第10話 忍び寄る真ヒーローの影
ブルーメ嬢からの謝罪と話を聞いてから、数週間経った。
最近テオの機嫌がすこぶる悪い。
珍しい。
テオってイジーとは対照的で、笑ったり怒ったり、感情表現豊かだけど、どっちかというとポジティブ思考。
そう、陽キャで、人付き合いも物おじせずにぐいぐい行くけど、距離感をとるのが上手い。
例えば、注目を浴びたくない系の相手なら、人前では声を掛けないけれど、後でこっそり声を掛けて様子を窺うし、自分が悪いと思ったら潔く謝る。
わだかまりを持った相手に対しても、一度謝ったら、後に引きずらない。
総じて、人間関係の構築を上手くやっていけるのだが、そんなテオの機嫌が悪い。
「なんか、あれみたい。フィッシャーが突撃して、学園祭の練習を邪魔されたときのテオの状態に似てるなぁ」
お昼は相変わらず、上学部の学舎の使っていない空部屋をリザーブして、みんなでガーベルが作ってくれたお弁当を食べている。
「だってよぉ!」
テオは言いかけて、何かを思い出したのか、またむすーっとした顔をして口を閉じてしまった。
「テーオー? 言いたいことがあるなら、今のうちに吐き出しな?」
促してみてもテオは意地を張ってるみたいで、むすっとしている。
その様子にやれやれと言いながら、クルトが口を開いた。
「合わない生徒がいるようなんですよ」
「クルト!」
「珍しいねぇ」
「ですよねー。僕もそう思います。でも、あの生徒ちょっとおかしいんですよね」
文官科にいるのに、テオのいる騎士科クラスの生徒を把握してるクルトが怖い。
「どの辺が?」
「上学部からの入学なんですよ」
ピンときた。
ラーヴェ国民は本当に特殊な事情がない限り、下学部から入学が決められている。
上学部からの入学は、ほとんどが国外からの留学生だ。
「リトスからの留学?」
そう訊ねると、今度はクルトが驚いたような顔をする。
「よく、わかりましたね」
「ちょっと背後関係調べる。テオ、たぶんその生徒、前に僕が言った奴だよ」
僕がそう言うとテオは勢いよく僕へと振り向いた。
上学部に進級する前に、テオが進級する騎士科に、テオの勘が変だなと思うやつがいたら教えてほしいと頼みごとをしていたのだ。
これはネーベルのいる文官科の可能性もあったから、ネーベルにもお願いしていたんだけど……。
そっか、騎士科のほうに行ったか。
相手はおそらく素性を隠しているだろうから、領地経営科に来るとは思っていなかった。領地経営科は、殆ど家門の跡取りが進むコースだからね。
他国からの留学生でも、純粋に学びに来てる場合は、将来自分が進むコースを選ぶはずだ。
相手がリトスの王族なら、たとえ臣籍降下をしないで王家に残るとしても、王家の直轄地の管理を任されるだろうから、ラーヴェ王国の王立学園に入学するなら、領地経営コースを選ぶはずである。
領地経営コースを選ばないということは、素性隠しのためか、もしくは、領地管理を任されない立場……。
例えば、王籍にいるけれど、そういった管理を任されていない人物の子供。もしくは領地を持っていない元王族の子供。
心当たりは、王妃様の元婚約者と真実の愛で結ばれた男爵令嬢の子供だ。
王妃様の元婚約者は臣籍降下して大公となったそうだけど、本来与えられるはずだった領地は与えられなかったそうだ。理由は王妃様に冤罪を被せ、大騒ぎの後に婚約破棄という醜聞をまき散らしたからである。
元婚約者は最初の規定通り、大公位は渡されたけれど、それだけで、任される領地はなし。まさに名ばかりの大公なのだそうだ。
だよね~。
下手に王族の血を外に出せねーわ。
なんかざまぁされた王子様って、廃嫡されて平民になるとか、国外追放とか、浮気相手の家に婿入りするとか、そういう結末が多いけど、現実問題、どれも無理なんだよなぁ。
廃嫡は、まぁ、それはありだ。結果的に王籍から抜けて臣籍降下って形に落ち着くだろう。
ただ平民落ちは、まず無理。腐っても王族なんだからね。国内だけじゃなく国外からも、野心溢れる心のない奴らが、絶好の傀儡みーつけた。ってしちゃうじゃん? 国潰しのいい旗印になっちゃうんだよなぁ。
これって国外追放もしかりよ。
あと、断種させなきゃ、ン十年後に、○○王の直系の血を引く、本当なら王族でいなければならなかったとされる娘・息子が爆誕しちゃうでしょう?
バカやった王子様が放逐されましたって、当時の貴族当主たちは分かっていても、ン十年後、そのスキャンダルをどれだけ正しく知る者がいるかって話よ。
当時の王太子が男爵令嬢と浮気をして、婚約者の高位貴族令嬢が気に入らなかったから冤罪仕掛けたって話をね、これは高位貴族側の捏造で、本当は高位貴族のご令嬢が当時の王太子の兄弟と浮気していて、その兄弟を王太子にしたいがために、当時の王太子を嵌めたって市井に流される可能性だってある。
ここで問題になるのは、正当なる後継者を廃されたってことが持ち上がるってことだ。
どっちが嘘でどっちが本当なのかは、問題じゃなく、要はこういったスキャンダルが後世で起きかねないということだよ。
それを考えたら、バカやった王子を平民にさせて市井に放逐するのも、男爵令嬢の家に婿入りさせるのもやばい。
特に男爵令嬢の家に婿入りさせるっていうやつはな、その男爵家の取り扱いが滅茶苦茶厄介になる。
王家の直系の血を入れた男爵家だぞ?
その王家の直系がどれだけバカだろうと、注目されるのは『王家の血』なんだよ。
それでもって王家の人間を婿入りさせるんだから、男爵のままなわけねーだろう? 最低でも伯爵位まで引き上げさせるに決まってるんだわ。
後々の厄介ごとを起こさないためには、バカをやらかした奴を放逐するのではなく、監視下に入れて管理する。
これが正解なんだよ。
だから、王妃様の元婚約者は、当初の予定通り大公位を叙爵されて、だけど収入源となる領地はなく、名ばかりのお飾り貴族にされているわけだ。
ついでに子供に大公の爵位は継がせないことになっているらしい。
子供の爵位については、おそらく子供次第ってところなんだろうな。
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