第21話 懐かしの馬牧場

 ヘッダに言われた『好きな人が出来たら教えてくれ』という言葉の重みを、言われた当初に思い至らなかったことに、イジーは落ち込んでしまった。

 精神面では女子のほうが早熟だからねぇ。


 しばらくして買い物を済ませたオティーリエたちが、僕らのほうにやってくる。

「アルベルト様、お付き合いさせてしまってすみません」

「もういいの?」

「はい、とりあえずは急ぎ必要なものだけ購入しましたので。アルベルト様たちは何もお買いにならないのですか?」

「うん、こっち側のショップ街あんまり見て回ってないからね。少しずつ見ていこうと思う」

 僕の返事にオティーリエはそうですかと小さく答え、お店を出る。

 ショップ街に長居するのは良くないと思ったので、今日はこの辺で女子を寮まで送ることにした。

 その途中で、オティーリエから言いにくそうに話を切り出された。

「あの……、ループレヒト男爵のことは覚えていらっしゃいますか?」

「馬牧場の?」

 僕の一番最初の遠出で、誘拐事件というアクシデントがあったのだから、忘れるわけがない。

「わたくしのせいで、アルベルト様には不快な思いをさせてしまったので、お話しするのも躊躇うのですが」

「いや、不快というか災難だったなって言うだけだし、どちらかというと、オティーリエのほうがトラウマなんじゃないの?」

「いいえ、もうあの件については、ちゃんと心の整理もついてますし、ループレヒト男爵の方にも、かえって申し訳ないことをしてしまったと思っています。アルベルト様が、あの件に関して特に思うことがないのなら、お話しさせていただきたいのですが、ループレヒト男爵の馬牧場で、アルベルト様は乗馬をなさって、そのことは楽しまれたと思います」

「うん、楽しかったよ。また折を見て、行ってみたいな」

 フルフトバールは、馬車ではなく荷車を牽く馬や、魔獣系の馬の飼い慣らしには力を入れてるけれど、あぁいう乗馬用の馬はない。

 馬は馬でも、魔獣はやっぱり違う生き物だから、乗馬や馬車を牽く馬は専門家に任せたいというのがおじい様たちの意見だった。

「あの時、アルベルト様がお乗りになった馬のこと、覚えていらっしゃいますか?」

 オティーリエに言われて、あの時のことを思い出す。

 僕もネーベルも、ループレヒト男爵の馬牧場に行くまで、一度も乗馬したことはなかったので、もう前夜からわくわくして楽しみで仕方がなかったのだ。

 馬牧場で厩舎や放牧している馬を見学させてもらって、それから乗馬体験をさせてもらった覚えがある。

「黒鹿毛の馬だったよね」

 放牧されている馬を柵の外側から見ていたら、僕と目が合った途端に静かに近寄ってきたのだ。

 あのころは今よりも小さかったから、馬の大きさに驚いたけれど、子供相手だったからかな? 何度も頭を下げてくれて顔を触らせてくれたんだよ。

「乗った経緯も覚えていらっしゃいますか?」

「あの子が僕のことすごく気に入ってくれたんだよね?」

 放牧されている馬は、何か所か分かれていて、僕とネーベルが乗る用の馬が放牧されている柵に行こうとしたら、嘶いて前脚あげて飛び上がり、柵を越えようとして大変だったんだよ。

 厩番の人が一生懸命宥めようとしても興奮しちゃったのか言うこと聞いてくれなくって、でも僕が傍に行くと大人しくなってくれるから、急遽、その馬に乗ることになったんだよね。

 鞍つけて厩番の人が持つ補助のロープをつけようとしたら首振って、歯をむき出しにして挑発行為されちゃったから、もう何人もの厩番の人が傍ではらはらした顔をしてた。

 あれはほら、王子殿下を乗せてるのに暴れて落としたりしたらっていう不安だったと思う。

 でもあの子、僕のことを振り落とすような乗せ方はしなかった。

 最初はゆっくり歩いてたんだけど、だんだん早足になって、ご機嫌になったのかスピード出して走り出しちゃったけど、『ちょっと怖いよー。もう少しスピード落としてー』って手綱牽いたら、スピード落としてくれたし。

「素直ないい子だったよね」

「え?」

 僕の言葉にオティーリエは首を傾げる仕草をする。

「どうしたの?」

「いえ、聞いていた話と違うので」

「聞いていた話?」

「アルベルト様が乗った馬は、あの牧場では、一番気性の荒い馬だったと聞いています。自分が気に入らないと、背中に人を乗せたがらない馬で、人だけではなく馬に対しても同様で、遊んでほしいとちょっかいを掛けてきた馬に、噛みついたり後ろ足で蹴り上げるんだそうです」

「そうなの? 随分やんちゃな子だったんだね。僕のことは大人しく乗せてくれたんだけどなぁ」

「わたくしも聞いた話なので、なんとも……。でもループレヒト男爵がそうおっしゃっていたので、嘘ではないと思うのですが」

「じゃぁ、僕のこと気に入ってくれたから、言うこと聞いてくれたのかな。それで、その馬がどうしたの?」

「あぁ、そうでした。ループレヒト男爵から、アルベルト様にまたあの馬に会いに来てほしいとお願いされたんです」

 おや、まぁ。

「ループレヒト男爵が仰るには、アルベルト様を乗せた後、他の人間を背中に乗せなくなってしまったようなのです」

「え?!」

 オティーリエが聞いた話では、お世話なんかは素直に受けてくれるんだそうだ。

 そして鞍やハーネスを着けるまでは大人しいけれど、いざ人が乗ろうとすると、暴れて振り落とすようになってしまったらしい。

「あの事件のこともあって、アルベルト様にお願いするのはどうだろうかと、なかなか言い出せずにいたようなのですが、馬の方も元気がなくなってしまい……。なので、顔を見るだけでもお願いできないだろうかと頼まれたのです。もし、お時間があったときでもいいので、長期の休み中に、一度だけでもいいので、馬に会いに行ってくださいませんか?」

「いいよぉ。夏の長期休暇に会いに行こうか」

 公務も段々慣れてきたし、時間調整できるかな?

 今年はヒルトの実家であるギュヴィッヒ領のシュヴェル主神殿にも行きたい。

 まぁループレヒト領の馬牧場は日帰りで行けるし、大丈夫でしょ。

 やっぱり僕専用の馬、欲しいよなぁ。ループレヒト男爵に頼もうかな?


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