第16話 ヒロインの婚約事情
イジーは何も言わないし、テオはむすっと不貞腐れちゃうし、結局僕が聞くしかないんかい。
「面白いってどんな風に?」
「そうですわね……、考えてやっていなさそうで、考えてやっていますのよあの方」
「どういうこと?」
「バカの振りが上手いということですわ」
つまり本心を隠すのが上手。何処から本心で何処からフリなのかわからないっていうタイプか。
んー、オティーリエは男性嫌悪症なところがあるし、そういう一物あるようなタイプはなおのこと受け入れがたいのだろうな。
「わ、わたくしだけが言い寄られているからではありませんわ。三年になってからは、アンジェリカ様にも言い寄っていらっしゃるんです」
オティーリエの言葉を聞いて、低い声を出してイヴがブルーメ嬢を見る。
「どういうこと? アンジェ……、んんっ。お姉様にはまだ婚約者がいるのよ」
なのに、なんで声を掛けてくるのかと言いたいのだろう。
「幼馴染みファーストしてるフィッシャー、まだ婚約者だったの?」
「そう簡単に、白紙や解消というわけにはいかないのです」
ヘレーネ嬢が困った顔をしながら補足する。
「アンジェリカは現在ヘンカー家の庇護を受けていますので、お父様のほうからフィッシャー伯爵に、ご子息の素行に関して、本人には内密で調べるようにと忠告を入れているところです」
「様子見ってところ?」
「はい、伯爵がどこまでできるか、ですね」
息子に愛情があるなら、黙って害にしかならない幼馴染みを出荷するだろうし、貴族としてできていない人なら、馬鹿正直に『あの平民の女はなんだ!』って本人に怒鳴って、平民女と別れろとか、ブルーメ嬢に謝罪しろとか言って、事態を収めようとするだろうな。
「……情報が洩れてるってことはないよね?」
「情報ですか?」
「ブルーメ嬢とフィッシャーの婚約の雲行きが怪しいっていう」
「そもそもあのク……、お姉様の婚約者が、平民の幼馴染みに侍ってるのは、周知の事実よ」
さっきからイヴの言葉遣いが乱れそうになるたびに、ヒルトがダメダメと首を横に振ってるので、イヴは喋りにくそうだ。
でもヒルトに噛みつかないってことは、自分でも言葉遣いを直したほうがいいっていう気持ちはあるんだろうね。どこかのお家に侍女として入るにしても、乱れた言葉遣いをしていたら弾かれるからなぁ。
たとえ雇い主やその家族の前で、そう言った言葉を使わないようにしても、ぽろっと出しちゃわないとは言い切れないし、常日頃から気を付けろとヒルトが指導しているのだろう。
「んー、フィッシャーが今でも幼馴染みといちゃついてたりしてたなら、婚約を白紙にするか解消にするか、情報は出てなくてもブルーメ嬢に目を付けるか」
「破棄、って事にはしねーの?」
テオの言葉に僕はブルーメ嬢とヘレーネ嬢を見る。
「どう?」
「元は、借金の肩代わりをする代わりに、跡取りのわたくしの伴侶をパウル様にという話でしたので……」
「いや、だから借金肩代わりしてやって、跡取りになれない次男を婿入りで受け入れたってことだろ? つまり借金も婿入りも、あんたの家にメリットなんか何一つねーじゃん。コケにしてくれやがってこの野郎、落とし前付けろやって言ってもいいんだし、そういう場合は、相手の素行不良で破棄じゃねーのか?」
テオってさぁ、こういうところはちゃんと考えられるんだよねぇ。
でももうちょっと相手の裏事情読もうか?
「破棄ってことになるとさぁ、ブルーメ嬢に瑕疵がなくても、この婚約を決めたブルーメ前女伯の見る目がなかったってことになるからじゃないの? ブルーメ嬢は亡くなってしまっても……、いや亡くなってしまったからこそ、母君の功績に傷を付けたくないってことじゃない? だから、問題がないように白紙、もしくは政略での婚姻を結ばなくなっても良くなったからって形で解消にしたいんだよ。違う?」
僕の説明にブルーメ嬢は何度も首を縦に振る。
「その通りです。私が……もっと早くちゃんとしていれば、こういったことも、ベシュッツァー侯爵とお話ができたのですが……」
半分、洗脳状態だったからねぇ。
「まぁ、なんとなくわかった。テオ曰くチャラ男のヴァッハが、婿入り先を探してるか何だか知らないけれど、そういう相手を必要としてそうな女子に近づいてるってことでいい? オティーリエとブルーメ嬢は、ヴァッハに目を付けられていて、誰かが傍にいないとその隙をついて言い寄ってくるから、なるべく防波堤となりうる男子と一緒にいたいってことだね?」
ついでにその防波堤になる相手は、男性嫌悪症気味のオティーリエや婚約問題でごたごたしそうなブルーメ嬢に対して、疚しい気持ちを持たない人物。
そう考えれば僕とイジーは最高に良い防波堤だ。
僕はオティーリエの事情を知ってるし、イジーはちゃんとヘッダと言う婚約者がいるからな。
「アルベルト様のお手数をおかけして申し訳なく思います」
「一緒にいるだけだし、お手数ではないけれど、だけどオティーリエ。テオが言ったことも一理あるから、ちゃんと考慮しなきゃいけないよ?」
「テオドーアの言うこと、ですか?」
「そう、女公になった後のプラン。婿取りして跡継ぎを作るか、それとも独身を貫いて、弟さんの子供を跡取りとして養子に取るのか。自分で勝手に決めるだけじゃなく、ご両親と弟さんともちゃんと話し合いなよ?」
僕の話に、オティーリエがしょぼんとした顔をする。
あー、そんな顔をしてると、まーたヘッダに揶揄われるぞ?
「先の予定も考えていないなんて、困ったさんだこと」
ヘッダがにゃんこのような顔をして、落ち込んでいるオティーリエにちょっかいをかける。
ほら~、言われたぁ。
「……わたくし、凡人ですので、ヘドヴィック様のようにはいきませんわ」
「あらあらあら、まぁまぁまぁ。女公となられるのでしたなら、向上心をお持ちになって? ご自分の実力不足をできないという言い訳になさらないでいただきたいわ」
ブルーメ嬢とヘレーネ嬢が、はらはらとした様子で、オティーリエとヘッダのやり取りを見ているけれど、心配しなくて大丈夫だよ。
これはヘッダとオティーリエのじゃれ合いだからね。
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