第32話 異世界競馬の提案
実はこの世界、馬をどれだけ美しく、そして上手く扱えるかという馬術競技はあるのだが、レース競馬がないのだ。周辺諸国にも、競馬がない。
なんで?! どうして?!
馬術競技があるなら、レース競馬があってもいいじゃない! カジノがあるなら競馬があったっていいじゃないか!!
ただ馬を走らせるだけというのが、つまらないと感じるのだろう。
だけど、僕はね、馬の力強い走りとその迫力、後方を走っていた馬が、外枠から駆け上がってトップを走っていく馬を追い抜くさまは、興奮するし夢中になると思うんだよ!
速く走る競走馬を誕生させるのは、きっとたくさんの犠牲も出てくるとおもう。
でも僕、競走馬を育てたい!
僕が馬のレースをやらないかと提案すると、ループレヒト男爵は驚いた顔を見せた。
「馬のレース、ですか?」
「うん、馬術競技はあるのにどうしてレースがないのかなって疑問に思ってたんだ」
「確かにそうですね。馬のレースが行われないのには、二つ理由があると思います。まず一つ目は、馬術競技と違って華やかさがない。二つ目は速い馬が勝つのは決まってるということでしょう」
「両方とも理解できる。だけどね、僕が考えているレースは、一直線状に走らせるものではなく、トラック状に走らせるものなんだよ」
「トラック状?」
紙とペンを用意してもらって、絵を描く。
「たぶんレースって考えると、こうスタート地点があって、まっすぐ千メーターから二千メーターの距離を走らせるって考えると思うんだ」
スタート地点から長く直線状に線を引き到達点にゴールと書く。
「僕が考えているのはこういうコース」
楕円形の円を幅を開けて三つ描く。
「こういうコースだと、直線だけじゃなく曲線もあるから、騎手の操作の腕が必要だよ」
「確かに!」
焦って一気に形にするのではなく、まずコース作りから始めて、少しずつ形にしていきたいのだ。
「この楕円形のコースを内と外の二トラックにして、芝とダート……砂のコースにしたいんだ」
「すると、芝のレースと砂のレース二つできるということですね」
「うん、一周千八百から千九百ぐらいの距離かな? どうかな?」
「いいですね。これは良いですよ」
「ちゃんとしたルールは、おいおい決めようと思うんだ。レースをしていて不具合が生じたら、ルールの改定もありだよ。あとレースの勝敗の判定には、魔術塔にも協力してもらおうと思ってるんだ」
「それがいいでしょう」
一通り話を聞いたループレヒト男爵は、真剣な顔で訊ねる。
「殿下、これは国営事業にするおつもりですか?」
「うん、ダメかな?」
「いえ、ダメなことはありません。むしろ国でやるべき事業です。ですが、これは私だけでは無理です」
「うん、そこのところはね……。ちゃんと頼りがいのある人に、相談してあるし、今後はその人にも手伝ってもらうつもりなんだ」
僕がそう言うと、ループレヒト男爵はほっとした顔をする。
「僕がループレヒト男爵にお願いしたいのは、馬を扱っている他の貴族にも声を掛けて欲しいんだよ」
ループレヒト男爵は、アインホルン公爵の寄子だから、ほかの貴族からも信頼もあるだろうし、馬関係の繋がりだってたくさんあるはずだ。
「ループレヒト男爵は、今までたくさんの馬を見てきたよね」
「はい」
「その中にはさ、速く走れて、スタミナもあって、そういういい馬がいたと思う」
「えぇ、ナハトのような馬は、確かにいました」
「競馬レースなら、そういう馬を見つけることができる。速く走った馬をかけ合わせて、後世に残して行くこともできる」
「殿下……」
「ナハトの血を引く馬が、後世に名を轟かせる競争名馬になったら、浪漫だよね?」
するとループレヒト男爵は目を見開く。
「ナハトには、仲の良い馬がいたんです」
「そうなの?」
「えぇ、蹄の形が綺麗な左右対称で、額から鼻にかけて白い流星があった栗毛の馬でした。ナハトのような好き嫌いが激しいわけではなかったのですが、これがまた究極のマイペースな馬でしてね。他の馬はナハトの威嚇に驚いて逃げるのに、メテオーアは全く動じなくて、そこがナハトも気に入ったのでしょう。メテオーアがいるとナハトも比較的言うことを聞いてくれる状態だったんです。でも、六年前の春でした。早朝にメテオーアの馬房に向かったら、もう息を引き取っていたんです」
「げ、原因とかは?」
ループレヒト男爵は首を横に振る。
人間の医者でさえ少ないのだから、動物を見る獣医なんていない。馬は走れなくなれば安楽死が主流だ。今後の為の解剖検査とかもない。だから馬の突然死があっても、その原因は究明されていないのだ。
「メテオーアは走るのが大好きな馬で、それはもうナハトよりも速く走る馬だったんですよ。そして走る姿もとても美しかった。仔馬を産む前に亡くなってしまったのですが、もしメテオーアが仔馬を産んでいたら、その子とナハトの子を番わせて、速く走る馬が生まれていたかもしれませんね」
その話を聞いたら、なおのこと思ってしまう。
「ナハトの血を受け継ぐ馬を僕の手元に残したい」
ナハトは高齢だけど、でもあともう一回ぐらいは、仔馬を産めるんじゃないかと思う。
「……探しましょう。速く走るだけではなく、体つきや毛並みも美しい牡馬を探します」
ループレフト男爵はまっすぐ僕を見て告げた。
「ナハトの年齢を考えると、なるべく早い方がいいですね。毛色にこだわりはありますか?」
「毛並みが綺麗なら色にこだわりはないよ」
ナハトの子供は、もちろんツァールトに世話をしてもらう。
そうやってナハトの血を引く馬を残して行くんだ。
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