第7話 王侯貴族の結婚観

 イジーは最初、王妃様の話に納得できなかったようだ。

 それは王を支える臣下たれと言われていたのに、今度は王になれと意見をコロコロ変えられたことではなく、僕が王家からいなくなるということが、納得できなかったそうだ。

「兄上が王になって、俺が支えて、それが……そうなることが、俺のなかではしっくり当てはまっていたんです。あの頃、まだ兄上に会っていなかったのに、漠然と兄上がいるなら大丈夫だって、そんなふうに思っていました。なのに、兄上は王になるどころか王家からも離れることになって、それが、そうなったのは全部……」

 イジーは途中で言葉を止めてしまう。

 言えないというか言いたくないというか、認めたくない? いや……違うな。これは悲しんでるんだろうなぁ。

「国王陛下はさぁ……。仕事は出来るけれど、王族には向いてない人だよね」

「向いてない、ですか?」

「うん、向いてない。王族にとって一番重要な使命は、血を繋いでいく事なんだよ。これは分かるよね?」

「はい」

「なのに国王陛下って、平民っぽい考え方をするんだよ」

「平民、ですか?」

「うん、王侯貴族は、とにかく血筋が大事なんだよ。これもわかるよね?」

 僕の問いかけにイジーは頷く。

「貴族のご当主は、由緒正しい家門の血を守っていきたい。だから血を守るための政略結婚が行われる。高位の貴族は特にそう思うし、王族ならなおのこと、直系の血を後世に繋いでいきたいと思う。僕ら王族がまず第一とすることは、血を守ることなんだ」

「そうですね」

 イジーもそのことはよく理解しているんだろう。

「でも結婚ってさ、相手と死ぬまで添い遂げることだよね? それからずっと顔を合わせて一緒に暮らしていくのだから、できれば良好な関係を保ちたいなぁって考える。誰だってぎすぎすした関係の相手と一緒にいたくないもの。だから、結婚するまでの間に親しくなりましょう。お互いを解りあいましょう。二人で愛を育てましょう。そういう意味で婚約期間があるんだ」

「はい……」

「この婚約期間はさ、さっき言ったことの他に、相性の確認もあるんだよ。血を守る結婚でも、付き合っていくうちに、『あれ? なんか相手と合わないな』ってことも出てくる。だからそこは妥協点を見つけるか、どうすればいいか話し合うことをしなければいけない。話し合って妥協点を見つければよし。どうしてもだめなら、お互いの家での話し合いの場を設けて、続けるか終了させるか決めなきゃいけない。そのための婚約期間ね? 王侯貴族はそうやって、婚約者と愛を育てるんだ」

 でも国王陛下は違うんだよなぁ。

「国王陛下は、決められた相手と愛を育てて、結婚して夫婦になるっていう、王侯貴族の考え方じゃなく、『真実の愛』で結ばれた相手と結婚したい! って考えなんだよね」

 実際そんな考えをしていたから、王妃様にプロポーズしたわけだしな。

「好きな人と結ばれて結婚したいって考えるのは、貴族の考えじゃなくって平民の考えなんだ。平民でも、裕福な家は貴族と同じように、血を守るって意味じゃなく、家の利益のための結婚が主流だよ。だから、好きな人と結婚って考えるのは、家のしがらみがない人や、そういったことがまだ理解できない小さな子供の夢物語になる」

 なのに婚約者そっちのけで、他の女に現を抜かして、『真実の愛』を見つけたから婚約破棄とか言い出すなバカが!

 まずは婚約者との交流が先だボケ!

 母上は、婚約者時代の国王陛下は優しかったと言ってたけど、相手との心を通わせる努力を怠った結果が、王妃様への恋心なんだろう?

 ったくよぉ、血を守っていくっていう王侯貴族の教育を受けていたくせに、なんで恋愛結婚に傾倒しやがった。

 血を守っていく結婚が必須のこの時代に、『真実の愛』なんつーものは、フィクションなんだっつーの!

「言われてみれば、父上の結婚観は、まるで今流行っている恋愛物語のような物ですね」

 男爵令嬢のシンデレラストーリーな。

 あれも、王妃様の元婚約者と浮気相手の男爵令嬢をモデルにした話なんだよなぁ。

「王家でなく、それでもって血を繋いでいく貴族でもなかったら、好きにしろよって思うんだけど、王族の一番重要な命題は、直系の血を繋いでいくってことなんだよ。国王陛下はそこのところを重視していない。まず自分の感情が最優先。愛し愛された相手と結ばれることのほうが大事だと考えてる」

「なぜ、父上はそんなふうに考えたんでしょうか?」

「そこは国王陛下に聞かなきゃわからないよね。予想できるとしたら、王侯貴族の血統を守るための結婚は、愛のない結婚だと思い込んで、自分は愛のある結婚がしたいと思ったってところかな? でもさっきも言ったけど、王侯貴族の結婚は、恋や愛よりもまず血統を守ることが重要だからね。国王陛下の恋した相手と結婚したいっていうのは、『寝言は寝て言え。王族なら、貴族なら、まず責任を果たせ』ってことになる」

「兄上の話を聞いていると、父上は王というか王族の人間としてはあるまじき結婚観なんだと思います」

「幻滅させちゃってごめんね。でも、国王陛下が王妃にと望んだのが、イジーの母上であったのは、ギリギリセーフだったと思っていいよ。王妃殿下は、隣国の人間だったけど、血統は申し分なく、そして外交の利があった。だから王妃としてラーヴェ王家に嫁ぐことが許されたんだ。これがさぁ、それこそ王妃殿下の元婚約者を誑し込んだ男爵令嬢が相手だったとしたら、どうなったと思う?」

「……国交が途絶えた」

「まぁ軽くてその辺で済んだだろうって感じかな? 正解は、戦争が起きた。男爵令嬢を使ったハニートラップを仕掛けてきたんだろうってね」

「そ、そこまでいってしまうんですか?」

「そこまでいっちゃうんだなぁ」

 だから国王陛下の迂闊さに、みんな頭を悩ませたんだよ。


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