


「例の育休代替えの3人の先生ですか?」

 僕も、形は困った風を装って、応えるしかなかった。



 公立学校では、新学期を迎えるに当たり、教員の人事について3月上旬に内示が発表される。

 まず、正式採用者の異動だ。これらは、中旬に新聞発表され確定する。

 それから、退職等もあるので不足分は、下旬に、その年の採用試験合格者から勤務校が決まる。


 最後に、それらの異動がすべて決まってから、産休・育休・教科別や事業別加配等の正式ではない特別に予算措置された教員の採用が決まっていくのである。

 ただし、これらの採用は、学校の中に働くための人的枠はあるが、働きたい(働ける)という人がいれば採用するということになるんだ。


 つまり、いくら募集しても、人がいなかったら、採用したくても、先生はいないんだよね。





 だから、学校の中には、正式に試験に受かって働いている先生と、試験に関係なく採用されて働いている先生が混じっているんだ。

 ただし、試験に受かって働いている人以外は、採用の期限が決められているんだ。大抵は、1年こっきりの“期限付き採用”になることが多いんだよね。




「うーん、2人までは見つかったんだ。あと1人が……なかなか……」

 校長先生は、笑顔なんだけど、困っているようだった。



「えーと、町の文共学習協議会は、探してくれないんですか?」

 とりあえず、僕は無難な職員採用の手順で聞いてみた。



「探してはくれてるけどね……あそこも、うちだけじゃないだろう。他もあるしね……」

「教頭先生の知り合いに、教員の免許は持っているけど、今は仕事をしていないような人はいないかい?」


 ここまで来ると、他の職業のアルバイト探しと同じになってくる。個人のコネがまかり通るんだ。




「……すみません……生憎……そんな都合のいい人は……」

「そうだよな。ただでさえ、今の世の中、学校の先生なんかやりたがらないからな……」

 校長がうつむいてしまった。下を向くなんて、楽天的な田中校長ですら、少し落ち込んでいるのかもしれないと僕は感じた。



 世間では、教員だけなく、管理職になる人も減ってきている。今では、管理職の筆記試験も無くなった。あるのは形ばかりの面接だけ。


 僕“素田直人すだ なおと”は35歳。4月で教頭3年目になるんだ。別になりたくてなったわけではないんだ。教頭になる人がいなくて、頼まれてなったんだ。


 お人よしにもほどがある。自分でもそう思うが、頼まれたらどうしても……。






「なあ、素田教頭先生……向こうの世界で探すことにしようか?」

 校長が、少し笑みを浮かべたて、突然そんなことを言い出した。田中校長は、シャレた眼鏡を直しながら背広の胸ポケットから文庫本を取り出した。




 下を向いていたのは、これを探していたんだ。……あの噂は本当だったんだ。


 やせ型で背が高く、まだ45歳と若い田中校長は、襟足こそ短くしているが前髪を少しウェーブさせたイケメンである。

 いつも背広の胸ポケットには文庫本を忍ばせていることは、みんなの噂になっていた。




「この異世界ギルドに頼むんだ」



「異世界?……ギルド?……」

 僕は、この突拍子もない提案に、声が裏返ってしまった。




 田中校長にとって、胸ポケットの文庫本は、自分の問題解決の“バイブル”になっているようなんだ。

 いつも困ったことが起きると、その文庫本に書かれていることを実行しようとするから、みんなから“行き当たりばったり”とか“当てずっぽう”などと言われていたんだ。




「ああ、素田教頭先生にもこの本を貸してあげるから参考にしてね……それからね、本の最後に“ギルドのお仕事紹介依頼”っていうのが付録でついているんだよ」



「あのー、これ、お遊びですよね……」



「うん、まあー、出版社がよくやる“販促”ってやつでね……でもね……ひょっとしたら……ね!」

 


 田中校長は、本気なのか冗談なのか、まったく分からない。

 話だけを聞くと、真面目に“異世界なんとか”というのを信じているしようようだし。



「あ!それから、素田教頭先生、気を付けて欲しいんだけど、異世界にはいろんな種族がいるんだよね

 ……できれば“人間”に近い種族にしてね……

 “ゴブリン”なんかが来ても、子ども達が怖がるからね……


 私は“魔法使い”とか“エルフ”とか“妖精”とかがいいなあ。

 ……あ、後ね、無理やり連れてくるのはダメだからね。

 やっぱりこれもパワハラがあると、後で問題になるから気を付けてね!

 ……それじゃあ、頼んだよ」



 僕は、教頭になって思うことがある。


 ……“校長って楽だよな!”……


 めんどくさいことは、全部教頭にお任せにすることが多いんだもんな。

 何?ギルドって。……何?エルフって。

 ……こんなところでも、パワハラに気を付けるの?







「……はい、わかりました」


 僕は、文庫本を受け取り、ひきつった笑顔で、結界に守られた校長室を抜けて、職員室に戻った。

 そこには、年度末と年度初めの業務に忙殺されて、忙しくしているたくさんの先生達がいたが、校長室での密談など誰も関心を持つものなどいなかった。


 窓の外は、もうすぐ4月だというのに薄暗い空から小さな雪が静かに舞い降りていた。


(つづく)


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