第6話 異母弟の話

 僕の話にイジーも思うところがあったのだろう。

「兄上」

「なに?」

「兄上は……」

 途中で口を閉ざしてしまうのは、禁忌に触れてしまうと思っているからなのかな?

「兄上は命を狙われているのですか?」

「うん、そうだよ」

 誰にとは言わない。

 それを知ったところで、イジーに良いことはないからね。

 ただ、これが公になったら、それこそ戦争が起きる。

 王妃様だってただでは済まなくなるし、イジーの立場も危うくなる。

 何よりもラーヴェ王家がガタガタになる。そしてその立て直しのために、国王陛下に要求を突きつけることになるけれど、その要求を国王陛下は絶対に受け入れないだろうってところまで、僕は予想できる。

 それは宰相閣下も同じだろうし、王妃様だって薄々そうなるという予測を付けているのだ。

「……これ以上は聞かないほうがいいですか?」

「うん、あのね。イジーから見たら、僕が隠し事して、何かこそこそしてるなぁって感じだと思う」

「こそこそとは思いません」

「そうなの?」

「はい、ただ、不特定多数が大きなダメージを負うようなことを考えて、準備しているとは思っています」

「わ~、僕ってイジーからそう思われてたの? お兄ちゃん傷つく~」

「でも、本当のことですから」

「僕だって闇雲にそんなことしてるわけじゃないんだからね?」

 そもそもの話、僕を陥れようと企んでる奴らが悪いでしょう? 放っておいてよ。ちょっかいかけないでよ。って言ってるのに、なんか僕のこと巻き込もうとしてるじゃない?

 その筆頭が国王陛下なんだけど。

「わかってます。それに、兄上がそういうことをするのは、ちゃんと理由あってのことだとわかっています。それから、俺の為ですよね?」

「うん、だってイジー本当は王様やりたくないんでしょう?」

 王族の王子に生まれて、何ぬるいこと言ってんだって思われるけど、もともとイジーは、国王陛下には王子教育や王太子教育の手配はされていたけれど、王妃様には王太子・国王陛下を支えよとそう言われて育った。

 国王陛下から手配された教育は、スペアであるならこの教育も必要だと思っていただろうし、僕が万が一動けない状態になったなら、動けるようになるまでの代理として必要なことだとも思っていたのだろう。

 イジーはあくまでも自分は臣下であればいいって思っていたんだろう。

「僕を蹴落として王になろうって思わなかったのがイジーなんだよなぁ。どうしてそう思わなかったの?」

 いくら王妃様の教育があったとしても、弟の自分は何故王になれないのかって葛藤するものではないのだろうか?

「どうして……、どうしてでしょうか?」

 自分でもわからないのかな?

「自分に兄上がいることを知ったのは四歳のころで、そのことを教えてくれたのは母上でした」

 国王陛下はともかく、乳母も傍にいた使用人も、誰も僕の話をしなかったのか。

「あの頃、国王陛下の傍にいる者、俺の身の回りの世話をする使用人、誰もが明確に国王陛下の跡継ぎは俺であるというようなことは、声に出していませんでした。でも……、わかりますよね。皆がそれを望んでいると。でも、なのに、誰もそれを声に出さなかった。それは兄上がいたからです」

 そうだね。

 声に出してイジーを次の王太子扱いしたら、それはもう、謀反だ。

 だから誰も、イジーを次の王太子だと思いながらも、言葉に出したりはしなかった。

「俺は、兄上がいると知って、母上からも兄上を支えるように言われて、自分が王にならなくて安心したんです」

「え? そうなの?」

「はい。あの頃はまだ今よりも子供だったから、何が嫌なのか言語化できなくって、ただ闇雲に嫌だという感情だけが強かったんですが、今その頃の気持ちを言えば、間違っていることがこのまま進んでいくのが嫌だ、ってことだったと思います」

 まぁ、あの頃、まだ幼児期だったしねぇ。こう、自分の考えを言語化するのは確かに難しかったと思う。

「母上から兄上がいることを教えてもらって、次の王太子になるのは兄上だと知ったのに、それでも父上や周囲の者たちは変わらず俺が次の王になると言った扱いで、それがたまらなく不快だったんです。母上は兄上が王になると言ってるのに、それ以外の者は僕が王になると言った態度で、すごく心がもやもやしてました。母上にそのことを話そうとも思ったんです。でも周囲の者たちは、そのことを母上には言うなと、そんな無言の圧と言うのでしょうか? そういったものを向けられていた気がして、言えませんでした」

 そりゃぁ、イジーが王妃様にその話したら、王妃様は僕のことはどうなってるんだってなるだろうし、王妃権限使って強行突破するだろうからね。

 それを防ぐには、イジーに余計なことを言わせないってことになる。

 腐ってんなー、国王陛下のシンパたちは。そしてやっぱり小賢しい。

 王妃様はできる人なんだよ。なんたって、もともと故国では、大公となるべく王子の妃として教育を受けていたんだから、あの状況下でも理由さえあれば動けただろう。

 でも動ける理由を全部封じ込められていた。

 味方である者も味方でありながら、国王陛下のシンパに唆され、王妃様の心に沿えないようにされて、八方塞がりだったからなぁ。

「そうこうしているうちに兄上が動かれましたよね?」

 第一王子の反乱とか言われちゃってるあれね。

「結局、父上の望み通り俺が次期王太子になって、兄上は成人したら王家から離れることが決まって……。俺がそのことをちゃんと理解できるようになったのは、ネーベルとヒルトが兄上のお傍付きになった時期でした」

 それまで一応、それとなく王妃様から話はされていたらしい。

 予定が変更になったと言って、それから今まで僕に仕えるようにと言っていたけど、それが叶わなくなったと。

 少しずつイジーにその理由を王妃様は説明していったそうだ。


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