第31話 専門家に相談だ!!

 ツァールトのヘッドハンティングは、結果から言うと成功した。

 っていうか、王子殿下である僕に、『僕と契約して専用馬丁になってよ』って言われたら、他の貴族に仕えていたとしても断れないよね。

 ループレヒト男爵だって、ベテランの使用人で手放したくないと思っても、王族から望まれちゃったら拒否ができないし、これじゃぁ、僕って、傲慢で横暴な王子様そのものだ。

 横暴だったことは否定しない。

 今回僕が余計な口出しをしてしまったわけだけど、だからと言ってループレヒト男爵が悪かったわけじゃないのだ。だってご主人様が、使用人に頼らないでいちいち自分のところの従業員の様子を確認するわけがないんだよ。

 っていうかそんなの無理。

 二十一世紀の現代日本で変換して考えてもらえばわかるけれど、大企業の代表取締役が、系列子会社のバイトの勤務態度を把握している? してないよね? 結局のところ、そういう内部の問題っていうのはさ、各部署のまとめ役から、上に報告される。

 この世界だって同じだよ。下の使用人の問題が起きたら、まずは各部署から執事長や家令に報告されて、とりあえずそこでどうするかって事でしょう? 細かい人は上に報告するだろうし、『それぐらい自分たちで解決しろ。ご主人様に迷惑をかけるな』って言うだけの人だっているし、そこはもう部署責任者がどういった対応をしたかにかかるんだよ。

 最終的には雇用主に話が行くだろうけれど、中にはそんなのは問題にもならない些細な出来事だって、報告しない人もいる。

 そこはもうさ、そういう話を聞く立場にいる人の采配だよね。

 だけどループレヒト男爵は、自分のところの従業員たちの、就業態度とか人間関係を把握しきれなかったって、めちゃくちゃ落ち込んでしまったのだ。

 と、言うのも、ループレヒト男爵が雇っている馬丁たちには、派閥のようなものがあったのだ。そしてツァールトはそういった派閥には組していなかった。

 普通は鍛冶屋のような職人業や、馬丁のような技術職っていうのは、年功序列的なものがあるのだけど、ツァールトはそういったことはあまり気にしない、そして徒党を組む人間でもなかった。

 ツァールトは仕事以外のことで誰かと話したくないとか、一人でいたいから周囲と馴れ合いしないだとか、そういった偏屈なタイプではなく、単純に人付き合いが下手なのだ。

 冗談を冗談として受け取れないまじめな性格であったし、仕事以外では積極性に欠けるところもあった。状況が悪くなった一番の理由は、他人から馬鹿にされハブられてボッチになっても気にしなかった事だ。年下の馬丁たちからの嫌がらせについても、周囲とうまくやれない自分にも問題があると自覚はしていたので、そのことで上の人間に告げ口する気もなかったそうだ。

 おそらくツァールトは、究極のマイペースなのだ。

 好きなもの……おそらく馬に関しては、妥協しないだろうし拘りが強いんだと思う。けれど、自分のことに関しては、それほど気にしない。

 こういうタイプはさぁ、ライバル意識を持つ相手とか、気に入らないって思う人とはとことん相性が悪い。

 相手にされないってことが、バカにされているって余計に闘争心を煽ってしまうし、あと反応が薄いと止め時もわからなくなっちゃうんだよね。

 ツァールトを理解してくれる人が、クッションに入ってあげれば、起きなかった問題だと思うけれど、いなかったから起きた問題だしねぇ。

 ループレヒト男爵が後悔しているというなら、このことを今後に活かしてもらうしかないよね。

 どちらにしろ、このままツァールトをループレヒト男爵のところに置いていても、他の従業員たちにとっても良くないということで、ナハトともども僕が引き取ることになったのだ。


「ところで、ナハトってループレヒト男爵のところの宣伝馬だったんでしょう? 本当に僕が引き取っていいの?」

 って尋ねたら、ループレヒト男爵は困ったような顔をして真相を教えてくれた。

 これも僕の予想通りで、ループレヒト男爵のところに馬を買い付けに来る馬好き貴族たちが、ナハトの購入に対して苛烈な競売をしているのだと言う。

 馬主であるループレヒト男爵は、ナハトは気性が荒いし、もう古馬だし、最近は人を乗せることもできない状態だから、売ることはできないと言っているにもかかわらず、場外で勝手に競りが始まってしまった。このままではそのうち盗みに入るものも出てくるかもしれないと危惧していたのだと言う。

「ナハトを厄介だと感じたから、殿下に押し付けるとか、そういったことではないのです。馬を商売にしている身でこんなことを言うのは偽善かもしれませんが、私はやはり馬が好きなので、我が牧場で生まれた馬には、買い取られた先でも幸せになってほしいと願っています。ナハトも殿下の元にいけば、安全に暮らしていけるでしょう」

 そうだね。

 もう古馬だし、無理はさせられない。繁殖もねぇ、十五歳だし微妙なところだと思うんだよなぁ。一応、ナハトの血を引く馬は牡馬と牝馬一頭ずついるらしい。種付けが大変で二頭だけしか産ませられなかったそうだ。

 ナハトが今これだけ丈夫でいるのは、仔馬をそんなに産んでいなかったからだろう。

 う~ん、ナハトの血を引く馬が二頭か……。

 なんだか惜しいなぁ。

「今日、ループレヒト男爵のところに来たのはさ、ナハトの顔を見るためだけじゃなくって、相談があったからなんだよね」

 そう切り出す僕に、ループレヒト男爵は不思議そうな顔をする。

「あのね、速く走る馬を集めてレースをしてみない?」

 そう、僕はこの世界で競馬をやりたいんだ。


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